71.運営その3
いつもありがとうございます。公爵家編、これにて閉幕です。
壁面の大型モニターには先程までリアルタイムでオビクロ内のレイドの様子が映し出されていた。
「これにてバートン公爵家の首飾りクエスト、無事終了です」
七瀬がモニターの映像を消して宣言すると、室内からパラパラと拍手があがった。
「いやあ、一時はどうなるかと思ったけどなんとかなっちゃったねえ」
芦田が手を叩きながら満面の笑顔で言った。
「まさか自分で魔物召喚しちゃうとは思わなかったわ。思わず茶ァ吹いたぞ」
そう言ったのは広報宣伝部長の小野寺だ。
「やるねえ、あいつ」
営業部長の古賀は完全に面白がっている。
「樋口を投入しようかと思って待機させてたけどその前に終わったな。いやお見事!」
「一歩間違えば大事故でしたけどねえ……」
苦笑いするのは広報宣伝部の榊。
「でもゲーム的にはあれが大正解なんですよね。段取りの悪い謎のウロウロイベントも全部吹っ飛ばす力技で締めて、参加者全員やりきった笑顔で帰って行ったじゃないですか」
七瀬がパソコンのデータをチェックしながら言う。
「大人が駄目すぎるから頑張ってくれたんですよ」
円堂がため息をついた。
「それよりあのゴーレム、ちょっと強すぎじゃなかったですか? カイ君は20人規模でオーダーしていたはずですが」
「ああ……」
七瀬の視線が気まずげに泳いだ。
「あれはレベルの問題ですね。エセル・エヴァレットはそもそも東国の登場人物ですから、参加プレイヤーのレベルがまだ30前後だなんて想像もしなかったんでしょう」
「つまり?」
「あのゴーレムはレベル60のプレイヤーが20人で倒すレベルだったかと」
えええ、と声があがる。
「それはひどい」
「よく倒せたな」
「クエストを受けたのが斬鉄団だったのが幸いしました。彼らの指揮がなければ負けていたでしょうね」
七瀬が頷いて言った。
「それで? シナリオが脱線した原因はわかったのか?」
小野寺が訊ねた。
「はい、その魔法学者エセル・エヴァレットです。通称『E・E』、例の八体のひとつでした」
室内の人々が眉を寄せる。
「これも『アリス』同様、善悪の区別がつかないため削除されたデータです。今回は本人が故意になにかしたわけじゃありませんが、たまたま伯爵家に潜伏していたことで歯車が狂ったのだと思われます」
「それでその追加悪魔、これからどうするんだ?」
小野寺の質問に、七瀬はにっこり笑った。
「ご安心ください。カイが上手に退場させてくれたので、アットウェル伯爵家を出たタイミングでデータを切り離して隔離しました。まずは一体、捕獲成功です」
「お、やったな!」
パチパチと拍手が起こった。
「なあ、ちょっと思ったんだけど、」
古賀が手を挙げて言った。
「さっきのカイの様子見てるとさ、例の八体、うまくやればコントロール可能だと思わねえ?」
他のメンバーが顔を見合わせた。
「それはどうかと。策士策に溺れるって言葉がありますよ」
小野寺が腕を組んで言った。円堂が顎に手を当てて少し考える。
「積極的には同意できませんが、いざという時の手段のひとつとして選択肢の末尾に加わることは否定できませんね。相手にもよりますが」
「『商人』みたいな凶暴なタイプもいますしねえ」
七瀬が付け加えた。
「そういえば、そっちはどうだったんだ?」
古賀が榊に話を振る。円堂が「何の話ですか」と訊ねた。
「西3にも膠着状態で予定時間数を大幅に超過しているクエストがあったので、シナリオの脱線かどうか『ソフィア』で様子を見に行ったんです」
「何か見つかったのか?」
「なんとも判断できませんでした」
榊は首を横に振る。
「受注したパーティは少し背中を押してあげたらすぐに解決したので……それとは別に、姿を消したNPCがひとりいましたがこれが関与したかどうかは結局わからず」
「そのNPCについてはこちらで引き続き調査します」
七瀬が言い添えた。
「よし」
古賀がぱん、と両手を打ち合わせた。
「二兎を追う者はなんとやら、だ。今日のところは一体捕まえられたことを素直に祝おうじゃないか」
榊と七瀬はひとつ大きな息をついて「そうですね」と頷いた。
「それじゃ、」
芦田がメンバーをぐるりと見回した。
「今日はお疲れさま。気分を切り替えてまた明日から頑張ろう」
「お疲れさまー」
彼らは机上のお茶を目の前に掲げて乾杯をした。
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