87.逆走(2)
いつもありがとうございます。
「ああぁああぁぁああぁ!」
他の誰かと相対している死霊が哭いた。
思わず力が抜けたタイミングで上から振り下ろされる大鎌を、今度は刃の背で受ける。
「聖なる癒し!」
「ああぁぁあぁああぁ!」
「あぁああぁぁあぁぁあぁ!」
そこへ嘆きの波状攻撃だ。全パラメータが30%ダウン、さらにそこから30%。いやらしいな!
こいつら六体いるから、ちょっと状態異常キャンセルを怠ったら最悪の場合全ての数字が10%くらいまで落ちてしまう。
「原初の光!」
ロウさんの全体キャンセルが入って、デバフが消える。
相手の刃を押し返して、横薙ぎに払った。敵の腹部を切り裂く。
「ああぁあぁぁぁあぁ!」
甲高い悲鳴があがる。うわ、またデバフだ。マイナス30%……そして、斬ったばかりの敵の傷が薄くなった。
『死霊の叫びは自分の回復も兼ねている』
これも古義さんからの事前情報にあったな。だからダメージを与えるたびに哭くんだって。
『広く浅く相手をしているといつまで経っても決着がつかない。ターゲットを一体に絞ってしつこく攻撃するんだ』
そうだった。俺はまず、こいつを片付けなければ。
「聖なる癒し!」
俺は屈んだ姿勢からデスサイズをスイングさせて、敵の刃の根本近くを狙って斬りあげた。
「武器破壊!」
これは俺のデスサイズ『天施の大鎌』のスキルのひとつだ。
白銀の刃がキラリと光る。死霊の持つデスサイズの、濁った銀色の刃が柄から離れて飛んだ。人形のようだった死霊が大きく口をあけて驚愕の表情らしきものを浮かべる。
返す刃で死霊を袈裟がけに斬った。
「ああぁあぁぁぁああぁ!」
「あぁあああぁぁぁああぁ!」
同時に他所からの嘆きも複数聞こえてきて、パラメータの数字がぐんと半分くらいまで落ちる。
「原初の光!」
またもやロウさんが全体の状態異常キャンセルをかけた。すると死霊たちが穴のような真っ黒い目で一斉に彼の方を向いた。うわ、怖い。
「挑発!」
古義さんがすぐに挑発スキルで自分にヘイトを集める。死霊たちが揃った動きで今度はぐるりと反対側を向く。やだな、なんかこういうの夢に見そう……。
「光清らかなれ!」
奴らが古義さんのほうに気を取られた瞬間、カリウムさんの声が響いた。
ぱあっと拝殿内全体が昼間の野外のように明るくなる。浄化の呪文だ。死霊たちがその場で動きを止めて身悶えた。
「よし」
俺は刃を失った死霊へと間合いを詰めた。
これ、死霊相手に使えるだろうか?
「石化!」
浄化に苦しみ頭を抱えて前のめりになった死霊を下から斬りあげる。うん、ちゃんと石になった。いける!
「懲罰!」
刃の向きを変えて、気合いを入れてデスサイズを斜め上から振り下ろした。
白銀の刃は石化した死霊を鮮やかに両断する。すぐにキラキラエフェクトが出た。死霊の身体が消えていく。
「まずは一体!」
俺があげた声に、「よっしゃあ!」とあちこちから声があがった。
「ああぁあぁぁあぁあぁ~」
仲間を失った死霊たちが下を向いて妙に低い声で哭く。なんか恨みごとを言ってるみたいでイヤな感じだな。
「麻痺が来るぞ!」
古義さんが声をあげた。俺たちは防御姿勢を取る。
「「守護の翼!」」
ロウさんとカリウムさんの防御魔法がパーティ全体に降ってくる。二重がけだ。
死霊たちが顔をあげ、上を向いて口を開ける。
「ぎやああぁぁああぁああーーーーーー!!」
うわ。窓ガラスがあったら全部吹っ飛びそうなものすごい金切り声だ。
ウィンドウに「麻痺」の表示が出た。全身が硬直する。声も出ない。
叫び終わった死霊たちがデスサイズを振り上げて俺たちに斬りかかってきた。
古義さんの話ではここが関門らしい。前二回の挑戦でもこのフェーズで敗退したという。
『二度目は耳栓を用意して行ったが効果がなかった。結局、ガードをできる限り固くして時間いっぱい耐えきるしかない』
こちらに向かってきた死霊の刃が目前でまっすぐ振り下ろされる。ひええ、怖い! これ絶対トラウマになるよ!
一撃目は防御魔法で無傷だった。けどそれで魔法の盾の力はほとんど使ってしまったらしい。二撃目、三撃目が肩を抉る。
構えたこちらのデスサイズが邪魔のようだ。ってことは、横や後ろから攻撃されたらアウトだ。視界に入っている唐竹さんと蒼刃さんもやられるままだ。これはきついな。
「………………」
俺は喉に意識を集中させた。
たった一音でいい。一音さえ出せれば、この局面をひっくり返せる。
「…………ん……」
低く呻き声が漏れた。
いけるか?
そう思った瞬間、白い光がふわりと全身を包んだ。よし麻痺が解けた!!
先ほどカフェでスペルショートカットの入れ替えをしたとき、『聖なる癒し』、この呪文を俺は『ん』の一音で登録しておいたのだ。大成功だ!!
「聖なる癒し!!」
振り返って、カリウムさんに状態異常キャンセルを飛ばす。今度はなにをかけたのかわかるようにちゃんと呪文を口に出した。
「光清らかなれ!」
驚きに目を見開いたカリウムさんがそれでもすぐさま高らかに浄化の呪文を叫ぶ。拝殿内が光で満たされ、死霊の攻撃が止まる。
「聖なる癒し!」
すぐにロウさんも動けるようにすると、彼は「原初の光!」と全体の状態異常キャンセルを口にした。
「おお!」
身体の自由が戻った近接組が死霊から距離を取る。
「癒しの光!」」
続けてカリウムさんが全体回復を唱える。数字がぐいっと動いた。すごい、たしかに俺が使う聖なる癒しよりもかなり回復量が多い。さっき死霊にやられたダメージは綺麗に消えた。
「ああぁあぁぁぁあああ!」
死霊が哭いた。またデバフが来る。
「原初の光!」
「引きつけるぞ!」
ロウさんの即時全体状態異常キャンセルをBGMにして古義さんが叫んだ。
死霊が古義さんの挑発にひかれてそちらに集まってゆく。
「勇力の光! 守護の翼!」
カリウムさんが続けざまに全体バフと防御魔法を降らせた。そして、古義さんが大剣を縦に構えた。防御の体勢だ。って、これはまさか!
「天破斬!」
「旋回波!」
蒼刃さんと唐竹さんが大技を出した。
本当にやっちゃったよ! 直撃ではないものの、古義さんも攻撃の有効圏内にいる。
二人の大技が死霊の集団と古義さんを巻き込んで炸裂した。
「はわ……」
思わず声が漏れてしまった。
俺は大技のエフェクトが消えていく様子に目を凝らした。攻撃を受けた死霊たちのうち一体がキラキラして消えていく。
そして、その向こうにいた古義さんはかなりダメージを受けているが無事だ。
「「癒しの光!」」
ロウさんとカリウムさんが全体回復を唱えた。古義さんはすぐに完全回復した様子だ。
いやもう、すごい。全員息ぴったりだ。こんな戦い方は仲間を信頼してないとできない。ほんと、良いパーティだよな。
「これで二体だ!」
「やった!」
古義さんの声に歓声をあげたその時、ダメージを受けた死霊たちがまた上を向いた。
「ぎやああぁぁああぁああーーーーーー!!」
麻痺がかかる。いや、もうコツは覚えたから!
「……聖なる癒し……っ!」
すぐに白い光とともに身体が自由になる。
「聖なる癒し聖なる癒し!」
さっきと同じだ。ロウさんとカリウムさんに状態異常キャンセルを飛ばすと、浄化の光と全体回復が降ってくる。
「二度とやられるか!!」
唐竹さんが襲ってきた死霊のデスサイズを跳ね上げて長剣を構えた。
「旋回波」
真正面から再び大技を喰らった死霊の一体は、キラキラエフェクトに包まれて消えた。
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