92.追加装備
いつもありがとうございます。
北6の仮宿に入った俺は、斬鉄団の三人とロビーで挨拶してそのまま別れた。
マイルームに戻って、リアルでの夕飯の時間が近いのでいったんログアウトすることにする。さっきワールドアナウンスが流ればかりだから、いま誰かに会うのは正直億劫だ。
姉ちゃんは、夕飯を食べ終わる頃に会社から帰ってきた。
「ちょっと海くんどういうことなのー?」
開口一番これである。
「あれ、知ってるんだ?」
「今日の午後は社内もずっとその話題で持ちきりよ!」
口紅を塗った綺麗な唇を尖らせて、なんか姉ちゃんはぷりぷり怒ってる。
「お姉ちゃんを放ってひとりで北国行っちゃうなんて! 海くんをそんな薄情者に育てた覚えはありませーん!」
「あらあら、菜穂ちゃん置いていかれちゃったの?」
食卓を片付けていた母さんが姉ちゃんの子供っぽい様子をくすくす笑う。
「違うってば。今日昼間ゲームの中のお店で買い物してたら知り合いのチームの人たちとばったり会って、困ってるから手伝って、って頼まれてついて行ったんだよ。ほんとにたまたま」
「それで前人未踏の場所に到達して、名前を全体アナウンスされてたのよ」
「へえ、すごいのね」
よくわかってない母さんが感嘆の相槌を打った。
「今日はこれから海くんと一緒に遊ぶ約束してたのにさ〜」
姉ちゃんは勝手にいじけてる。
「別に姉ちゃんに意地悪したくて行ったわけじゃないし……ていうか、姉ちゃんも北国行きたいの?」
「そりゃあ行きたいでしょ。でもものすごく強い敵だから一般人の私たちにはまず無理だって聞いたわ。運営だって、作ったけど破られるとは思ってなかったって言ってたもの」
やっぱり運営も絶対殺す気で作ってたんか。道理でえげつないわけだ。ため息が出てしまうね。
「実は姉ちゃんも楽に北国に行ける非公式ルートがありまーす」
デザートのリンゴをぶすりと箸で刺して俺は言った。ここいらが情報の出しどころだろう。
「えっ?」
「夜鳩商会の、秘密の仕入れルートがあるんだよ」
「もっと詳しく」
俺は前にセンリ氏から聞いた『内界』の話を姉ちゃんに語った。
夜鳩商会の人間のみ、星見の塔にあるアルケナ神殿のゲートから旧皇国領に出られること。そこを通って他国にも行くことも可能だってこと。
姉ちゃんはぽかんとした顔でその話を聞いていた。
「ええぇ……私いつもブランで塔まで飛んでたから、神殿のゲートなんて使ったことなかったわ……」
「うん、俺も実際にそっちへ出たことはないんだけど。この機会に行ってみる?」
「ううう、ちょっとずるい気もするけど! 誘惑に逆らえないわ、行く!」
よしよし、姉ちゃん食いついたな。
「それなら早速出発しましょう、海くんもしばらく知ってる人に会いたくないでしょ?」
「うん、いろいろ質問されても困るんだよね。答えられないから」
俺はあくまで助っ人だから、どこまで情報公開するかは斬鉄団の皆さんにお任せしている。
訊かれたら素直にそう答えるつもりだけど、できれば遭遇しないほうが気が楽だ。
「あっ、そうだ!」
姉ちゃんがいきなり両手を打ち合わせて言った。
「そういえば円堂室長がね、今日ログインしたら二人で従魔連れて夜鳩商会の屋上に来るように、って言ってた。追加の装備があるんですって」
「へえ……?」
追加の装備。ってなんの?
というわけで、さっさと用事を片付けてログイン。
西4の仮宿前からチビ銀雪と一緒に姉ちゃんのブランに乗って、夜鳩商会に向かった。
銀雪は落っことさないように肩の上じゃなくて服の胸元に入れて行ったんだけど、初めて飛ぶ空の上に興味津々で、服から頭だけ出してずっとモゾモゾ動いていた。
屋上庭園に降り立つと、階下から屋上に出る扉が開いてセンリ氏が出てきた。
「すごい。グッドタイミングです」
俺がそう言うと、彼はふふ、と小さく笑った。
「オフィスの窓から見えたんですよ。君たちが飛んできたのが」
センリ氏に促されて、オブジェを兼ねた石のベンチに座る。
「少し前に斬鉄団が北へのアタックを開始したと聞いて、慌てて運営に装備の追加を頼んだのです。まさかカイ君まで一緒に行くとは思いませんでしたが」
「あー……、なんかすみません?」
「いえ、謝る必要はないです。突破されて困るなら最初から作らなければよかったのです。連中には良い薬になったでしょう」
この人、運営に対してちょくちょく辛辣だよなあ。なんか恨みでもあるんだろうか。
評価・ブックマークをありがとうございます。いつも励みになっています。




