60.気分転換
いつもありがとうございます。
謎が謎呼ぶクエストである。
あれから男たちをそれぞれの雇い主のもとへ帰したあと、斬鉄団の人たちにお礼を言われた。
「君たちのおかげでクエストが進展したよ。ありがとう」
「いえ、お役に立ったならよかったです」
こっちは逆に謎のゴール設定になったけどな。
でも考えてみれば、まず首飾りと犯人を探すことに変わりはない。その先のことはまだ何もわからないわけだし。
そのためにも名前のあがった三人以外の新たな容疑者を知りたいところなんだけど、あの会談はアナベルお嬢様に暗い影を落としてしまった。
彼女はあれから沈み込んで部屋にこもってしまっている。いくらしっかりしたお方でも、親友と婚約者候補が自分の家を陥れようとしているかもしれない、そんな疑惑は耐え難いものなんだろう。
こちらで一晩ログアウトして戻った二日後のオビクロでも、まだお嬢様は部屋から出てはいなかった。とりあえずは、俺たちも斬鉄団も他のパーティの報告待ちだ。
料理とお菓子を作り置きし、ついでにクッキー生地でモンスター用のおやつを作った俺は、姉ちゃんと一緒に従魔舎を訪れていた。
「ブラン~、元気だった?」
姉ちゃんがホウキみたいなものでブランの羽根についた埃を払っている。俺がモンスターのおやつを差し出すと、大きくて鋭いくちばしで手の上から食べてくれた。
お互いちょっとずつ慣れてきたみたいだ。よく見ればこいつも愛嬌のある顔をしてる。
隣では斬鉄団の古義さんとロウさん、それに蒼刃さんが従魔のブラッシングをしていた。
三人の従魔はどれも大狼だった。三匹とも少しずつ色合いの違う灰色だ。銀雪よりも大人っぽいというか渋い雰囲気の顔立ちをしている。
ううん……俺もかわいい銀雪さんのブラッシングしたいなあ……さみしいよう。
「やっぱり最終的にはレイドになるんじゃないか?」
ふとそちらで話している蒼刃さんの声が耳に入ってきた。
「レイド?」
他人の会話なのに思わず聞き返してしまった。
「ああ、うん。レイド」
と蒼刃さんはこちらを向いて言い直した。
「なんか登場人物が多すぎるんだよな。まず俺たちが四パーティで二十二人。このゴタついたタイミングでなぜか料理クエストを依頼されてる君とネムさんで二人。あと報告によれば、闘技大会でも会ったミリアとマリエルの双子がそれぞれ侯爵家と伯爵家でメイド修行クエストをしているらしい。わかっているだけでも合計二十六人いる」
あれ、ミリアとマリエルもいるの?
「これだけの人数のクエストをひとつの事件で消化しようとすると、必然的にレイドバトルしかないんじゃないかと思うんだ」
「なるほど……首飾りがモンスターを封印してる鍵だとかそんな感じで?」
ロウさんが腕を組んで言った。
「そうそう」
うわあ、めっちゃ筋が通ってる。俺たちはイレギュラーだけど、それでも充分人数が多い。
「おや、皆さんお揃いで」
その時、従魔舎の入り口の方から声がした。
振り向くと、軽装のジョシュア様とアナベル様が立っていた。
「お二人とも、どうかなされましたか」
古義さんが出迎えるような形で訊ねる。
「アナベルの元気がないから、ちょっと遠乗りにでも行こうかと思ってね」
お嬢様の背に手を添えてジョシュア様が言った。
塞ぎ込んでいる妹を気分転換に誘ったのか。優しい兄上だな。
公爵家の従魔は馬だった。端の方で大人しく飼い葉を食べている。そちらに向かって入ってきたお二人だったが、アナベル様がふと姉ちゃんのブランの前で立ち止まった。
「これはネムさんの大鷲?」
「はい」
彼女はブランの横に回り込んで、すらりとした体躯を眺めた。
「想像してたよりもずっと大きいわ……この子に乗って空を飛ぶの?」
「はい、そうです」
「……すてき……」
あれ? なんか目がキラキラしてる。どこかで見たことあるパターンですね。
「ねえネムさん。私この子に乗ってみたいわ」
「「「えっ」」」
たぶんその場にいた全員の声がハモったと思う。
「はわわ、危ないです! 公爵家のお嬢様に万が一のことがあっては」
姉ちゃんが慌てて両手を振る。
「大丈夫よ」
「いやいや、落ちたら死んじゃいますから!」
古義さんも一緒に止めてくれる。
だって本当に、プレイヤーとは違ってNPCは死んだら戻らないから。プレイヤーが公爵令嬢を事故死させるとか絶対あってはならないことだからな!
「必ず落ちると決まったわけではないでしょう?」
「でも危険ですよ!」
「ジョシュア様も止めてください」
黙って腕を組んでいる兄上様に、蒼刃さんが声をかけた。
「……いや、」
顎に手を置いて真剣な表情をしていたジョシュア様が口を開いた。
「正直、私も乗ってみたい」
駄目だこりゃ。兄上様も見かけによらず好奇心旺盛なタイプだったか。
斬鉄団の三人も一様に頭痛を堪える仕草をした。
「……ネムさん、二人乗りは可能?」
古義さんが姉ちゃんに訊ねる。
「ええ、できるわ」
次に続く言葉を察した姉ちゃんが仕方ないなあ、といった様子で微笑んだ。
古義さんが次にロウさんを見る。ロウさんの無言の頷きが返る。
「それじゃ、ネムさん。お嬢様を乗せてあげてくれないか? 俺たちが下を走って、万が一の時はフォローするので」
アナベル様の表情が、ぱあっと明るくなった。
「わかりました」
姉ちゃんは優しい眼差しでアナベル様に頷いた。
さっきのアナベル様、緋炎の不知火の話を聞いた時の姉ちゃんと同じ顔をしてたよな。状況さえ許すなら姉ちゃんが断れるはずがない。
従魔舎の前庭に連れ出したブランに姉ちゃんは騎乗ベルトを取り付ける。それから落下防止のハーネスをアナベル様の腰に付けてあげた。
ブランの背に姉ちゃんを後ろから抱え込むようにアナベル様が座り、二人で騎乗ベルトを握る。
「気分が悪くなったらすぐに言ってくださいね」
「わかったわ」
古義さんとロウさんの狼が、先行して走り出した。
公爵家のあるこの街中ではブランに合わせての全力疾走ができないから、あらかじめ打ち合わせたコースに先に行っておくのだ。蒼刃さんの狼だけ、念のためにブランと一緒に出る。
斬鉄団が持っている従魔は三頭だけなので、いざという時のフォロー要員として魔法使いのカリウムさんが蒼刃さんの後ろに乗り、留守番の唐竹さんは見送りにきている。
「本で見たことはあったけど、本当に空飛ぶ従魔に乗れるなんて夢みたい!」
わくわくを隠しきれないアナベル様が言う。
うん、問題は解決してないけど、元気になってくれてよかった。
「それじゃ、行くぞー!」
蒼刃さんの掛け声で、姉ちゃんはぐっと背筋を伸ばした。
「ブラン、ゴー!」
白い大鷲がバサリと翼を広げる。
羽ばたきで土煙が巻き起こり、気づいた時にはブランはもう上空にいた。様子を見にきていた使用人たちから「おおおっ」と歓声があがった。
「きゃああ! 飛んだわ!」
アナベル様の歓喜の声が聞こえる。
「お気をつけて!」
「行ってきまーす!」
俺たちはみるみるうちに遠ざかっていく白い影に大きく手を振った。
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