62.アルバイトの話
いつもありがとうございます。
週末がやってきた。
剣道の全国大会まで一ヶ月を切って、今日はセンリ氏もとい円堂先生が大学の剣道部へコーチに来てくれる日である。
このところオビクロですっきりしない気分が続いていたから、強い人を相手にくたくたになるまで身体を動かしてやっと地に足がついたような感覚を得ることができた。
「わかる。フィジカルでしか解消できないストレスってあるな」
ちらりとこぼしたら、円堂先生が同意してくれた。この人も秘書室長なんて対人の仕事だからストレス多いんだろうな。
「ついでに支倉、リアルでの基礎トレの時間を意識して増やしておいた方が良いと思う。特に走り込み」
「腰が弱いですか?」
いや、と彼は言った。
「俺自身にも言えることだが、オビクロをやっているとついつい動いたつもりになってしまう。実際はその間寝転がってるだけだから、長期的に見ると筋力低下が心配だ」
たしかに!
毎日大きな武器振り回して冒険してるけど、でもこれってイメージトレーニングにしかなってないよね。
「気をつけます」
明日から朝のロードワークの距離増やしとこ。
練習を終えて、書類を書くついでに夕飯をご馳走してくれると言うので、円堂先生と一緒に移動する。これは想定内だ。
そもそも書類を書くだけなら姉ちゃんに預けてくれればいい。それをせずに、円堂先生が直接持ってきた時点でオフレコ話OKだと取っていいと思う。
俺は先生に連れられてお高い肉を出す店に入った。予約していたらしく、個室に通される。するとそこには先客が待ち構えていた。
40歳くらいの男性と、30代前半くらいの女性だった。男の方が俺の顔を見て「わあ、ほんとに生カイ君だ!」と声をあげた。
俺は困惑して円堂先生を見上げた。
「支倉に会うと言ったら一緒に連れていけってうるさくて」
彼の声音には呆れた色が混じっていた。
「こちらはオビクロ運営の芦田と七瀬。支倉も騎士団で会ってるはず」
「あ!」
特務のおじさんとナナ師匠か!
あの二人はデイジーさんと同じようにNPC風モブ顔アバターを使っているけど、言われてみれば雰囲気が似てる気がする。
「そっか、おじさんも師匠もお忙しい中来て下さってありがとうございます」
「マイナスイオンが出てる……」
七瀬さんが呟いた。円堂先生がにこりと笑う。
「本当、疲れてるんだから家で大人しく寝てればいいのにね」
わあ煽りよる。七瀬さんがむっと口を尖らせた。
「今日は我々が弟子に高い肉をご馳走するんですから! 円堂さん、いつまでも師匠風吹かせられると思ったら大間違いですよ!」
「あーはいはい」
把握した。やっぱり夜鳩商会行きを根に持たれてたか……。
向かい側に運営の二人、隣に円堂先生という席について書類を渡された。アルバイトの契約内容に目を通す。
「……えっ、ログイン時間中全て勤務扱いになるんですか?」
ええ? ほとんどの時間は運営と関係なく遊んでるだけだぞ?
それでお金をもらうのはさすがに気が引けるし、ログイン中仕事ばっかりになっても困る。
「実質口止め料だよ。支倉、かなりまずいオフレコ情報知ってるだろ」
たとえば今回の件ですかね。
「別にお金もらわなくたって、他人に話したりしませんけど……」
「俺も支倉がそんなことするなんて思ってないよ」
頬杖で横から書類を眺めながら円堂先生が言う。
「でも心が汚れた大人は保険がないと人を信じることもできないんだ。ここは貰っといてあげなさい」
向かいの二人が小さく呻いて胸を押さえてる。すごい切れ味だな。
まあそういう事情なら仕方がない、料理が来る前にさっさと書類を書いて渡した。控えをもらってカバンにしまったところで大人たちが運ばれてきた肉を焼きはじめる。
さて、こちらの本題に入ろうか。
「それで誰にも言いませんので、今回の公爵家のクエスト、本当はどういう筋書きだったのかもう少し詳しく教えてもらえませんか?」
そう言ったら三人とも揃って渋いものを食べたみたいな顔になった。
「いやあ……ちょっとした悪役令嬢ネタだったのに、まさかここまでぐだぐだになるとは思ってなかったんだ。我々も唖然としてるところで」
「……は?」
うわあ、嫌な予感。
「どういうことですか?」
「そもそもこのクエストの主人公は、アナベルじゃなくてメリッサの方だったんだ」
芦田さんがため息まじりに教えてくれる。
「悪役令嬢が公爵家の首飾りを盗み、王太子妃の座を辞退するようアナベルに迫る。メリッサは窮地に立たされた親友のためにプレイヤーの協力のもと首飾りの隠し場所を突き止め、そこを守るモンスターと戦って取り戻す。そして建国記念式典の日、首飾りが間に合ったアナベルが王太子妃に選ばれるのかと思いきや、アナベルの根回しで王太子はメリッサに求婚、ハッピーエンド。わりと難易度も低い、女の子たちの友情エピソードだったんだ」
ええ? 導入は似てるけど、現状と全く違う。
「……首飾りに特殊な能力があるとか、そういう話は……」
「残念ながら、そんな設定はないね」
えええ……。
「盗んだ首飾りが何者かに横取りされて悪役令嬢の元に届かなかった。だから彼女はアクションを起こせないし、連鎖が止まってアナベルもメリッサも動けない、王太子も協力できない。NPCたちに自覚はないが、彼らはなんとか正常なシナリオに戻ろうとして『困った時はプレイヤーに頼る』というNPCの本能のままに冒険者を雇い、問題解決に乗り出してしまった。それで今の状態が出来上がったわけだ」
「それじゃ俺たち以外の二十四人のプレイヤーは、本当にただ首飾りを探すためだけに動員されてるわけですか?」
「ミリアとマリエルは事態を正確に把握するため潜り込んだ調査員だから、二十二人だな」
円堂先生がさりげなく修正した。
空いた口が塞がらない。クエストの真の目的なんて最初から存在しなかったのだ。
せっかくいい雰囲気で話が動き始めたのにどうすんだよもう。肩透かしどころじゃないだろ。
「それ、どうやって収拾をつけるんですか?」
うーん、と芦田さんは腕を組んだ。
「まず運営としては公爵家の保全が最優先なんだ。バートン公爵はメインシナリオで重要な役割をもつキャラだから、ここで失脚させてはならない。だからとにかく首飾りさえ戻ればいいんだ」
なるほど、俺たちへの依頼が斬鉄団の支援だったのは、本来のメリッサの役割が斬鉄団へとスライドしたからか。
「じゃあ他の家の雇われパーティのことは」
「夜鳩商会に依頼した時点ではこんなに大人数じゃなかったんだよね」
七瀬さんがげんなりと溢した。芦田さんが頷く。
「正直どうしようかと思ってたけど、でもカイ君のおかげでうまいこと四パーティ協力体制になったから、首飾りさえ戻れば全員クエ成功にしてお茶を濁すことが可能になったよね。段取り的に犯人との間で戦闘のひとつでもあれば助かるんだけどねえ」
あれだけの大人数を振り回しといて、それで片付けちゃうの?
「もし取り返せなかった場合はどうする?」
円堂先生が訊ねた。
「本当に最終手段になるけど、運営の小細工によりどこからともなく首飾り二号が出現するかもしれない」
「それが可能ならすぐにでも出していったんクエを締めた方が良くないか? これだけグダったら損切りは早い方がいいし、公爵家のリスクがない状態で改めて後の調査をすればいいのでは」
いや、と芦田さんは眉を八の字にして先生の言葉に首を振った。
「最終手段って言っただろ。首飾りが二つ存在するだけでも新たな火種になるんだってば」
うん、たしかに円堂先生の案の方が助かるけど、真犯人の目的がわからない状態で二つ目の首飾りを投入するのも怖いよな。建国記念式典なんかでまた想定外の事件が起こりそうで。
「……仕方ないな。支倉には手間をかけることになるが」
ため息をついて円堂先生は引き下がった。
「まあそんなわけで、改めてカイ君にお願い。斬鉄団の首飾り奪還の支援と、あとみんなが活躍できそうな場面があったら適当に唆して突っ込ませてやって」
ええー……なんだそれ。雑すぎやしませんか。
みんな首飾りの先に壮大な秘密があるって思い込んでるし、どうやってもクソゲーにしかならない予感がするぞ。どうすんだよほんとに!
「うちの妹たちも使っていいから」
思わずチベットスナギツネの顔になった俺の皿に、円堂先生が焼けた肉をそっと置いてくれた。
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(2023.3.13修正)脱字を修正しました。
(2023.3.14修正)気になった文章を修正しましたが内容に変更はありません。




