81.噂話
いつもありがとうございます。
食堂の仕事にはすぐに慣れた。
公爵家の時とは違ってメニューが決まっているし品数も多くないから、割と単純なルーティンで回すことができる。
「兄ちゃんの料理も悪くないんだけどよ、やっぱり大将の味が一番なんだよなあ」
カウンター席に座った常連のおじさんがエールを煽って言う。
「そりゃそうでしょ、親父さんより美味かったら親父さん帰って来にくくなっちゃうし」
コックコートと頭にバンダナ巻いた料理人姿の俺は空のジョッキを受け取り、おかわりを注いでおじさんの前に置いた。
「ははは、違いねえ」
周囲に座っている他のおじさんたちも笑う。お酒が入っているせいかみんな陽気だ。
そんなふうに言いつつもこの人たちは俺たちが店を開けてからほぼ毎晩来てくれている。いいお客さんだ。
お酒の用意はキサカさんがやることになっていたけど、会社員らしき彼女は俺やヒカリよりもログインしていられる時間が短くて、結局彼女が不在の時は俺たちがお酒も扱うことになってしまった。
カクテルや水割りの味がわからないくせに作ってるけど、配合はちゃんとできている……はず。
お客さんはNPCとプレイヤーが半々くらい。
NPCはほとんど常連さん、プレイヤーのほうはいろいろだ。普通に食べ歩きで来る人もいれば、情報収集のために地元民が集まる場所を行脚してる人、キサカさんがいると知って情報のおこぼれにあずかろうとする人。
それから、キサカさんやヒカリのファン。
どちらもそれなりにプレイヤーたちに存在を認知されてて見た目もいいから、彼女らにフロアでサーブしてもらうことを目当てに来ている層がいるみたい。アイドルかな?
ちなみに俺はただのモブだよ、デスサイズ持ってないから。
「はい、パスタお待ち」
「お、来た来た」
ブイヤベースのシメで作ったパスタを常連客の前に置く。
俺はリゾットにするのが好きなんだけど、後のことを考えると親父さんのメニューからあまり逸脱するのは良くない。
「南のフレミアは同じ大陸にあるっつーてもぐるっと神様の作った岩山に囲まれてるからな、こっちからも東の国からも船で出入りしないといけねえ。陸の孤島だわな」
「東に行くのも海路ですか。行ったことあります?」
「いやあ、漁師の船で大陸半周は無理だわ。荷運びの連中だって南を飛び越えていきなり東には行かねえ」
「遠いですもんねえ」
小麦粉と片栗粉をまぶして揚げたポテトをカウンターの上に置いてヒカリに声をかけると、女性プレイヤーに捕まって困っていた彼はほっとした様子で受け取りに来た。
「わはは、色男は辛いねえ」
カウンター席のおじさんたちがどっと笑う。
わあ、これクランハウスに帰ってから荒れるやつだ。やめてえ。ヒカリさん普段人畜無害なフリしてるぶん反動がすごいのよ。
キサカさんやヒカリ目当てのプレイヤー客は日に日に増えていて、そちらの相手で手が離せないから結局俺がNPCからの情報収集もするようになってしまってる。助っ人の俺が一番働いてるとかなんなの。
「渡り人乗せると魔物が出るって聞いたけど、どんなのが出るか知ってる?」
「さてなあ。ほら、遭遇して帰って来た奴はいねえから」
「ああ、でもカエルの肉が好きだって話はあるよな」
うん? なんだって?
「カエルですか?」
おじさんたちはうんうんと頷く。
「俺たちは渡り人を乗せられないが、もし船を出す渡り人がいたらカエルの肉を持っていくよう教えるように、って言い伝えがあるぞ」
カエル。ってたぶんあれのことだよな、あのクソガエル野郎。あのカエル肉、食べる気にならなくて放置してたけど用途はこれだったのかね。
「他になにか言い伝えはないです?」
うーん、とおじさんたちは視線を宙に泳がせる。
「そういえば、迷える渡り人の話があるなあ」
「迷う?」
「うん。フレミアに向けて出航したのに違う島に着いてしまった渡り人の話な」
え、新しい場所の情報? この大陸以外のマップがあるの?
「そういや、その島ではここらじゃ見たことない食材や魔石が採れるって話があったな」
なんですと?
「それもっと詳しく」
俺の食いつきに、おじさんたちは困惑した顔を見合わせた。
「いや、知ってるのはこれで全部。俺たちも子供の頃に聞いた寝物語だから」
「ちいと作り話も混じっとるだろうよ」
「そうなんですか。ありがとうございます」
あ、近くの席にいたプレイヤーたちが一斉にメッセージ送り始めたぞ。聞き耳立ててやがったな。
「ヒカリ」
今度はキサカさん目当ての男性客に絡まれてるヒカリをカウンターに呼んで、小声で今の話をクランの人に送るように言った。
この場所発の話題なのに先に他の人から耳に入るのは良くないから。俺も鍋を見るふりをして手早く緋炎に情報を送信した。
その後は、別段有益な情報は出てこなかった。
酔っ払ったおじさんたちを見送って、それから店の閉店間際になってキサカさんが走ってやってきた。
「あのおじさんたち、私が訊いたときは何も教えてくれなかったのに」
留守にする間の料理の仕込みをしている横で、駆けつけ三杯をきめたキサカさんは不満げに言った。酒好きかあ。
「つか一般プレイヤーが邪魔すぎる。全然仕事にならない」
疲れた顔をしたヒカリが賄いの魚のフリッターをフォークで突く。
「ヒカリ、いっそ厨房に引っ込む? 野菜切るくらいならできるでしょ」
俺の提案に、ヒカリは少し考えてから頷いた。
「酷いのが来た時だけ避難させてもらうよ」
「わかった」
オビクロ時間で三日後、つまりリアル計算ではあと一日で店の親父さんが帰ってくる予定だ。ヒカリもあと少しの辛抱だ。
「それで、島の話なんだけど」
「まず船を出すのに魔石が要るんですよね? どうやって行くことを想定してるんでしょう? ……というか、前提としてその島が正解なのかどうかって話になりますけど」
俺は鍋をかき混ぜながら言った。このあたり普段は時間操作を使う作業だけど、タイミングを読むのに集中力が必要だから他人がいるときは使わないことにしている。
「鳥の従魔は使える人間が限定されてしまうから違うわね。あるとすれば、どこかの遺跡からワープするとか」
「うーん、俺はそこの島、ハズレだと思うけど」
腕を組んでヒカリが言った。
「どうしてそう思うの?」
キサカさんが首を傾げる。
「なんというか……全プレイヤーが30個も集めなくちゃいけないものをそんな離島に用意するのかなって。ワープじゃ受け入れのキャパも狭いし? 普通は国中を駆けずり回って探させるとかじゃないですか」
そういえば緋炎も似たようなニュアンスのこと言ってたっけな。
「おそらくもっと手に入れやすい方法があるんじゃないかと思うんです。簡単なんだけどめんどくさい感じで」
「なるほど……」
キサカさんは目を伏せて少し考える素振りを見せた。
「うん、そうね。その個数なら収集には広範囲もしくは反復が求められるわね。ちょっと島とはイメージがずれてる気もする」
「ちょっと西5にこだわりすぎてないですか、もう一度、他の地域で調査することを考えてみても」
「図書館の方には……」
二人が議論を始めたので、俺は料理のほうに意識を移した。
表で帰るお客さんと立ち話をしていたマリィさんが戻ってきたので、賄いを皿に盛ってフォークを添えて渡す。
「カイさん、ありがとう。今もお客さんが言ってたけど、お料理、とっても好評よ」
「それはよかった。これなら親父さんが帰ってくるまでなんとかお客さん繋いでおけるかな」
「絶対大丈夫!」
マリィさんが笑顔でフリッターを口に運ぶ。
そういえば、姉ちゃんと耕助さん。この店の話したら食べにくるって言ってたのにまだ一度も来てないな。もうすぐクエスト期間終わってしまうんだけど。どうしたんだろう。
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