79.海辺の街
いつもありがとうございます。
さて、大学生は夏休みである。
俺は午前中は基礎トレーニングと剣道の練習をして、オビクロには午後からログインすることにした。横になってる時間が増えるから、その分身体もきちんと動かしておかないといけないし。
西5ウェスフィフス(これ、言いづらいよな)は西国最南端の街だ。境界を越えれば南国フレミアに入る。国境を越えるのだから、次の戦いは今までより厳しいものになるだろう。
まあとりあえずは偵察だ。この街は海に面しているらしいので、マップを見ながらその南の方向に向かう。
歩みを進めるごとに近くなる海の匂い。すごい再現度だなあ。海に魚はいるだろうか。美味しい魚介類が手に入らないかな。
仮宿を出て密集した白い建物の間を抜けると、いきなり視界が開けて真っ青な海が広がる場所に出た。
「わあ……」
こういう光景ってもう無条件にわくわくした気分になるよな。
周囲を見回しながら、堤防沿いを歩く。
うん? なんというか、やけに工場とか倉庫のような施設が多い。どちらかといえばリゾートではなく海運ビジネスの街っぽい? 海路で外国との輸出入を担っている感じかな。
俺は忙しそうに行き来するNPCを避けながらきょろきょろと観察する。魚を釣ったり買ったりできる場所はないだろうか。
「あ」
食堂っぽい建物を発見した。ファストフードっぽいけど、テラス席で海を見ながら食事できるみたい。入っていって、フィレオフィッシュバーガーと塩サイダーを注文した。
さすが海のそばだけあって、白身魚は身がプリっと締まっていて味が濃厚でジューシーだ。塩サイダーも甘じょっぱくて癖になる。美味しさにうっとりしながらテラス席から外を眺めていると、通行人のひとりと目が合った。
「おや、カイじゃないか」
よく見れば、緋炎だった。
相変わらず赤い髪をしているけど、アロハシャツを着ていたので気づかなかった。あまりにも普通すぎて。
彼はテラス席のすぐ下までやってきた。パーティの仲間と思しきふたりの男性も一緒だ。
ひとりは緋炎よりもがっしりした体格の金髪で背中に大剣を背負っている。もうひとりは長袖パーカーのフードをすっぽりと被った俺より少し年下っぽい外見の人物だった。聖女リリィがいなくてセーフだ。
「こんにちは。緋炎たちはどこか行く途中?」
すると緋炎は少し怪訝そうな顔をした。
「のんびりしてるようだが、カイは例の石の目処がついたのか?」
「例の石?」
今度は俺が首を傾げる番だった。
「いや俺、昨日こっちに入ったばかりでまだ何もわからなくて。いま街を散策してるとこなんだけど」
「そうなのか? ずいぶん遅かったな」
「しばらくリアルが忙しかったから」
そうか、と緋炎は少し考える素振りをした。
「カイはこれまでに光か闇の魔石を見たことはあるか?」
「えっ?」
少し考える。魔石は星見の塔でしかお目にかかったことはないけど、言われてみればドロップ品は火風水土のどれかの属性だった気がする。ゴーレム戦の毒属性魔石も珍品扱いだったしな。
「……魔石ランタンに入っているのは」
「あれは火属性なんだ」
「じゃあ見たことないと思う」
「そうか」
緋炎の声には落胆の色が混じっている。
「もしかしてそれ、全プレイヤーに関係ある話なの?」
「そうだ」
彼は頷いた。
「少し歩けばわかるが、この街の地形からいって南国へのルートはおそらく海路になる。海に出るためには船が必要だ。そして、船を出すには航海石という石が要る。その航海石は騎士団の出国審査所で光または闇の魔石30個と交換しなくてはならない」
「えええ……」
俺、昨日境界を越えたばかりなんだけどな。もう次の話とかしちゃう? 必要だから聞くけどさ。
「たとえば境界の魔物がどこかにいて、そいつが魔石か航海石をドロップする可能性はないの?」
「それもゼロではないが、この30という個数がいかにも駆け回って集めろって数字じゃないか? だから我々は魔石がどこかに存在していて、境界戦は海上になると予想している」
「なるほど……」
妙な説得力がある。
「カイ、もし今後なにか掴めたら教えてもらえないだろうか?」
「いいよ、緋炎も手がかりが見つかったら教えて」
「わかった」
緋炎は片手をあげるとまた仲間と連れ立って歩いていった。
「魔石ねえ……」
俺も残った塩サイダーを飲み干して席を立った。食器を返しがてらお店の人に魚を購入できる場所を訊ねると、市場への行き方を教えてくれた。お礼を言ってそちらの方向に歩く。
市場には今日水揚げされたばかりの新鮮な魚介類のほかに、南国から輸入された木の実や果物が売られていた。夜鳩商会より安いけど、雑に積まれていて当たり外れがありそうだ。リアルでもそういうもんだしな、高級デパートと産直市場。
さっき食べたフィレオフィッシュバーガーが美味しかったので、再現するためにタラを買った。それから海のご馳走といえばやっぱり海鮮丼。魚の切り身を売っているお店があったのでひととおりの材料を買ってインベントリに仕舞う。ちらし寿司でもいいかな。
あとはフルーツ買って、トロピカルなパフェを作るのもいいよね。
丸いままのパイナップルを買って、切り方がわからなかったのでお店の人に教えてもらっていたら、ヒカリから「今どこにいる?」とメッセージが入った。「西5の市場」と返信すると、切り方講座が終わらないうちに人混みを縫ってヒカリが走ってきた。
「ごめん、助けて!」
俺の前に到着するなり、彼は両手を合わせた。
「料理人クエスト踏んじゃった!」
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