78.西5境界戦(3)
いつもありがとうございます。
「清浄なる神の癒しよ、光となって降り注げ。癒しの雨!」
俺は全体回復の呪文を唱えた。これは聖なる癒しの対象を全体に拡大したもので、効果も同じく通常回復と状態異常回復のオールインワンだ。
「カイくん!」
カエルはやはり治療する人間を狙ってくるようで、技が発動するかどうかのタイミングで俺に体当たりをかましてきた。だがそう何度も同じ手は喰らわない。いまの俺にはお誂えの呪文があるのだ。
「来たなクソガエル! 漆黒の鏡!」
俺はスペルショートカットに登録していた二番目の呪文を叫んだ。
ドン! と鈍い音がした。
カエルは俺に当たる瞬間に、なにかに弾かれて後方に吹っ飛んだ。勢い余って身体ごとゴロゴロと転がる。
「なにっ?」
誰かが声をあげた。だが驚いたのも一瞬で、みんな体勢を崩したカエルに攻撃を開始する。
いまのは『漆黒の鏡』という防御呪文だ。カウンターではなく、自分が受けるはずだったダメージをそのまま相手にすげ替えるというなんとも悪辣な技だ。役に立つぶん詠唱も必要なんだけど、スペルショートカットのおかげでノータイム発動できる。
「鉄打!」
陽南さんが先ほど不完全燃焼だった大技を打ち込む。
「嵐気斬!」
続いてデイジーさんの大技が起こした風がカエルを取り囲んだ。それを振り払うように身体を捩って、カエルはその場から逃れようと脚に力を込めた。
「逃すか! 闇の触手!」
俺の指示でカエル自身の影から勢いよく飛び出した黒い触手が、ジャンプしようとした四肢に巻きついて地面に引き戻した。
「でかした!」
カエルがもがきながら口を開け、再生した長い舌を大技チャージ中のヒカリに向けて飛ばす。耕助さんが間に入って大楯で弾いた。
その舌がまた弧を描いて、本体を攻撃中の陽南さんとデイジーさんに向かう。
「えいっ」
姉ちゃんが発射した風の刃が舌を切り落とした。
カエルが上を向く。咆哮が来る!
俺は魔導書を構えた。
「慈愛深き神の御加護よ、ここにあれ。聖なる祈り!」
ボエーーーーーー!!
咆哮の寸前に、ウィンドウに状態異常無効のサインが出た。防御が間に合ったようだ。
「ナイス!」
そして、チャージを終えたヒカリが光る長剣を縦に構える。
「地裂斬!」
防御呪文に切り替えたせいで触手の拘束は消えているが、カエルは咆哮で無防備状態だった。ヒカリの大技が正面からヒットして頭頂部から背中にかけて大きな裂傷ができる。
「グエエエエ!」
カエルが濁った叫び声をあげた。
「効いた! この調子だ!」
陽南さんが叫んだその時だった。急にカエルが大きく口を開けたかと思うと、身体が空気を吸い込んでまんまるになった。
「なにっ?」
そういえば。俺たちは大事なことを忘れてないか?
始まる前にこのカエルのこと、なんて言ってた? たしか火属性の攻撃をするとか……、
「アイスウォールっ!」
俺は咄嗟に氷の壁を作った。全員分は間に合わないから、悪いけど自分とすぐ横にいたヒカリの前だけだ。
カエルがこちらを向いて口から火球を発射した。続けざまに三発、なんと俺ひとりを狙って。支援要員潰しか!
こちらに向かってきた三連火球が厚い氷の壁に当たって爆発する。一発目は持ち堪えたが、二発目で壁にヒビが入る。そして三発目で氷の壁が砕けてしまった。俺は正面から火球を受けて吹っ飛び、後方の岩場に全身を打ち付けられた。
「カイくん!」
姉ちゃんの叫び声が聞こえた。
「ぐっ……」
全身が燃焼状態でビリビリしてる。
あーもう! あったまきた!
喧嘩なら買ってやる! 絶対許さんぞクソガエル!!
「聖なる癒し!」
岩から上半身を起こして回復呪文を唱えれば、やはりカエルはこちらに火球の追撃をしてきた。
「漆黒の鏡!!」
俺が受けるはずのダメージをすげ替える。その場にいるカエル自身の身体に爆発が起きた。
「グゲエエエ!」
カエルが悲鳴をあげてのけぞる。
「闇の触手!」
すかさず奴の影から伸ばした触手で脚を引っ張り、腹を上にしてひき倒した。
「凍てつく氷よすべてを貫け! 銀氷槍!」
魔法で畳み掛ける。氷でできた十本余りの鋭い槍がカエルの真下から飛び出してその身体を串刺しにした。
「凍てつく空より銀を降らせよ! 銀矢の雨!」
ドドドドド、と音を立てて、身動きできないカエルの真上から氷の矢の雨が勢いよく降り注ぐ。
カエルがぐったりしてきた。あとちょっとだ。
「凍てつく……」
「おーい、カイ」
そこへ、陽南さんがなぜか間延びした声をかけてきた。
「大技やっていいかー?」
「あっ、はい。どうぞ」
俺は魔法攻撃を中断して少し後ろに下がった。いかん、つい熱くなってしまった。パーティ戦だもんな、ちゃんと仲間と協力しないと。
それぞれ大技をチャージしていたヒカリと陽南さんとデイジーさんが武器を振り下ろす。
「天砕打!」
「極天の刃!」
「地裂斬!」
三つの光を帯びた大技がカエルをとらえた。クソガエルの全身にキラキラエフェクトが出る。どうやらこれで終わりのようだ。
ポーンと電子音が鳴った。
【戦闘終了です。あなたがたはウェスフォース南の境界『暗き岩屋の番人』の討伐に成功しました。これより西国ウィンドナ第五の街ウェスフィフスへ行くことができます】
ウィンドウに報酬の表示が出る。『瞬撃のアンクレット』、魔法攻撃力があがるINT+15。それに『岩蛙の皮』『岩蛙の肉』『岩蛙の鳴嚢』。
カエルの肉なんて何に使うんじゃい。こんなもん食べたくないぞ……。
「カイくんお疲れさま~」
トコトコと姉ちゃんがこちらにやってきた。
「さっきの爆発大丈夫だった?」
「うん、新しい装備で助かったよ」
たしかに衝撃の割にはHPが減ってなかったもんな。陽南さんとデイジーに視線をやると、二人はニカっと笑ってサムズアップした。
「それよりカイ、魔法使えたんだ? びっくりした」
ヒカリが長剣を鞘に戻しながら言う。
「たまたま魔法具手に入れたからちょっとだけ練習してたんだ」
話しながら俺たちは連れ立って岩屋の外に出た。戦う前には見えていなかった街道が現れたので、そちらの方向に足を向ける。
「カイお前、いきなりキレて怖かったわ。助かったけどよ」
耕助さんが少し呆れた様子で言った。
「えっ、別にキレてないですよ。ちょっと腹は立ってたけど」
そう答えると、陽南さんが「こいつやべえな」と呟いた。聞こえてますよー。
「それでカイ、魔法めっちゃ強かったけど今後は武器変するの?」
ヒカリが訊いてきた。
「いや、俺は魔法より身体動かす方が好きだから、基本的にはデスサイズでやりたいんだけど……」
うちのパーティ、支援系の魔法職がいないからやっぱりそっちの方が欲しいのかなあ。
そのことに思い至って言葉尻が途切れてしまったら、耕助さんが俺の背中をばん、と叩いた。
「別に好きな武器をやればいいさ。どうしても必要になったら今日みたいに助けてくれるだろ?」
「それはもちろん」
「そうだな、それでいいだろ」
陽南さんも頷く。
パーティ全体のために武器を変えろって言わない、みんなのこういうところが好きなんだよな。俺は仲間に恵まれてる。
西5の壁門が見えてきた。いよいよ、俺たちは西国ウィンドナ最後の街に入る。
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