88.逆走(3)
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「三体目!」
「よっし! 残り半分!!」
この調子で残りを攻撃しようと思ったら、三体の死霊はすうっと後退した。
え、どういうことだ?
死霊は後方の、闇に溶けて見えなくなるギリギリの場所に佇んでいる。
急激に霧が濃くなってきた。
「次のフェーズか!」
唐竹さんが緊張を孕んだ声で言った。そうか、ここからは斬鉄団のみんなも初見になるんだな。
「みんなポーション入れとけ!」
古義さんの指示にはっとしてウィンドウを見ると、MPが半分以下になっている。息をするように『聖なる癒し』を使ってたもんな。慌ててMPポーションを飲んだ。
霧が視界を塞ぐ。死霊どころか他のメンバーもよく見えなくなってきた。これではどこから攻撃がくるかわからないな。
ぐっとデスサイズを握りしめ、息を殺して気配を探る。
ふっと目前を影が横切った。黒いドレスだ。デスサイズの刃が弧を描いて向かってくるのを避ける。
「うっ」
脇腹を斬られた。
あれ? おかしくないか? 刃は斜め上から振り下ろされたし俺は避けたはずだ。なんでこんな場所がやられてる?
真横から二撃目が来る。かわしたはずなのに、またもや肩に傷を負った。構わず、デスサイズの頭でまっすぐ突きを入れた。
「ぐあっ!」
男の声がした。これって!
俺は次の攻撃が来る前に後ろへ距離を取った。
ウィンドウには何の状態異常表示も出ていないけど、これは変だ。見た目通りじゃない。
たぶん、俺が攻撃を受けた武器はデスサイズじゃないし、相手は死霊じゃない。全部、幻覚なんじゃないか?
「みんな動くな!」
古義さんの声が聞こえた。
「いま俺たちはお互いの姿が死霊に見えてる、同士討ち狙いの幻覚だ!」
やっぱりそうか。
「襲ってくる奴だけ応戦しろ! 自分からは攻撃するな!」
あ、なるほど。来た奴だけ反撃すれば確実に敵なんだな。
「「了解!」」
あちこちから返事が聞こえた。俺も同じように応える。
「癒しの光!」
カリウムさんの声で全体回復が降ってきた。
俺はデスサイズを構えた。これは逆にチャンスだ。待ちの時間を有効に使えばいい。
大技のチャージを始める。少しずつ、デスサイズの刃が光を帯び始める。
この大技にも種類があって、すぐに撃てるものもあるし、長くチャージが必要なものもある。おおむねチャージ時間が長くなるほど効果も強力になる。このあたりは魔法の詠唱と同じだ。
そして、いま俺がチャージしている技は時間がかかるぶん、強い。
いまだ戦いの音は聞こえてこない。
フレンドリーファイア有効の真意はここにあったんだろうな、俺たちが味方を倒すことを期待して死霊は観察している。けど、俺たちが自ら動くことはもうない。
じっと時が過ぎるのを待つ。敵もそろそろ、痺れを切らす頃だ。同時に、長時間のチャージも無事完了した。
「……来い」
空気が微かに動いた。
デスサイズを身体の前に振り上げる。
ギイン、と耳障りな音とともに大ぶりの刃が当たった感触がした。よし、相手もデスサイズで間違いない。本物の死霊だ。
俺は渾身の力で敵の刃を払いのけるとそのまま敵の頭部に照準を定めた。
「有罪!」
これは最もデスサイズらしい大技。必中で敵の首を落とす効果をもつ。
カッと光を放った白銀の刃を振り下ろす。死霊の首が飛んだ。
残った身体にキラキラエフェクトが出る。よし!
「四体目!」
「五体目もやったぞ!」
霧の中から古義さんの声が聞こえた。
「よっしゃあ!」
「残りあと一体だ!!」
みんなの声とともに霧が晴れていく。あれ、まだ次のフェーズがあるのか。うーん、長いな。
最後の一体は、戦闘開始時と同じ場所に佇んでいた。
俺たちも最初のポジションについて、素早くポーションをキメてから身構える。
「お〜おぉぉおぉおおおぉおぉ~~」
あれ、今度はなにか節をつけて哭き始めたぞ。まるで歌のようだ。
ウィンドウを確認するが、状態異常はかかっていない。
…………いや待てこれは!
「HPが減っていってる!」
「歌を聴くな!」
古義さんの声に両耳を塞いでみるが、さっきの叫びと同様に防げるものではないようだ。これ、音を浴びるだけでダメージを負う攻撃なのか!
「原初の光!」
ロウさんが状態異常キャンセルをかけるがこれは状態異常ではないから効かない。
「守護の翼!」
防御の呪文も駄目だった。その間にもHPはどんどん減り続けている。
「歌をやめさせるんだ!」
「光清らかなれ!」
浄化の眩い光が拝殿内を照らし出す。
「おおおぉお〜ゔぉおおぉお〜」
死霊は身体を二つ折りにして苦しむ素振りをみせるが、それでも歌をやめない。近接組が死霊に斬りかかった。刃が次々と死霊に入る。だが、ダメージを受けた様子がない。
いや、それどころか、ますます歌声が力強くなり、HPの減り幅がぐいぐいと大きくなっていく。
「どうなってるんだ!?」
「癒しの光!」
ロウさんが回復技をかけた時にそれは起こった。
ぐん、とHPの数字が大幅に動いたのだ────回復とは逆の方向に向かって。
「えっ!?」
回復するはずの分が、逆に減った。
「なんだこれ!」
回復量が多いのが逆に仇になった。これは酷い。
「しまっ……! みんなすまない!!」
ロウさんとカリウムさん、蒼刃さんの身体がキラキラエフェクトに包まれた。いまのダメージでHPが尽きてしまったのだ。
そして、俺ももうギリギリだった。
「おおおおおぉおぉおおお〜〜」
勝利を確信した死霊が、また声量を増して高らかに歌う。心なしか、表情が笑っているようだ。
「くそっ」
たぶん、もってあと数秒。
「時間操作!」
俺はデスサイズをぐっと握って全速力で死霊との距離を詰める。
「石化!!」
いちかばちか。死霊の頭部に向かってキラキラエフェクトが出始めた腕を思い切り振り上げる。
同時に、視界がブラックアウトした。
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(2023.5.6)脱字修正をしました。




