59.情報交換
いつもありがとうございます。暖かくなってきて花粉がしんどいですね。
なんでしょうこの状況は。
バートン公爵家の一室で、斬鉄団と三組の不審者たちがテーブルを囲んでいた。
そして、一番上座にはアナベル様が座っている。なるほど、自身で事態を把握しておきたいのか。しっかりしたお嬢様だな。
俺と姉ちゃんはお茶とお菓子を順番にサーブして回ると、壁際に控えた。やっぱりこの人たち、全員プレイヤーだ。ということは、雇い主がいるはずだ。
「それで、君たちはどこの手の者なんだ? 事件の話をどこで知ったんだ?」
古義さんの言葉にむっと口をつぐむ者、迷うような素振りを見せる者がいるなか、市場で声をかけてきたひとりが手をあげる。
「その前に、斬鉄団は俺たちをどうするつもりだ? 事と次第によるが」
「情報交換がしたい。盗難事件の裏側でなにが起きているのか、事件の全体像を把握したいんだ」
「事件の全体像か……」
男は少し考えると、わかった、と言った。
「俺たちはフリント伯爵令嬢に雇われたんだ」
「おい!」
連れの男が彼の腕を掴んで制止する。彼はその手を押し返した。
「だっておかしいと思わないか? 同じ目標を少なくとも四組ものパーティが追いかけてる。しかもその首飾りは公爵家の所有物だとはっきりしてるから俺たちの誰かがゲットすれば勝利なんて単純な話でもない。このクエの本当の目的はなんなのか、そのためにも情報交換は必要じゃないか」
このクエストの真の目的?
これはまた妙な概念が出てきたぞ。
斬鉄団だけなら首飾りを取り返せばクエスト成功で終わりのはずだ。だけど他のプレイヤーが参加するとなれば、たしかに話が違ってくる。
このクエストって他の勝利条件があるのか? いや、でも俺が受けた依頼はあくまで斬鉄団の手助けだよな?
「ちょっと待て」
と手を挙げたのは最後に捕獲されたひとりだった。
「俺たちはその首飾り、本当の所有者から公爵家が権力をかさに理不尽に取り上げたと聞いているが」
「それはありえませんわ」
アナベル様が即座に否定する。
「あの首飾りは曽祖父の兄君である国王ジュード三世陛下が、母君の形見として曽祖父に直接御下賜されたものです。他家の手に渡ったことなど一度もございません」
「お前ら騙されてるんじゃないのか? 雇い主は誰だ?」
古義さんが訊ねる。
「……ゴドウィン侯爵令嬢だ」
苦虫をかみつぶしたような男から当初の目標だった名前は出たけど、うーん、不審者が三組いる時点ですでに俺たちの目論見からは外れてしまっているんだよな。
「あとひとりは誰だ?」
古義さんが残りのひと組に水を向けると、彼らは観念したようにため息をついた。
「アレクシス王太子殿下だ」
驚きの気配があちこちから漏れた。アナベル様もいっきに血の気が引いた様子で唇を噛み締める。
これはまずいな、一番知られたら困るところに話が抜けてるじゃないか。
「そもそも、どうして依頼主たちはこの騒動を知ってるんだ? バートン公爵家は誰にもこの話をしていないはずだが」
「それはわからない。俺たちも昨日雇われたばかりなんだ」
ゴドウィン侯爵令嬢のパーティが答えた。他の二パーティも困惑した表情で頷く。
古義さんはため息をついた。それをちらりと見て、隣に座っていた蒼刃さんが片手を挙げた。
「いちど整理してみようか。現時点で首飾りを探している人間は王太子殿下、ゴドウィン侯爵令嬢、フリント伯爵令嬢の三人だな」
指を一本ずつ立てて蒼刃さんは皆を見回す。
「ここでのポイントは、彼らはなぜか騒動を知っていること、なぜか首飾りを手に入れたがっていること。そして犯人は彼ら以外の四番目の人物である、ということだな」
それぞれが真剣な表情で聞いている。
「大変心苦しいのですが、アナベル様。この方々について、教えていただけないでしょうか?」
眉根を寄せたアナベル様は、俯いていた顔をのろのろとあげた。
目の前のティーカップを持ち上げ、気持ちを落ち着かせるかのようにお茶を飲むと、ゆっくりと口を開いた。
「……殿下は……まっすぐでお優しい方ですわ。他人を陥れようとか、そういうこととは無縁の方だと存じます」
アナベル様は王太子殿下の婚約者候補筆頭だ。まさかここで名前が出てくるとは思ってもいなかったのだろう。
「ただし……殿下には想い人がいらっしゃいます。そういった意味では私を排除したい理由はございますわね」
「失礼ですが、政治的にお父上を排除したい理由などは」
「殿下にはございませんわ」
王太子殿下にはない、ということは他の人間にはある。まあどこの組織でもそんなものだろう。
「フリント伯爵令嬢は……メリッサは私の幼馴染で親友です。いつも明るくて前向きで、私を励ましてくれる大切なお友達です」
こっちもまさかの登場人物ということか。アナベル様が机の上で握り合わせた手が小さく震えている。
「殿下の想い人とはメリッサのことです。二人は相思相愛の仲で、そういった意味では彼女にも私を排除する理由がございます」
「お父上に対しては?」
「ございませんわね。もともと親同士が学院時代からの親友で、家族ぐるみのお付き合いですから」
アナベル様って強いお嬢様だな。ショックを受けてるはずなのに、なるべく客観的に情報を伝えようとしてくれている。
「ゴドウィン侯爵令嬢は、そうですわね、あまり良い関係ではございません。彼女は御自分が王太子妃になることを強く望んでいるので、私のことを疎んじているのですわ」
「先ほどの首飾りの由来の話についても悪意がありましたね」
蒼刃さんの言葉に頷いたのは、侯爵令嬢に雇われた男たちだった。
「俺たちは必ず首飾りを手に入れるようにと依頼されていた。何か目的があるみたいだった」
蒼刃さんは低く唸った。
「ちなみにお父上については」
「お父様とゴドウィン侯爵の仲はそれほど悪くはないですわ。同じ派閥に属していますし、今は内輪で争っている状況ではありませんもの」
「他に、貴女もしくはお父上、兄上を陥れたい人物に心当たりはありますか?」
アナベル様は難しい顔で考え込んだ。
「……おそらく、私たちには自分が思っているよりもたくさんの敵がいるのだと思いますわ。名指しなどできないくらいに」
うーん。アナベル様、凹んでるせいで敵を多く見積もってしまってるみたいだ。これじゃ新たな容疑者が全然浮かび上がってこないぞ。
「……やはりもう少し調査が必要なようだな」
同じことを考えたのかそれ以上の追求は止めて、古義さんが言った。
「すまないが、みんな。雇い主がなぜ首飾りを欲しがっているのか探りを入れてもらえないだろうか?」
男たちはそれぞれの相棒と顔を見合わせる。
「今の話によれば、首飾りの入手には公爵家を陥れる以外に別の目的がある可能性も考えられる。例えばだが、首飾りそのものになにか不思議な力が隠されているとか」
あ。その可能性は考えたことなかったな。
人間の事情にばかり気を取られていたけど、言われてみれば剣と魔法の世界なんだし、首飾りがなんらかのアイテムであることも否定できないか。
その首飾りを使用することによってなにか次のイベントが起こる、古義さんはそんなふうに考えたようだ。
「目的がわかれば犯人や我々が次に取るべき行動のヒントになるかもしれない」
「ちょっと待ってくれ。パーティの他のメンバーとも相談したい」
ひとりが言って、古義さんが「構わない」と答えると、他の男たちもウィンドウ操作を始めた。一部の人間だけで勝手に決めるわけにはいかないもんな。
やがて彼らはメッセージのやり取りを終えると古義さんをまっすぐに見た。
「俺たちのパーティは斬鉄団に全面協力するよ」
どうやら三パーティとも肯定的な結果を得られたようだった。
「助かるよ。よろしくお願いします」
古義さんだけでなく、斬鉄団の人たちが全員立って頭を下げた。きちんとした人たちなんだな。俺なんかが影でコソコソしてるの、ちょっと気がひける感じがしてくる。いや、なんかすみませんというか。
「あの、他の家も首飾りを探してるって雇い主に話してもいいですか?」
男のひとりが質問した。古義さんは頷いた。
「それはいずれ雇い主の耳にも入るだろうから、君たちの口から話した方がポイントを稼げるだろう」
「わかった。それじゃ事情を探ってみるよ」
男の言葉に、他の面々も頷く。
古義さんの言葉には説得力があった。こうしてここにいる渡り人たちは共同戦線を張ることになったわけだが。
いやいや、待って。
それって斬鉄団のクエストのゴールが、首飾りを取り戻すことじゃなくクエストの真の目的とやらの解決になるって意味だよね?
それって何? 俺たちはどうしたらいいの?
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