84.無の魔石
いつもありがとうございます。
「兄ちゃんありがとなー!」
「またなー!」
手を振る少年たちと別れると、俺は走り出した。
時刻は二十二時少し前だ。仮宿から西4に出て、夜鳩商会に駆け込んだ。顔馴染みの店員さんに、魔石砂の大きい石があるか訊ねる。
「魔石砂の大きい石……無の魔石のことですね」
無の魔石って名前なのか。
直径五センチくらいの、まるでガラス玉のような無色透明の石がビロードをしいたトレーの上に出てきた。
「一個150万コルトです」
たっっっか!
「これってどのあたりで採掘されるんですか?」
店員さんは首を横に振った。
「無の魔石はまったく魔力を帯びていない石ですので、自然界には存在しません。これは錬金術によって作られたものですよ」
「錬金術……」
って、まったく馴染みがないな。職業としては存在するけど、俺の狭い交友関係の中に錬金術師はいないし。
「購入するのに個数制限はありますか?」
「いえ、ありません」
「じゃ、とりあえず一個ください」
柔らかい布に包まれた無の魔石を受け取って、俺は店を出た。西5に戻り、海岸のひとけがない場所を探す。
さっきの少年たちの話から考えて、この石に光か闇の力を吸わせればその力を帯びた魔石ができるんじゃないだろうか。
俺は無の魔石を膝の上に置いて、補助魔法ブレスレットをはめた左手を乗せた。
「闇」
いつものように手のひらから闇を出すイメージをした。
あ、なんか吸われる感じがする。この脱力感、アットウェル伯爵家でゴーレムを召喚した時の感じに似ているな。MPがすこしずつ減っていってる。
じっとウィンドウの数字を見ていると、しばらくして減少が止まった。終わったのかな。
「わ……」
左手をどけてみると、無色透明だった魔石は艶のない漆黒へと変化していた。情報を見る。
「【闇の魔石】……まじか。本当に? できたの?」
くるくると手の中で回したり、月光に透かしてみる。中まで真っ黒だ。
「これでいいのかな……」
足早に港へ向かう。騎士団の出国審査所を覗くとまだ開いているようだった。時間が不規則な渡り人への配慮かな。
扉を開けると、係官以外誰もいない。好都合だ。
「すみません、ちょっとおたずねしますけど」
「はい、なんでしょう?」
人の良さそうな係官がにこりと笑って応える。
「光と闇の魔石がどういうものかわからなくて」
俺はさっき作った闇の魔石を取り出す。
「この石ってどうなんでしょうか?」
「お調べしますよ」
係官は石を受け取ると、秤のような器具の平べったい銀色の皿の上に乗せた。そして、こちらからは見えない場所にある表示を確認する。
「……はい。これが闇の魔石で間違いありません」
係官は頷いて、石を返却してくれた。
「これと同じものが三十個あれば航海石一個と交換できます」
おお、やった! これで正解か!
「光と闇を混ぜて、合計三十でもいいですか?」
「いいですよ」
「その航海石一個で何人が海に出られるんでしょうか?」
「航海石一個で六人乗りの船を一隻出すことができます」
なるほど、パーティ単位で一個ということだな。とすると、無の魔法石三十個の代金は六人パーティの場合ひとりあたり750万コルト……って高いな!
「あの、この光と闇の魔法石って何に使うんですか? 地元の人はあまり使い道がないみたいなこと言ってましたけど」
ついでだから気になったことも訊いておこう。
「使い道ですか……」
係官も首を傾げた。
「実は私たちもよくわかりません。ただ、航海石を卸している夜鳩商会さんからそのように指定されていますので」
うん? 商会で買わせた石と商会から卸した石を交換させてるの?
これってつまり、出航料を夜鳩商会に支払っているのと同じってことでは?
「???」
変な顔になってしまった俺に、係官は苦笑した。
「我々の仕事は出国審査です。石は渡航者の利便性のためにこちらでお渡ししているだけですので、詳しいことはわからないのです」
「そうなんですね」
すごく不透明。夜鳩商会ってちょっと裏がありそうな雰囲気を醸し出してるんだな。
前にセンリ氏も商会はモブじゃないって言ってたし、きっとそういうのを怪しむプレイヤーさんもいそう。俺も行動には気をつけたほうがいいかもな。
「お話ありがとうございました」
お礼を言って、出国審査所を出た。
とにかく、これで魔石の件は解決だ。
俺は緋炎とヒカリにメッセージで光と闇の魔石の作成方法を書いて送った。無の魔石が錬金術で作られていることも。うまくいけば、誰か職業錬金術師のプレイヤーがもっと安価で流通させてくれるかもしれない。
「お」
二人からすぐに返信がきた。お礼の文面だ。
緋炎のところは光属性の聖女リリィがいるから、お金さえあればすぐにでも次の境界戦にいけるだろう。ヒカリのほうは……どうするのかね。うちのパーティ、まだ次の戦いにはそんなに意欲的じゃないと思うけど。
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