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愉快な社畜たちとゆくVRMMO  作者: なつのぎ


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82.会社の人

いつもありがとうございます。

 翌日。クエスト最終日だ。


 ログインしてまずクランハウスへ。角燈亭に行く前に、夜鳩商会に持っていくためのお菓子を作る。


「カイくんはっけーん」


 メインルームに置いといた小さな銀雪を抱いて、姉ちゃんが厨房にやってきた。


「ねえねえカイくん、おねえちゃんもブイヤベース食べたいでーす」


 銀雪の手を掴んで挙げさせる動作をする。くそう、可愛いじゃないか。


「なんで? 角燈亭に来ないの?」


 クリームをホイップする手を休めて訊ねる。


「それが、こないだ耕助さんとお店の前まで行ったんだけどね、」


「どうかした?」


 姉ちゃんの顔にふっと暗い影が落ちた。


「ウェイトレスをしてたあの黒髪の女の人、うちの社員だったの」


「それってキサカさんのこと?」


「キサカさんっていうんだ? 本名が榊さんだから名前はアナグラムなのね。ほら、春先に会社の人から美味しいチョコレートのボックス貰ったでしょ、その先輩よ」


「あー……」


 そりゃアウトだ。そういう個人的な付き合いがある相手だと姉ちゃんも正体を見破られる可能性高くなるもんな。店には入れないわけだ。


「もう耕助さんなんかヒカリくんのウェイター姿スクショするのすっごく楽しみにしてたのに」


「俺のことはいいんだよ」


 と、耕助さんが姉ちゃんの後ろからやってきて頭をがしりと片手で鷲掴みにした。


「ぷぎゃっ!」


 姉ちゃんがジタバタと両手を動かして、驚いた銀雪が飛び降りて俺の足元に来た。


「あの人、運営の手下だぞ。用心しとけよ」


「え、そうなんですか」


 情報屋のクランのトップに運営の息がかかってるってつまり、ゲーム内の情報コントロールを試みてるってこと? 抜け目ないな、ナナ師匠たちの仲間なら敵じゃないんだろうけど。


「そのことヒカリは知ってるんですか?」


「どうだろな」


 おいおい。放置かよ。


「あいつ、あのクラン合ってるみたいだし、余計なこと言って水を差すのもどうかと思ってな。俺たちが近寄らなきゃ済む話だし」


 耕助さんはため息混じりに言った。


 まあ、わかる。たしかにヒカリとキサカさん、息ぴったりだったし。ヒカリがせっかく楽しそうにしてるなら邪魔したくない。


「なら俺も黙っときます」


「悪いな」


 普段は弟のことを雑な扱いしてても、こういうとこが兄ちゃんなんだよな。耕助さん、運営の協力者になったこともヒカリには話してないみたいだし、兄貴として弟に心配かけたくない気持ちがあるのかもしれない。


「そういえばカイ、今度は円堂さんと寿司行ったんだって?」


 やっと姉ちゃんの頭から手を離して、ふと思い出したように耕助さんが言った。姉ちゃんが素早く俺のうしろに避難する。


「え、なんで知ってるんですか」


「こないだ騎士団行ったら円堂さんが来てて、運営の二人にすげえマウント取ってたんだよな。なんかあの人らおちょくって地団駄踏ませるのが楽しいらしくて。ドSかよ」


「あー……」


 デジャヴだと思ったら、肉食べた時のアレか。あの人も大人げないなあ。


「ああ、室長ってそういうとこあるよねサヨリだから……でもいいなあ、お姉ちゃんだって上司にお寿司奢ってもらったことなんてないのに~」


 髪を直しながら、姉ちゃんが口をとがらせた。


「なに、姉ちゃん円堂先生とお寿司に行きたいの?」


「いや、それは別にいい」


 真顔で姉ちゃんが答えた。


「なんなの、もう」


「いや、わからんでもない。円堂さんが行くところって絶対良い店だもんな。貧乏サラリーマンは奢りで美味いもん食べたいんだよ、上司はいらんけど」


 顎をさすって耕助さんが言う。


「耕助さんは上司の人と食事とか行くんですか?」


「いや……あの上司たちと行って変な借り作りたくねえな」


 姉ちゃんが納得したように頷く。


「営業さんの上の人たちって曲者揃いだもんねえ」


「トップがあの人だし」


 知らない人の話題に首を傾げていると、


「営業部長の古賀って人はやり手なんだが愉快犯気質で、なにをするかわからないところがあるんだよ。こう、他人を振り回すことに躊躇がないというか」


 耕助さんが俺にも教えてくれた。


「そういえば、古賀部長もオビクロにいるのよね? いまだに発見情報が流れてこないけど」


 姉ちゃんが言った。


「古賀部長ってね、社内では耕助さんと人気を二分してるシュッとしたイケオジなのよ。耕助さん同様、絡みたい女子社員たちが探してるの」


 ついでにこちらにも説明してくれる。


「へえ」


「たしかに営業部でもどこに居るとかまったく聞かねえな。あの人も騎士団の協力者になってるからそのうち会うかもしれんが……」


 耕助さんが腕を組んで唸る。


「案外、デイジーさんみたいに全然違うアバターを使って、素知らぬ顔でそのへんにいるのかもしれないですね。姉ちゃんの時みたいに気づかず会ってたりして」


「そりゃ笑えねえな」


 俺の言葉に耕助さんと姉ちゃんは本気でぞっとしたように腕をさすった。


 その時、メインルームの扉が開閉する音がして、人の気配が近づいてきた。俺たちは話をやめてそちらに注意を向ける。


「おい、カイいるかー?」


 姿を現したのは陽南さんだった。


「ん? お揃いでなにしてるんだ?」


 俺たちが立ったまま話しているのを見て、きょとんとした顔で訊ねてくる。


「これからブイヤベースを食べようかって相談してたんだけど、陽南さんもどうですか?」


「お、食べる食べる! っと、その前にカイ、ソレイユのおやつを分けてくれるかな」


「いいですよ」


「じゃあカイ君、できたら運ぶから呼んでね~」


 そう言って、銀雪を抱き上げた姉ちゃんと耕助さんは入れ違いにメインルームへ戻って行った。俺は大型保管庫からモンスターのおやつを取り出して陽南さんに渡す。


「ずいぶん深刻そうな雰囲気だったけどなにかあったのか?」


 彼女は二人が去っていった方向を見た。誤魔化したつもりだったけど気づかれてたみたい。


「会社の話ですよ。上に行く人って癖強いタイプが多いんですねえ」


「そうじゃない奴は話題にのぼらないだけだよ」


 陽南さんはモンスターのおやつの袋に手を突っ込んでぽりぽりと食べる。うん、まあ砂糖とバター控えめの普通のクッキーだからね。


「周りの人たちの話を聞いてると、社会人ってほんと大変そう。会社選びも大事ですよね……」


 特に今回オビクロで知り合った大人たちを見ると、将来が不安になってくるんだよな。


「そのあたりは入ってみないとわからないことの方が多いしな」


 陽南さんは頷きながら言った。


「ま、再来年になって進路に困ったら相談しろ。あたしも多少のツテはあるから」


「ありがとうございます」


 おやつ袋をぶら下げてメインルームに戻る背中を見送る。


 陽南さんもなにをしてる人なのか、プライベートがまったくわからないよな。仕事ができそうな感じはするけど。



評価・ブックマークをありがとうございます。いつも励みになっています。

(2023.5.6)書き間違いを修正しました。

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