63.次なる作戦
ハッピーホワイトデー! いつもありがとうございます。
運営の二人の支払いだと言うので心置きなく良い肉を食べまくって帰宅した。決して腹いせじゃないぞー(棒読み)。
さて、オビクロの中はどうなっただろうか。
今日はもう時間が遅いので向こうでは三日ぶりになる。姉ちゃんが朝から入っているからある程度フォローできてるとは思うけど。
ログインして、公爵家の割り当てられた部屋で目覚めた。こちらも就寝時間が近い時刻である。
コックコートに着替えて階下に降りて行くと、厨房で姉ちゃんと斬鉄団がたむろっていた。なんか深刻な空気だ。
「あっ、カイくん」
「お邪魔してます」
「お疲れ様です」
斬鉄団の人たちの挨拶に軽く頭を下げて室内に入った。
「カイくん、保管庫のお夜食もらったわよ」
「うん、好きに食べていいよ」
みんなでおにぎりを食べながら作戦会議をしていたようだ。
「この三日で動きはあった?」
「いろいろ判明したよ」
と蒼刃さんが答えた。
「アナベル様がメリッサ嬢を招待して、昨日お茶会をしたんだ。二人とも君のチョコレートケーキをすごく喜んでたよ。ありがとう」
「そうですか、それは良かったです」
俺がいない間にメリッサ嬢が来るといけないから、厨房の保管庫に綺麗にデコレーションしたチョコレートムースのケーキと生チョコを作って入れておいたのだ。役に立ったみたいでなによりです。
「それでそのお茶会なんだが、メリッサ嬢が王太子殿下も一緒に連れてきたんだ」
「えっ」
「それで話をした結果、メリッサ嬢と王太子殿下はアナベル様を心配して首飾りを探そうとしていたことが判明した」
「そうだったんですか……」
そこ知ってますけどね。
「ニュースソースも教えてくれたよ。メリッサ嬢は学校の裏庭にいる時、何者かが話しているのを聞いたらしい」
蒼刃さんの話はこうだ。
その日、メリッサ嬢は王立学院の校舎の裏庭で猫におやつをあげながら日向ぼっこをしていた。するとどこからか女の話し声が聞こえてきた。
「……の料理人が首飾りを盗んでくるから、それを受け取りに……の夜……の鐘が鳴る頃、アーデン通りの天使の像……」
この物騒な会話がどこから聞こえてきたのかとメリッサ嬢は周囲を見回したが人影はない。おそらくどこかの教室の窓が開いていて、そこにいた誰かの声が漏れたのだと思われた。肝心の標的の家や日にちがわからなかったため、メリッサ嬢は騎士団に届け出るかどうか迷ったという。
そして翌日、そのアーデン通りの天使像の前で男の遺体が発見されたこと、その男が親友の家の料理人だったことを知り、メリッサ嬢は公爵家の家宝の首飾りが盗まれたのではないかと考えた。
メリッサ嬢は王太子殿下にそれとなく、万が一皇太后陛下の形見の首飾りを紛失したらバートン公爵家はどうなるのかと訊ねた。その唐突な質問を不審に思った王太子殿下も、公爵家の料理人殺害を知って首飾りに何か問題が起きたのではないかと疑念を抱いた。
「それで、メリッサ嬢と王太子殿下はそれぞれ、事を荒立てないよう渡り人の冒険者に調査を依頼していたんだ」
「そういうことだったんですね……」
クエストが不発なのに登場人物たちが事件を知っていた理由はこれで判明した。
「じゃあゴドウィン侯爵令嬢は」
「その件は侯爵家でメイドしてるマリエルさんに探ってもらったよ」
唐竹さんが言った。
「結論からいえば問題の会話をしていたのは侯爵令嬢だったそうだ」
「侯爵令嬢の計画ってことですか?」
「そう」
彼は頷いた。
「ところが手下が受け渡し場所に行ったら、すでに料理人は殺害されていたらしい。慌てて調査のために冒険者を雇ったものの、そのことが手下から父親の耳に入ってしまった。それで侯爵は娘を領地に戻すことに決めたそうだ。王太子の妃候補も辞退する」
「それじゃ侯爵家についてたパーティは」
「侯爵から口止め料をもらって解放された。でもクエストはまだ終わってないから王太子チームと合流するそうだよ」
ちっ。人数は減らなかったのか、残念。でも悪役令嬢はなんとかシナリオ通りに退場してくれたな。
「とりあえず、メリッサ嬢と王太子殿下が敵じゃなくてほっとしました。アナベル様も安心されたでしょう」
「うん、三人とも誤解が解けてよかったんだけどなあ……また容疑者がいなくなってしまった」
蒼刃さんがぼやいた。それでみんな難しい顔で集まっているのか。
そういえば。さっきリアルの食事会でひとつ気になったことがあるんだよな。
「あの、俺たちメインシナリオは手付かずなんですけど、バートン公爵がそちらで重要なキャラだって話を聞いたんです。ご存知ですか?」
ああ、と斬鉄団の人たちは頷いた。
「それならクリア済みだ。宮廷内の事件を解決するくだりで、俺たちを保護してくれてたのが宰相のバートン公爵だったんだ」
「事件って?」
「ネタバレしてもいい?」
ロウさんが気遣って訊いてくれる。俺と姉ちゃんは頷いた。
「宮廷内で怪事件が起きて、下っ端女性官吏が真相を突き止めようとする。実は宮廷内にクラディス教の狂信者グループがいて、神殿の政治への影響力を強化するために暗躍していたというストーリーだ。バートン公爵は政治と宗教は一定距離を保つべきだという考えの派閥で、俺たちに協力してくれていたんだ」
「そういえばお父様同士の関係を訊いた時、内輪で争ってる場合じゃないってアナベル様も言ってたわね。たしかゴドウィン侯爵も同じ派閥だって」
「うん。クリア後も目の前の敵は倒したけどまだ不安が残ってるような描写だったから、狂信者は恒常的に宮廷に潜んでいるんだろう……あ、そうか」
ロウさんがなにか思いついた顔をする。
「狂信者なら今回の事件、うまく使えば敵派閥のバートン公爵とゴドウィン侯爵の両方を潰すことができるんじゃないか?」
「あーなるほど」
面々が得心がいったように頷いた。
「その可能性はあるかもしれないな。いちど公爵様にも確認してみた方がよさそうだ」
古義さんが言ったが、「しかしなあ」とカリウムさんが異議を唱えた。
「こう、いたずらに容疑者ばかり増やしても同じことの繰り返しになるぞ。もう少し有効に犯人を炙り出す方法はないものだろうか」
「炙り出すって……罠とか?」
ううむ、と斬鉄団の連中が唸る。
「犯人をおびき出す方法ねえ……」
あ。ひらめいたぞ。
「それなら偽物作戦はどうですか?」
俺は片手を軽くあげて言った。
「偽物?」
「泥棒が間抜けにも首飾りのレプリカの方を盗んで行った、っていう噂を流すんです。そうすれば、犯人は何らかのアクションを起こすのではないかと」
「なるほど、犯人は本物を確認せずにはいられなくなる、か」
狙いはそれだけではない。最悪、二つ目の首飾りが投入された場合に、同じものがこの世に二つ存在している言い訳にもなる。
「その案いいな。少し賭けにはなるが」
古義さんの言葉に他の人たちも頷いた。
「うん、明日ご家族にも相談してみよう」
とりあえず方針が決まったようだ。斬鉄団のメンバーは食器を片付けて撤収に入った。
「カイさん、ありがとう。参考になったよ」
「どういたしまして。うまくいくといいですね」
「うん。おにぎりもご馳走さん」
彼らは就寝の挨拶をして、ぞろぞろと厨房から出て行った。それを見送って、ふう、と姉ちゃんが大きく息を吐き出した。今日はほぼ一日中オビクロにいたもんな。
「姉ちゃんもお疲れさま。捜査も一歩前進したことだし、明日からの新展開に期待しようよ」
「うまくいくといいわね」
「いかなきゃ困るよ」
話しながらざっと大型保管庫の中身をチェックする。
うん、明日の日曜日は朝からログインできるから、それまでなら作り置きは大丈夫そう。
今日はさすがに疲れているしこちらにも様子を見にきただけだから、姉ちゃんと就寝の挨拶をしてログアウトだ。
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