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愉快な社畜たちとゆくVRMMO  作者: なつのぎ


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80.角燈亭

いつもありがとうございます。花粉症と黄砂、はやく過ぎ去ってほしいものですね。

 なんでも、ヒカリが道端で困っているNPCの女性に手を貸したことが発端だったそうだ。


 彼女は港町で父親と二人で食堂を営んでいたが、父親が所用で西2にいる叔母のところへ出かけたさいに怪我をしてしまって、そのまましばらくこちらには帰ってこられなくなってしまったらしい。


 長く店を閉めたらお客さんが離れてしまう。彼女は食堂を開けたいが、本人は父親から厨房への出入りを禁止されるレベルで料理の才能がない。それで父が戻るまでの間、一緒に食堂を手伝ってください────そういうクエストだそうだ。


「いや、できないなら断ればいいのでは……」


「ところが連れが乗り気になっちゃって」


 たまたまその時、ヒカリが所属している情報考察クランのトップが居合わせたらしい。


「あの人いま情報収集に行き詰まってて、食堂を足場にして客から話を集めようって言い出して」


「料理できないのに?」


「そうなんだよ。そんなわけでお願いっ」


 ヒカリはもう一度パシンと両手を合わせた。


「まあ、暇だから別にいいけど」


「恩に着るよ」


 期間は約二週間。リアルの時間では五日間相当。ヒカリに連れられて、俺は早速その食堂に向かった。


 表通りから一本入った場所にある、小ぢんまりとした店だった。お店の名前は角燈亭、店の入り口に皿に乗った魚の上にナイフとフォークが交差した看板がかかっている。魚料理がメインなのかな。


「戻りましたー」


 今はクローズドの札が下がるドアを開けて、ヒカリが声をかけて入った。


「おかえりなさーい」


 女性が二人、カウンターの奥から出てくる。


「助っ人連れてきましたよ。俺の友人で、料理人のカイです」


「やった!」


 二人は跳ねるようにハイタッチした。


「カイ、こちらは店の看板娘のマリィさんと、」


 ヒカリが手のひらで二人のうち片方を示すと、明るい茶髪を後ろで編み込みにした十代後半くらいの女の子がニコリと笑う。うん、この人はNPCだな。


「それから、こちらが俺のクランのリーダー、キサカさん」


 もう片方の、黒髪ロングヘアの二十代後半くらいの女性が小さく頭を下げた。口元にほくろがあってちょっと色っぽい感じのお姉さんだ。


 情報考察クラン『ソフィア』だっけ、闘技大会で見かけたあの眼鏡の人がトップじゃなかったんだな。彼がヒカリをスカウトしたって聞いたからそう思い込んでたけど。


「わざわざごめんね。どうしてもこのお仕事受けたくて」


 キサカさんもヒカリと同じように両手を合わせる。


「それはいいんですが……」


 ただ、行き詰まってる情報ってのがなあ。


「もしかして、光と闇の魔石について調べてます?」


 キサカさんのまぶたがぴくりと動いた。やっぱりか。


「俺、スカーレットの緋炎と情報交換する約束をしてるので、もしここで何か知ったら向こうにも流しますけど構いませんか?」


「うん、いいよ」


 キサカさんはこくりと頷いた。


「え、いいの?」


 ヒカリが呟く。


「ええ。こういう全員に必要な情報は、変に秘匿すると炎上してしまうから。親切ぶってばら撒いてしまった方がいい」


 へえ、勉強になります。


「それじゃ、厨房はカイ君に任せて大丈夫なのかな。ヒカリ君はお酒でマリィちゃんと私がフロアを担当するのが妥当か」


「いや、俺二十歳未満なんで酒わからないです」


 ヒカリが手のひらでストップのジェスチャーをする。


「そうか。なら私がお酒をやって君にはフロアをお願いするね」


「わかりました」


 俺はマリィさんに厨房を見せてもらうことにした。


「あれ?」


 リアルとは時間の流れが違うから顔を出せない日はどうしようかと考えてたのに、なぜかここにも大型保管庫がある。


 公爵家に置いてあった時は上級貴族のお屋敷だから疑問に思わなかったけど、こんな街の小さな料理屋にまで存在するのは渡り人が仕事することを想定したゲーム的忖度だよな。助かるけどちょっと笑える。


 まあこれなら俺がいない時でもマリィさんが料理を出せるから大丈夫だな。


「メニューはどうしましょうか」


「あっ、はい。これです」


 マリィさんが持ってきたメニュー表を見ながら、提供するものを相談する。


 あとで親父さんが戻ってきたときに困るといけないから、メニューの中から店の名物のブイヤベースを中心に、品数を絞って臨時期間メニューを作った。


 それから俺はマリィさんに連れられて、普段使っている仕入れ先のお店に挨拶回りを兼ねて買い出しに出かけた。


「マリィさんは船に乗って南のフレミアに行ったことはありますか?」


 歩きながら、なんの気なしに口にした質問だったけど。


「ええ、船乗りの友だちに頼んでたまに遊びに行きます」


 なんですと?


「航海石ってどうしてるんですか?」


 思わず食い気味に訊いてしまった。


「この街の船乗りの家にはそれぞれ昔から受け継がれてきた一族の航海石がありますから、友達の船はそれを使ってますよ」


「たとえば、そういう船に渡り人が乗せてもらうことってできないんでしょうか?」


「無理だと思います」


 あっさりとマリィさんは答えた。


「このあたりでは、渡り人を乗せると必ず船が魔物に襲われて帰って来られなくなるという言い伝えがあります。どれだけお金を積まれても絶対船に乗せてはいけないって」


 わお……すごい念の入れようだな。


 でもこれで、緋炎の言ってた境界戦海上説はほぼ裏付けされた気がする。となれば、やっぱり光と闇の魔石を探さなくちゃいけないわけか。


「マリィさんは光とか闇の魔石って聞いたことありますか?」


 彼女はうーん、と小さく唸った。


「それ、キサカさんたちにも訊かれたんですけど、私、魔石の種類に光とか闇があるってついさっき知ったくらいなので……お役に立てなくてすみません」


「いえ、気にしないでください」


 地元民も知らない魔石とか。騎士団はなんでそんなものを欲しがるんだろうな。


 まあ情報収集はプロに任せておいて、俺は料理に専念することにしよう。お客さん逃がさないように頑張らなくちゃ。



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