64.アットウェル伯爵とその秘書
いつもありがとうございます。
翌日朝食を終えてログインすると、レプリカの首飾りの噂はすでに放流された後だった。
オビクロ世界はリアルとは時間の流れが違うから俺たちが就寝している間にも丸一日が経過しているのだけど、時間を無駄にしたくない斬鉄団の人たちが夜中にログインして公爵様と話し合ったようだ。噂の流布には王太子殿下やメリッサ嬢にも協力してもらったので、ひと晩でも宮廷内にかなり広まったことだろう。
とはいえ、待つことしかできない俺は今日も料理の作り置き作業だ。姉ちゃんが遅れてログインしてきて、出来上がった料理を端から順番に味見している。
「あとで感想きくからね」
「らじゃー!」
いつの間にか蒼刃さんとロウさんもフォークを持って紛れ込んでるし。仕方ないなあ。
だが、そんなのんきな待機時間は午後のログアウト休憩までだった。
「アポなしの来客があったぞ!」
再ログインしてすぐ、カリウムさんがばたばたと厨房に走って知らせにきた。その後ろから、静かに足早にセバスチャン氏が姿を見せる。
「旦那様の弟君にあたるアットウェル伯爵様がおいでになりました。お茶の用意をお願いします」
俺は人数と客の好みを確認すると、手早くワゴンにセットを作る。
公爵様とジョシュア様は仕事で外出しているので応対するのはアナベル様だ。人数からみて斬鉄団が全員同席するようだから、サーブはメイドさんにおまかせする。
「怪しい?」
「このタイミングだもんね」
ワゴンを押すメイドさんの背中を見送ったあと、姉ちゃんと囁き合う。
「ちょっと見に行ってみる?」
「そうだね」
俺たちも後からついて行ってこっそり廊下から部屋の中を覗き込んだ。
アットウェル伯爵は、とても公爵様と血が繋がっているとは思えないような、品性の欠片もない男だった。節制を知らぬ太った身体に流行りの服装を着崩して、髪は整髪料つけすぎだし顔は酒焼けしている。どこぞの田舎成金と言われた方が納得できる姿だ。
「私は心配して来てやったのだぞ! とにかく首飾りを確認させろと言ってるんだ!」
太った身体を乗り出して、彼はアナベル様にくってかかっていた。それを古義さんがまあまあと宥めている様子だ。
伯爵の隣には、浅黒い肌のエルフ族の女性が座っていた。彼女は秘書だそうだ。
金髪をきっちりと結い上げて銀縁眼鏡をかけ、シックで実用的なデザインのドレスを着用している。彼女は雇用主の様子にも我関せずといった顔で優雅にお茶を飲んでいた。雇用主と並べるとやけにちぐはぐだ。
「首飾りの隠し場所はお父様しかご存知ないのです。申し訳ありません」
アナベル様がおっとりと謝罪の言葉を口にする。
「なら私が自分で探す!」
「危ない仕掛けもございますわ。おやめくださいませ」
「探されて困るのならさっさとここに持って来い!」
うわあ、相手がお嬢様だと思って舐めくさった態度だな。というか、このタイミングで現れてとにかく見せろの一点張り、小物臭は気になるもののかなりクロっぽい。
しっかしあの秘書はなにしに来てるんだろ? 主をほったらかしで菓子食いまくってるけど。
「ああいうオッサンってほんとどこにでもいるのね」
姉ちゃんが暗い目で呟く。姉ちゃんも仕事で遭遇してるのかな。あんまり突っ込まないでおこう。
ずっと見ていても仕方がないので俺たちは厨房に戻った。
とりあえずは容疑者ゲットだ。斬鉄団はどう動くかな、と思っていたらしばらくして古義さんがやってきた。
「客人は公爵様が帰宅するまで居座るそうだ。なのでカイさん、今日の夕食は酒がすすむ感じの料理をお願いします」
お猪口をぐいっとやるジェスチャーで言う。
「酔わせて聞き出すんですか?」
「それもあるけど、」
古義さんは周囲を見回して声を潜めた。
「酔い潰してここに足止めしてる間にこっそり家宅捜索しようかと」
おお、攻めるね。
「パーティ全員でそっちに行きます?」
こちらが手薄になるのも困ると思って訊ねたら古義さんは「いや」と否定した。
「うちで隠密スキル持ってるの唐竹ひとりだけなんだ。あと、メリッサチームにもひとりいるから、二人で行ってもらう」
ええ……それちょっと厳しくないか?
「俺たちも隠密持ってるから行きましょうか?」
古義さんは驚いたように少し眉をあげた。
「それは助かる。頼めるか」
俺と姉ちゃんは頷いた。
夕食のテーブルには、帰宅した公爵様とジョシュア様にアナベル様、唐竹さんを除く斬鉄団メンバー、そしてアットウェル伯爵とその秘書が着席していた。
俺と姉ちゃんはまたもや廊下から室内の様子をうかがう。
「兄上はクラディス教の本拠地が我が国に存在していることがどれほど他国に対して有位性を持つのか理解しておられない」
伯爵は丸々と太った身体を前のめりにして公爵様に自説を説いていた。
お前クラディス推しかよ。犯人の条件役満だ。正直出来過ぎてるきらいはあるけど、今回の問題は単純な誤算の積み重ねで構成されている。伯爵についても深読みしない方がきっと正解だ。
「アルケナ教なんてとうに滅びた教えなんかにしがみついている場合ではない。クラディス神による大陸統治を真剣に考えるべきだ」
秘書のほうは相変わらず、自分の上司の熱弁を気にも留めずに食事に集中していた。この温度差!
「その話はもう聞き飽きたよ。お前はいったい何をしに来たのだね」
公爵様が諭すような口調で伯爵に訊ねる。
「そうでした、私は穏やかならぬ噂を耳にし、兄上のことが心配になって駆けつけたのです」
「それはすまなかったな」
「兄上、首飾りの無事をこの目で見るまで私は心配で眠れません。どうか私にも確認させてください」
「そう心配せずとも大丈夫だ、誰にもわからない場所に隠してある」
「しかし兄上」
「お前は大袈裟だな。ほら、少し落ち着きなさい」
公爵様はのらりくらりとかわしながら弟のグラスにどんどん酒を継ぎ足している。人がよさそうに見えてもやはり一国の宰相だ、この単純そうな男を丸めこむくらいお安いご用だろう。
「そろそろ出かけますか」
背後から唐竹さんに声をかけられて、俺たちはその場から離れた。暗灰色のTシャツとジーンズに着替えて裏口から外に出ると、陽は落ちて街はすっかり闇に包まれていた。
三人で足早にアットウェル伯爵邸に向かう。
「隠密スキルは看破持ちには効かない。姿を消していてもなるべく家人との接触は避けてくれ」
唐竹さんが低い声で説明する。
伯爵は数年前に妻子に逃げられ現在は独り身だが、屋敷には使用人が数名住み込んでいるそうだ。
「首飾りは見つけたらどうするの? 持って来ていいの?」
姉ちゃんが訊ねた。
「ええ、即回収でお願いします。見つけたらメッセージを下さい」
「わかりました」
伯爵邸の門の横、塀が落とす影に隠れるようにして立つ人影があった。金髪を短く刈った二十代後半くらいの外見の男性だ。
「唐竹さん、ネムさん。お疲れ様です」
彼はこちらに気づいて小声で軽く頭を下げた。あれ、姉ちゃんも知ってるの?
「お嬢様のお茶会の時に来てたからね。こちらはメリッサチームのエリザベス⭐︎さん」
唐竹さんが彼を紹介してくれた。
「こちらは公爵家の料理人のカイさんです」
「えっ、あのチョコレートケーキ作った料理人さん?」
「ええ、そうです」
「わあ、あれ濃厚で洋酒もきいてて物凄く美味しかったです。夜鳩商会に料理出してるんですよね、あのケーキぜひ再販お願いします!」
エリザベス⭐︎さん、めっちゃ褒めてくれる。
何人同席するかわからなかったから、ケーキはホールで三台作っておいたんだよな。メリッサ嬢や王太子殿下に付き添ってきたプレイヤー全員にも行き渡ったようだ。
「その話また後でお願いします」
手の平でストンとカットする仕草で、唐竹さんが会話をちょん切った。
「あっ、すみません」
そうでした、もうちょっと緊張感が必要な場面でしたね。
唐竹さんはウィンドウ操作で臨時パーティを結成しながら、先程俺たちに話した注意事項をエリザベス⭐︎さんにも繰り返した。
「俺は一階の東側の部屋を手前から順番に見て行くから、エリザベス⭐︎さんは中央をお願いします。カイさんは西側、ネムさんは二階で。チェック済みの部屋は探索マップに印をつけて下さい」
隠密スキルを使ってしまうとお互いの姿もわからなくなるから、侵入する前に分担を決める。この伯爵邸は凹の字の形に南向きで庭を囲んで建物が建っているから、俺の分担は右側の出っ張りになる。
「壁や床の不自然なところも気をつけて、どうしても開かない鍵は無理に壊さずメッセージで共有すること」
「わかりました」
「それじゃ皆さん、よろしくお願いします」
頷いてそれぞれが隠密スキルを使うと、全員の姿が一斉にかき消えた。
門扉を乗り越える気配を数える。男二人と、姉ちゃんの軽い足音。他の三人が着地した足音を聞いてから俺も門扉に足をかけた。
俺は庭を横切って担当の西ブロックに行き、鍵のかかっていないテラスから屋敷内に身体を滑り込ませた。
時刻は午後九時、特に用事がなければ使用人たちが部屋に引き上げる時刻であるが、念のため隠密の他に気配遮断もかけておく。
窓のある部屋は月明かりでそこそこ明るいけど、室内を隅々まで調べるために魔石を仕込んだランタンで照らしながら捜索していく。
ざっと見たところ、このあたりの部屋はさほど重要ではなさそうだ。おそらく高価ではない美術品を集めた物置き部屋や、あまり読まれた形跡のない書庫。
いや、意外とこういう場所に隠し金庫があるのか?
絵画の裏や絨毯の下、棚の後ろに不自然な場所はないかチェックする。寄木細工の小物入れとか、ミステリーなんかでよくある一冊だけ逆さまの本とか……そんなものはありませんねえ。
落胆しながら次の部屋に入ると、デスクと本棚があった。誰かの仕事部屋っぽい。誰か、と表現したのは部屋の中があまりにも地味で実務的で、あの趣味の悪そうな主人ではなく使用人のものだと判断したからだ。
机の上にはペン立てと数枚の書類が束ねて置いてあった。引き出しをそっと開けて中身や二重底の有無を確認していく。特に異常はない。床や壁をチェックしていると、ふと壁に造り付けの全身鏡が目に入った。
たまにあるよな、鏡が扉になってるパターン。
そう思って鏡の枠を引っ張ってみた。
カチリ。
「えっ」
金具の音がして、鏡が枠ごと数センチ開いた。
「……開いちゃった……」
隙間から覗いてみると鏡の中は真っ暗な空間だった。ランタンを向けると下へと降りる階段が続いていた。
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