74.新しい武器
いつもありがとうございます。
それから俺は心を落ち着けるために階下の売り場に行き、とりあえず魔導書用のハンドベルトがついたカバーと腰に下げる革製ホルダーのセットを買った。
しかしなあ。やっぱりこの魔導書、強すぎるんだよな。闇魔法に限っていえばデスサイズの倍のバフがついてる。
そもそもあのデスサイズだって他と比べると破格のスペックだ。職業料理人で戦闘向きじゃないステータスの俺がなんとかまともに戦えているのはひとえに武器の性能のおかげだ。
それは素直に感謝してるけど、そこへさらにこの魔導書とか、喜ぶより先になんかこう悪魔の誘惑的な? 心の弱さを試されているような気持ちになるんだよな。きっとこの本を使ったらもう他の武器には戻れないだろうし。
「ううむ……」
でも危機的状況でどうしても使いたくなる時がくるかもしれない。持ってる以上は練習すべきなのか……。
「あら、カイ発見」
背後からソプラノが近づいてきた。振り返ると、ピンク色の髪を揺らしたミリアがいた。今日はひとりのようだ。
「おやつ買いにきたんだけど、カイ、今日は商品出してないの?」
「ああ、すみません。今日は別件で来たので」
答えながら、ウィンドウを操作して手持ちのチョコレートケーキと照り焼きチキンパイをミリアに譲渡手続きをした。
「わあ、ありがとう!」
ミリアの承認を得て直接相手方のインベントリに移動させる。
「それで? さっき変な顔してたけどどうしたの?」
この人、アバターの外見は年下だけど下手すると姉ちゃんより年上かもしれない。外見に似合わない大人の顔で訊ねてきた。
「ああ、それはですね……」
俺は声をひそめて魔導書のことを話した。正直持て余してることまで。
「ふうん。その気持ち、わからないでもないわ」
ミリアは真面目に俺の話を聞いてくれた。
「こんな序盤でハイエンド武器渡されても堕落するだけだもの。ぬるま湯に浸かってしまったらいざ本当の強敵が出てきた時に使い物にならなくなる」
なんとも強者らしい意見だな。
「その魔導書は本当に必要になるまで仕舞っておけばいいわ。そのかわり、できれば同じ大きさの魔導書をもうひとつ手に入れて、取り回しの練習とレベル上げをしておくといいと思う」
「なるほど……!」
それは良い案だ。うん、それがいい。
「ミリアさん、ありがとうございます。おかげで解決しました」
「お役に立ててなによりよ。お菓子ありがとうね」
笑顔で手を振るミリアさんに別れを告げて、俺は姉ちゃんたちがいる部屋に戻った。
「あ、カイくんおかえり~」
「うん、ただいま?」
返事をしながら俺はハテナマークを飛ばした。
「……水鉄砲?」
試し撃ちのブースに立って振り返った姉ちゃんが手にしていたのは、ウォーターガンだった。あの、夏になると大人向けに売られているタンク付きの本格的なタイプ。いや、なんでここに水鉄砲?
「ああ、これ。攻撃専用の魔法具なんですって。魔法水銃っていうの」
そう言って、姉ちゃんは的に向かって魔法水銃を両手で構えた。
「アイス!」
すると銃口からビッと冷凍ビームが出て的の中心を貫いた。残った周囲の部分がパリパリと凍りついている。
「えっ、すごい!」
「ね、面白いでしょう。バズーカは物理武器だけど、これは魔法エネルギーの銃みたいな感じになるの。防御魔法は使えないんだけど、そのぶん攻撃力が強くなってるんですって」
へえ、ウォーターガンの形態をした魔法具ってことか。
「それにするの?」
「うん!」
満面の笑顔だ。この人ビーム兵器みたいなの好きだもんなー。
姉ちゃんは、部屋のすみに控えていた店員さんに声をかけて武器引換券で決済をしてもらった。
オマケに魔法水銃用のホルダーもつけてもらって、すっかりご機嫌さんだ。身体にストラップを斜めがけして腰のあたりに水銃をぶら下げてる姿が、水筒下げた小学生みたいですごくほほえましい。
「すみません、こちら魔導書ってありますか?」
俺が店員さんに訊ねると、すぐにビロード張りのお盆に乗せて商品が運ばれてきた。並べられたのは文庫サイズの赤い表紙のものが一冊、漆黒の魔導書と同じB6版くらいのいぶし銀の表紙のものが一冊、そしてそれより大きなA5版サイズの黒い本が一冊。
「ブック型魔法具の在庫は現在この三冊のみです」
「へえ、ブック型なんてのもあるのね……」
姉ちゃんが興味深そうに覗き込んでいる。
この中で選ぶとしたら欲しいサイズのものは一冊しかない。手に取って情報を見た。
【眠れる銀の書 MP/MND+30% INT+15%】
バフがパーセント表示で、攻撃力は少し弱めだけど守りが固い。これはかなり優れものじゃないかな。即決して武器引換券で購入手続きをした。
そして、斬鉄団の人たちもそれぞれ購入品が決まったようだ。
「想定していたよりいいものが手に入ったよ」
こちらもホクホクと笑顔だ。
ぞろぞろと連れ立って店を出た。彼らと別れの挨拶をすると、俺たちはブランを連れて建物の裏手に向かった。
「姉ちゃんはこれからどうする? またしばらく塔に通う?」
俺はせっかく新しい武器を仕入れたところだけど、しばらくの間ログイン時間が減るんだよな。剣道の全国大会の日が近づいてるからそろそろ練習の方に集中したい。
「そうね、そうするかな。この銃、次の境界戦までには使えるようにしておきたいし。どの属性を優先するか迷うところだけど……」
俺の場合はまず闇魔法優先になるかな。あまり人前では使わない方がいいけど。あとは回復の聖霊魔法くらいか。
「カイくんも次は魔法使いで参加するの?」
「いや、デスサイズにするつもり」
魔導書はあくまで練習だ。デスサイズのレベルがやっと使い物になるところまであがったのに、また新武器とか落ち着かないもんな。
「姉ちゃんの魔法水銃、楽しみにしてるから頑張って」
「うん!」
姉ちゃんがひらりとブランに跨る。この人、飛ぶのが好きだからワープポイント使わずに毎回ブランで星見の塔まで行くんだよな。たぶん、神殿のゲートに『内界』表示があることも知らないだろう。
……うん。面倒だからしばらく黙っておこう。
「気をつけて」
「いってきまーす!」
羽ばたくブランと姉ちゃんを、俺は手を振って見送った。
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