7.小さないきもの
いつもありがとうございます。
翌日。
昼間姉ちゃんは会社に行ってるので、ひとりでログインだ。
仮宿を出て、まずは生産職用の共同工房に向かった。
この施設はいわゆるレンタル工房で、時間制で料金を支払って生産のためのさまざまな設備を借りることができる。材料は持ち込みだが、どこでも手に入るようなノーマル素材は施設内で販売もしている。
俺は調理用ルームを借りると、ありったけの材料で大量のクッキーを製作した。
それらに毒を付与してモンスター用毒餌にする。ちなみに毒以外の付与スキルが増えたので毒無効のお菓子も作れないかと思ったが、こちらはスキルではなく称号効果なので付与の選択肢には現れなかった。残念。
作業を終えて工房を出た俺は、さきほど来たのとは反対側に向かって歩き始めた。
街の北方向に進んでいるはずだった。歩みを進める度に白紙だったマップに線が追加されていく。
この大陸は、中央に人の立ち入ることのできない古代皇国の遺跡があって、そこを取り囲んで東西南北の四つの国があるという設定だ。
今いるのは西国ウィンドナ、第二の街ウェスセカンド。
プレイヤーはシナリオによって南へと向かうよう誘導されていて、次の第三の街はさまざまな物資が集まる賑やかな商業都市、その次の第四の街が王都だという。そこから第五の街を抜けると国境があり南国フレミアに入る。
逆に北方向の第一の街は古く寂れているようで、その向こうの北国ミスティンは鎖国中で行き止まりだ。おそらくゲームの上では、南国と東国を経由することが北国に入るための必要条件になっているのだろう。
それならば、流れに逆らって北へ行くほど人が少ないはずだと俺は考えたのだ。姉ちゃんのためにも落ち着く狩場を探しておきたいし。
街壁の北門から出て森に入る。ここもウェスセカンドエリア内だ。
昨日の森ではツノウサギを探すのに夢中であまり植物の観察をしていなかったが、木々をよく見ると食材になりそうなものが色々と実っている。
食材鑑定スキルを使いながら、木苺や枇杷、葡萄を採取してインベントリに放り込んだ。インベントリの中では時間が経過しないから、素材が古くなったり痛む心配がない。
足元にはアスパラやキノコも生えている。思わず松茸なんか生えてないだろうかと探してみたが見つからなかった。それでもヒラタケと椎茸が手に入ったのでこれもとれるだけとってしまい込む。
現実世界では、キノコは素人には危険かどうか見分けがつかないから手を出すなとよくいわれているけど、ここでは食材鑑定スキルがあるので確実に食用のものを採取できる。素晴らしいね。
ひととおり採取して気が済んだので、木々の間から適当に奥まった場所に入り、工房で作ってきた毒餌をばら撒いた。
近くの繁みに身を隠して息を殺す。じっと待っているとツノウサギが数匹やってきて毒餌を食べた。やがてフラフラとおかしな動きを始めるのでそこへ出て行ってフライパンでポカンと殴る。毒で弱っているせいか、どれも一撃で仕留めることができた。
また毒餌を撒いては隠れ、殴っては毒餌を撒くを繰り返す。
時折、キリサキギツネという狐っぽい動物や火鴉という炎を帯びた鳥なんかも引っかかった。火鴉の羽根はちょっと良い値段で売れるらしい。
単調な狩りで退屈じゃないと言えば嘘になるけど、今は金策が最優先だ。
やっぱりフライパンではリーチが短くて心もとない。昨日のグレートハンティングベアとの戦闘で思い知った。やっぱりきちんとした近接武器も欲しい。
しかし武器って安いものでも結構なお値段なのだ。
このゲームは、最初にソフトを購入すればあとは月額利用料のみの支払いで、アイテム購入やガチャのようなブースト目的の課金がない。
つまり欲しいアイテムがあれば労働でひたすら稼ぐしかない。
低ランクのうちは大きく稼げる仕事なんてないから、こうやってチマチマと小動物を狩っているわけだ。
幸いにして俺は春休みなので時間はある。姉ちゃんが帰ってくるまでに出来るだけ稼いでおきたい。
そうやって釣りにも似た狩りをしていたらFULがだいぶ下がってきたので、お昼を食べることにした。
さっきドロップした肉を食材鑑定で見てみる。
毒餌を食べさせたから心配してたけど、食材は別に汚染されてないようだった。これなら余った肉も買取に出せる。よかった。
結局、いつものフライパンは撲殺専用武器にすることに決めたので、切り分けた肉やキノコを数本の串に分けて刺し、火を起こした即席かまどの網に乗せて焼いた。
串を食べながら、ログをチェックする。
またスキル選択肢に赤でnewがついていた。『気配遮断』が増えている。
こういう毒餌や罠を使う狩りには便利だ。ポイントを使ってスキルに追加した。
食事を終えてまた地味な狩りを再開する。
そして、持っていた毒餌を全部使い切る頃には日も傾き始めていた。
オビクロはプレイヤーの心身への影響を配慮して、現実時間で四時間経つと一旦ログアウトするように警告が出る。その制限時間も近づいている。
俺は森の中を足早に急いだ。しかし急いでいる時ほどトラブルに遭遇しやすいものだ。
その通り道でギャアギャアと赤い鳥たちが騒いでいるところに出くわしてしまった。火鴉の群れだ。
火鴉たちは一箇所に群がって上に飛んでは下降するような動きを繰り返している。何かを攻撃しているらしい。目を凝らすと、白っぽい毛のかたまりが中心にいる。
「あー……」
小動物を虐めているようだった。
姉ちゃんがいたらめっちゃ怒るだろうな。
カラスの類と戦うのは正直なところ御免被りたいが、この小さなモフモフを放ってはおけない。脳内姉ちゃんが腕を組んで仁王立ちしてるし。
「おい、やめろ!」
俺はいっきに駆け寄ると、火鴉たちに向かってフライパンを振り回した。
攻撃されたら毒付与も使うつもりだったが、鳥たちは赤い羽根を数枚落としてあっけなく飛び去って行った。
「おいお前、大丈夫か?」
白っぽい毛のかたまりは仔犬のようだった。ただ、ポップアップには青い文字で『???』と記されていてなんの生き物なのかよくわからない。赤い文字じゃないから討伐対象ではないはずだ。火鴉たちにやられたのだろう、全体的に薄汚れていて所々毛が焦げたり抜けたりして血が滲んでいた。
「酷い目にあったな」
仔犬はつぶらな青い目でこちらを見上げてキュウンと小さく鳴いた。こんなチビスケを集団で虐めるとは。クソガラスめ。
俺は初期装備に入っていた下級ポーションを取り出して、傷口にかけてやった。
金色のエフェクトが出て、みるみるうちに綺麗になる。ボロボロになっていた毛並みもふんわり元通りだ。仕上げに水魔法で手拭いを濡らして汚れを拭いてやる。
「ほら、もう大丈夫だぞ」
モフモフの頭を撫でてやると、仔犬はたしたしと小さな前足を片方踏み鳴らした。
「ん? どうした?」
その片足に黒っぽい植物がまるで腕輪のように絡みついている。
「これを取るの?」
「アン」
返事みたいに鳴く。人語がわかるのかな。
固い蔓のような植物を、手では外せなかったので出刃包丁で削るようにして切ってやる。それは仔犬の腕から落ちた途端にボロボロに崩れ砂になって消えた。どういう素材で出来てたんだろう。
「ほら取れたぞ。もう暗くなるし早いとこ親のところに戻れよ、あいつらに見つからないようにな」
「アン!」
じっと植物が無くなった腕を見つめていた仔犬は顔をあげて返事をすると、まるでお手をするかのように片足をあげた。
「ん? なんだ?」
手を差し出すと、手のひらに仔犬の小さな肉球と一緒に何か硬い物の感触が当たった。
白銀色のコインだった。
「え? くれるの?」
「アン!」
仔犬はひと鳴きすると俺に背を向けてとことこと歩き出した。
「ありがとな!」
小さな毛玉はそのまま振り返らず、木々の間から森の奥に入っていった。
「お礼かな?」
コインには犬の横顔のような意匠が彫られている。アイテム名は『信頼の証』LUK+5、譲渡不可。
信頼か。そんなふうに思って貰えたのなら嬉しいな。
俺は温かい気持ちになってコインをインベントリにそっと収納した。
※雰囲気的に本文に入らなかったので蛇足ですが、コインをインベントリに片付けたのはLUK+はついてても今のところ装着する方法がないという理由です。
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(2023.1.9修正)改行を一部変更しました。




