73.魔物召喚マニュアル
いつもありがとうございます。
「激しい戦いでしたね」
開口一番のセンリ氏の言葉に、俺は反射的に「すみません」と謝った。
彼は優雅に首をかしげる。
「なにか問題がありましたか?」
「あー、いやその……」
好き勝手やったからなあ。きっと運営もこの人も俺が何をしていたのか知ってるだろうし。
「運営は大喜びでしたよ。あの戦いが大盛りあがりだったおかげで全部うやむやにできましたので。よく頑張りましたね」
「はあ、ありがとうございます」
喜んでる理由がなんともアレな感じだけど、そちらが問題ないならいいです、ほんと。
「公爵家からも丁寧なお礼を頂戴しました。そちらでも良い仕事をしてくれたようで、推薦者としても鼻が高いです」
「そう言っていただけると嬉しいです」
「報酬に欲しいものありますか?」
にこにことそう訊かれて言葉に詰まってしまった。いや、いきなりそんなこと言われても困る。
「えーっと……特にないです。お給料もらってるわけですし」
「欲がないですねえ」
センリ氏は眉を下げた。うーん、ありがたいけどいまのところオビクロ内でそう不自由してることってないしなあ。
「それより相談したいことがあるんですけど」
「なんでしょう?」
俺はエセルにもらった魔物召喚マニュアルをインベントリから取り出した。
「これ、どうしたらいいのかと思って」
正式名称は『漆黒の魔導書』と表示されてるこのマニュアル、今は俺の所有になってるはずなのになぜかアイテム名以外の詳細な情報を見ることができない。まずそこから不気味。
謎神の黒紋章つき、いわゆる『世界の敵』の持ち物だからまた変な呪いがついてる可能性もあるし、俺は魔物召喚なんてするつもりないし、そもそもオビクロには召喚士なんて職業もないし。
そういったことを並べて話すと、センリ氏は「そうですね」と頷いた。
「詳しく鑑定してみましょうか」
マニュアルを手渡すと彼は両手でそれを持って、数秒の間じっと表紙に視線を集中させた。大商会の商会長をやるくらいだから良い鑑定スキル持ってるんだろうな。
しかし彼は顔をあげるときっぱりと言った。
「鑑定不可になってますね。見えません」
「え」
「いわくつきの品などでたまにあることですが」
「ええ……」
困惑して気の抜けた声をあげた俺を、センリ氏は「まあ待ちなさい」と制した。
「こちらは仮にも運営寄りのNPCです。多少のわるさは可能ですよ」
そう言ってタブレットを取り出すと操作を始めた。わあ、いけない人だなあ。頼りになります。
しばらくして、彼は小さく頷いた。
「……大丈夫みたいです。呪いの類はついていません」
「そうなんですか」
彼が差し出したタブレットを受け取って画面に目を落とす。ええと。
【漆黒の魔導書 MP/INT/MND+100%・闇魔法使用時MP消費量-50% INT/MNDさらに+100%】
おうふ。さすが謎紋章関連、えぐい。
魔法関連の数字が全部二倍、闇魔法を使う時だけ三倍になる代物とか。
でも俺の貧弱なステータスであれだけの大物を召喚できた理由がわかったぞ。ここは助かったと言うべきなのか。
【鑑定不可/所有権の変更はE・Eのみ可能】
「うーん……これって実質的な譲渡不可ってことですよね」
つまり処分もできないことを意味する。
「そうですね……」
センリ氏はマニュアルの表紙を開いてパラパラとページをめくった。
「これは名前の通り、本じたいに魔導書の機能があるようですね」
「……はい?」
意味がよくわからない。ええと?
「魔導書は、魔法使いが魔法を出力するために使用する媒体、いわゆる魔法具の一種です。プレイヤーですと杖を使っている人が多いですが、たとえばマリエルは扇子の形をしたものを持っていたでしょう、それと同様にこれは本の形態をとっている魔法具です。本ですから杖を振る代わりに本を開いた状態で指示を出します」
へえ、なるほど。あの召喚の時、どのページでもいいから本を開けとエセルに言われたのはそういうことだったのかな。
「この魔物召喚マニュアルは、いちど完成した普通の魔導書の白紙ページに手書きで魔法式を書き込んで召喚機能を追加したものです。なので、召喚部分は無視してただの魔導書として利用することも可能です」
「え、そうなんですか」
センリ氏は俺にマニュアルを差し出した。交換で俺もタブレットを返却する。
「この世界では、エヴァレットは天才魔法学者としてその名を知られています。彼女が作った魔導書というだけでとんでもない値がつきますし、性能も強い。せっかくですから使ってみたらいいと思いますよ」
「……はい」
変な呪いとかついてないならひと安心だけど。そういうことなら、俺も魔法を持ち腐れ状態にしてるところがあるし、普通に魔法具を手に入れたと思えばいいのかな。でもなあ……うーん……。
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
用も済んだので退出しようとして、俺はふと、もうひとつ気になっていたことを思い出した。
「あの、アルケナ神殿のことなんですけど」
神殿のあるエリアから星見の塔へ出ようとした時にゲートで表示されたあの謎の選択肢。
「『内界に出る』ってどういう意味ですか?」
センリ氏はぱちりと瞬きをすると、
「ああ、あれですか」
と言って小さく手招きをした。俺はそっと頭を近づける。
「あれはね、夜鳩商会の固有コマンドなので他の人には内緒ですよ」
センリ氏は小声で言った。
「はい」
「内界に出ると、山の向こう側の旧皇国エリアに行けます」
「………………は?」
たっぷり十秒くらいフリーズしてしまった。
「は? え? えええ?」
いや待って。それってこのゲーム世界の前提条件を崩す情報ですよね?
「なんで……」
「夜鳩商会は旧皇国の残党が作った諜報機関であり世界を股にかける大商会でもあります。我々はあらゆる情報と商品を仕入れなくてはいけません。あれはそのために作られた秘密のルートです」
「え、でも前に旧皇国には誰も入れないからドラゴンの肉も仕入れできないとか言ってませんでした?」
「あれは建前というか、可能性を否定してみせるパフォーマンスですね」
しれっと答えるセンリ氏。
騙されたわあ。でもあの時の俺はまだ初対面のいちプレイヤーにすぎなかったから、納得もするけど。
「旧皇国エリアといっても、王都の街壁から内側は結界があるので入ることはできません。ですが壁外のエリアだけでも珍しい素材が手に入りますし他の国のアルケナ神殿に行くこともできますよ」
えええ……もしかして他国に密入国できちゃうの?
驚愕のあまりすっかり間抜け面になってる俺を見てセンリ氏はふふふ、と小さく笑った。
「興味があるなら行ってみるといいです。そのうちこちらからなにかお願いするかもしれませんしね」
「はい……」
なんか知ってはいけないことを聞いてしまった気分。
俺は今度こそ退出の挨拶をして、センリ氏のオフィスを出た。
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(2023.4.3)文章を少し修正しました。内容に変更はありません。




