58.不審な人々
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それからまず俺が最初にしたのは、料理を大量に作ることだった。
ゲーム内は現実の三倍の速度で時間が流れるから、俺たちが一晩休む間にこちらでは二日半経っている。その間の食事を作り置きしなくてはならない。
時間操作で怒涛の勢いで調理し、厨房の大型保管庫に入れていく。
公爵家の人たちには俺たちが渡り人であることを伝えているから、俺たちが与えられた部屋で眠っている間はメイドさんが大型保管庫から出来立て状態の料理を取り出して配膳することになっているのだ。
そして料理の保管ができるなら仕事の前倒しも可能になる。
作り置きが多いほど俺たちが自由に動ける時間も増えるってことだ。
「それでは買い物に行ってきますね」
「はい、気をつけていってらっしゃい」
料理が一段落したところでセバスチャン氏に許可をもらって、俺は姉ちゃんと一緒に公爵家の裏口から出た。
「それでどうするの?」
声をひそめて姉ちゃんが訊ねる。
「まずは遺体の発見現場に行ってみよう。そこから手を広げて、なんとか某G家の調査員を発見できたらいいんだけど」
「つかまえるの?」
「それは斬鉄団の仕事。俺たちは事件を嗅ぎ回ってる怪しい奴がいたって報告するだけ」
「ふむふむ」
このクエストの主役は斬鉄団だから、アクションは彼らが行わなくてはいけない。
マップで目的の場所を確認した。
「途中で夜鳩商会の近くを通るから、必要な食材は帰りに買って帰ればいいよ」
上級貴族の立派なお屋敷が立ち並ぶ広い道を、ひそひそと話しながら歩く。
「ちょっとすみません」
不意に背後から声をかけられた。
振り向くと、冒険者の服装をした二人の若い男がいた。雰囲気からしてもおそらくプレイヤーだ。
「あの、お二人さっきバートン公爵家から出てきましたよね。関係者の方ですか?」
「あなたたちは?」
いかにも警戒した顔を作って質問に質問で返してやる。
彼らは慌てて両手を振った。
「いや怪しい者ではありません! 最近この近隣のお屋敷で賊の侵入が多発しているとの噂を受けて調査を依頼された者なんですが」
「えっ、そうなんですか?」
そんな噂、初耳ダナー。こいつらもしかして某G家の回し者だろうか。
「それで、あなた方もなにかご存知のことはないかと。なんでもいいんです。メイドの噂程度のことでも」
あれ。なんか妙に優しくて丁寧だ。これってプレイヤー同士の態度じゃないよな。もしかしてこの人たち、俺たちが使用人NPCかその家族だと思ってる?
俺は申し訳なさそうな微笑みを浮かべた。
「すみません。私は最近勤め始めたもので、そういった噂は知らないのです」
「でもバートン公爵家では料理人の方が亡くなっていますよね?」
「私はその後任で雇われまして。詳しいことはなにも」
男たちは少しの落胆をにじませて顔を見合わせた。
「……そうですか。引き止めてすみませんでした」
「いいえ。お仕事頑張ってくださいね」
センリ氏の完璧なNPCスマイルを参考にしてにこりと表情を作ると、俺は男たちに背を向ける。後をついてこないことを確認すると、姉ちゃんの手を引いて手近な曲がり角に身を隠した。
「どうするの?」
「隠密で尾行する。姉ちゃんはこのへんで待ってて」
「うん」
二人揃って隠密を使うとお互いが見えなくて危ないからな。
俺は隠密と気配遮断をかけていま来た道を引き返した。
男たちは公爵家から少し離れた場所で、また裏口の様子をそっと伺っているようだ。
『いま裏口から出かけようとしたら公爵家のことを嗅ぎ回ってる不審な二人組に声をかけられました。まだ近くをうろついています』
斬鉄団の古義さんに、二人の身体的特徴を書き添えてメッセージを飛ばすとすぐに『了解』と返信があった。
そのまま二人を見張っていると、公爵家の表玄関から出てきたらしい古義さんとロウさんが二人の背後から忍び寄って声をかけたのが見えた。とっさに逃げようとするところをロウさんの魔法が押さえ込む。
「……これでよしっと」
俺は隠密を解除して姉ちゃんのところへ戻った。
「カイくん。どうだった?」
「斬鉄団が捕まえたよ」
「よっしゃ」
姉ちゃんが小さくガッツポーズをした。
「事件現場まで行かなくても用事済んじゃったね」
「そうだね。まあ予定通り買い物だけ行ってこようか」
「ねえ、わたしアイス食べたいな。最近話題の、プレイヤーが出してるお店の」
「いろんな色のやつ?」
「そうそう!」
ご機嫌な俺と姉ちゃんは行き先を市場に変更して歩き始めた。
だが、物事はそんなに簡単ではなかったのだ。
「バートン公爵家では夜な夜な料理人の幽霊が現れて何かを探し回ってるって噂がありますよね?」
「……はい?」
俺と姉ちゃんは同時に首を傾げた。
話は数分前に遡る。
時間に余裕ができて市場へと足を運んだ俺と姉ちゃんは、公爵家に定期的に商品を納入している果物店の前を偶然通りがかった。
つい先ほど厨房に果物を届けてくれたおばさんが店番をしていたので軽く挨拶をして通り過ぎようとしたところ、何やら困惑した様子で手招きされてしまったのだ。
「なんか公爵家のことを聞きたいらしくって。ねえあんたたち、この人公爵家の使用人だからこっちに訊いたらいいわよ」
おばさんはすぐ傍らにいたニ人組の男に俺を指し示した。
服装からしてプレイヤーだった。そして彼らは俺たちに訊ねたのだ、幽霊の噂について。
「非業の死を遂げた公爵家の料理人の幽霊について調査してるんです。知っていることを教えてくれませんか?」
これって探り入れてるの?
俺はまた困惑の微笑みを作った。
「私は最近入ったばかりなのでそういった話はまったくわからないのですが」
「でも最近屋敷内で何か変わったこととか、本当になかったかい?」
「さあ……」
姉ちゃんがすっと俺から離れて彼らの死角に入った。メッセージを打ってくれてる。よし、時間を稼ぐか。
「前の料理人が亡くなったことは聞いています。しかしまさか幽霊だなんて……彼は何を探しているのですか」
「大切なものをなくしてしまったらしいよ」
「それはお屋敷の中にあるのですか?」
「わからない。だが死んでもなおさまよい続ける彼のためにも、我々はそれを探さなくてはならないんだ」
「そうですか……」
うまく話を聞き出すためにいろんな設定を考えて来るもんだなあ。
ちょっと感心していると、人の間を縫って向こうから斬鉄団の蒼刃さんとカリウムさんが走ってくるのが見えた。意外と早かったな。
「料理人の魂が成仏できるように、君も協力してくれないだろうか」
ここ仏の概念がない世界なんですが。俺が本当にNPCだったらなんて答えるんだろう。
「なにを協力するって?」
背後からいきなり男たちの肩を抱くように腕を回して、蒼刃さんとカリウムさんが声をかけた。
「えっ」
「公爵家に居候してる斬鉄団だ。俺らも仲間に入れてくれよ」
「あっ、いや……」
「ちょいと向こうで話聞かせてくれや」
俺たちに軽く目配せをして、二人は謎の男たちを引きずって行った。
「確保完了」
俺たちは不思議なやりとりに目を丸くしている果物屋のおばさんに会釈して、今度こそ店の前から離れた。
姉ちゃんが歩きながら首をかしげる。
「今のって、さっきの人たちの仲間かしら?」
「ちょっと違う感じがしたよね」
「うん」
某G家以外に事件を調べてる人間がいるんだろうか。バートン公爵家は事件を表沙汰にはしてないはずなんだけど。
「なんかやな予感がする……」
そして、その予感は見事に的中する。
「すみません、ちょっとお訊ねしたいことが」
「……はい?」
買い物を済ませて公爵家に戻ろうとしたところで、俺たちは斬鉄団に三度目の出動を要請することになったのである。
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