57.バートン公爵家
いつもありがとうございます。
公爵家のエピソードは人が多いので、簡易登場人物表を作りました。
もしかしたらネタバレを含んでいるかもしれませんが、いちおう必要最低限の情報にまとめたつもりです。
次の日、俺と姉ちゃんは紹介状を持って問題のバートン公爵家を訪れた。
事前に話が通っていたのかすんなりと中に通され、ただいま家の方々と顔合わせをしているところだ。
「こちらは次の料理人が見つかるまでの間、臨時で夜鳩商会から派遣された料理人のカイさんと料理人見習いの妹のネムさんです」
「えっ、カイさん?」
執事による紹介に、公爵一家とともに居間にいた冒険者パーティの中から声があがった。
「唐竹さん。ご無沙汰しています」
知った顔に、俺は神妙な顔で会釈をする。
そう、今回この公爵家のクエストを引き受けたのは斬鉄団の人たちだったのだ。俺たちが支援すべき相手である。
「冒険者さん、お知り合いですか?」
彼に向かって質問したのは、御当主のバートン公爵様。思慮深く真面目な性格で国王からの信頼も厚い、この西国の宰相閣下だ。
唐竹さんは首肯した。
「彼は以前私と闘技大会で剣を交えたこともある、非常に腕の立つ冒険者ですよ」
いや、褒めすぎですってば。
「冒険者さんがお料理をなさるの?」
絹糸のようなさらさらの金髪を傾けて、御令嬢が俺を見る。この方は現在この国の王太子殿下の花嫁最有力候補と噂されているアナベル様。王立学院に在学中の、育ちの良さが仕草の端々から滲み出ている美しい少女だ。
彼女とはどこかで会った事があるような気もするんだけど……。
「私は剣も嗜みますが本業は料理人ですので」
臨時とはいえお貴族様の家の使用人になるのでなるべく丁寧に、センリ氏の話し方をお手本にして答えた。
「えっ、そうだったの?」
斬鉄団の人たちが驚いてる。
「夜鳩商会から店で販売している彼の料理をいくつか頂戴しましたが、腕は確かだと思いますよ」
そう話したのは御令嬢の兄上で跡取り息子のジョシュア様。穏やかな性格と聡明さで知られるお方だ。そろそろ適齢期だがまだ独身とのこと。
公爵家の御家族はこの三人。奥方は亡くなっている。
「それから従魔舎にネムさんの大鷲が滞在しますのでみなさんよろしくお願いいたします」
と、年老いた執事のセバスチャン氏。
なんで日本人って執事キャラだとすぐこの名前をつけたがるんだろうな。ま、聞くだけでポジションがわかるから便利ではあるけど。
「それではカイさんネムさん。厨房に案内します」
「はい」
俺たちはセバスチャン氏に連れられて、仕事場に向かった。
今回、従魔連れで良いと言われたが、一緒に来たのは姉ちゃんのブランだけだった。俺の銀雪はものすごく悩んだ末にマイルームに置いてきた。
たとえゲーム的にはOKでも、食べ物を扱う人間が動物連れてるのってなんとなく抵抗があるんだよな。いざとなればアミュレットで召喚できるから、モフモフはちょっとの間お預けだ。
ブランは従魔専用の離れに、公爵家や斬鉄団の従魔たちと一緒に待機している。
厨房でセバスチャン氏に他の使用人たちを紹介してもらって、それから屋敷内の説明を受けながら滞在する部屋へと向かった。
姉ちゃんと二人で使う部屋に入って、以前騎士団で師匠に支給されたコックコートに着替える。左手の黒い紋章には肌色のタトゥーシールを貼っておいた。
姉ちゃんの料理人衣装はデイジーさんのところで買ってきたそうだ。白いコートに臙脂色のエプロンがお洒落だな。
「……ちょっと意外」
鏡で身なりを整えながら、姉ちゃんが小声で言う。
「ゲーム的な理由づけはあるんだろうけど、今すごくセキュリティに敏感になってる名門貴族が得体の知れない渡り人の冒険者パーティを家に入れたり、新しい料理人を雇うなんて」
「逆じゃないの?」
俺も小声で答える。
「しがらみのない渡り人の方が逆に安全とか。敵がどこに潜んでるかわからないから」
「そっか……」
「なんせ自分とこの使用人に裏切られたわけだしね」
数日前、この公爵家では密かに大事件が発生していた。
公爵家の家宝のひとつである首飾りが何者かに盗まれたのだ。
疑いはこの事件当日に失踪した公爵家の料理人に向けられた。しかし料理人はその後遺体で発見され、首飾りの行方はわからなくなってしまった。
その首飾りは先々代の御当主の母親にあたるかつての皇太后様の形見で、国の公式行事の際にはこの家の女主人が必ず身につけて出る習わしになっているという。現在その役目は御令嬢が担っている。
今から一ヶ月後の建国記念式典にこの首飾りがなければ、公爵家は不敬としてどんな誹りを受けるかわからない。最悪の場合、降爵や政治的失脚の可能性さえ出てくるという。
この問題を解決するために雇われたのが、斬鉄団の人々だった。
「あのお嬢様、見かけによらずお転婆でさ、」
俺たちは、斬鉄団がこのお屋敷にいる理由を(本当は知っているけど)素知らぬふりで聞き出していた。
「首飾りは必ず私が見つけますって町娘に変装して、メイドと二人で街の古物商で聞き込みなんかしてたんだよ」
話してくれたのは斬鉄団のリーダー、古義さん。
カッコいい名前だけど実は愛犬のコーギーから取ったらしい……という余談は今は置いといて。
「行動力があるお姫様ですね」
ははは、と古義さんは笑った。日に焼けたいかつい大男だけど、さっぱりした気性の人だ。
「そんでまあ、お約束展開でチンピラに絡まれてたとこを通りがかった俺たちが助けたわけだ」
「それで犯人探しに協力することになった、と」
「そうそう」
俺はいちおう仕事中だ。本来はメイドさんの仕事なんだけど、知人ということで俺がお茶とケーキをサーブしている。
「カイさんたちは料理クエ?」
「はい、そうです。いつも料理を置かせてもらってる夜鳩商会からの依頼で」
「さっきジョシュア様もおっしゃっていたな。俺たちもよく行くけどカイさんの料理はどのロゴマークをつけてるんだ?」
横から訊ねたのは蒼刃さん。闘技大会の四回戦でヒカリを倒した長剣使いの人だ。
「水色の雪の結晶ですよ」
えっ、と蒼刃さんだけでなく他のメンバーも声をあげた。
「あの雪マークか! 俺いつも買ってるよ」
「そうなんですか?」
蒼刃さんが何度も頷く。
「最近競争率高くて買うの難しくなってきたけどな。角煮とかガーリックキノコが入ってるお焼き、美味かったよ。バフ値も高いし」
「俺も見つけたら即確保してる。あとカフェで出してたやつ、カッサータだっけ? チーズケーキの。あれすごい好き」
魔法使いのロウさんも一緒になって教えてくれた。
「わあ。ありがとうございます」
カッサータはほんとに最初の方で出したやつだ。これは本当に古参のお得意様だったぞ。
「クエ期間中はカイさんたちがここで食事作るんだろ? ちょっとラッキーだったな」
「そう言ってもらえると嬉しいです」
唐竹さんにそう返したところで、少し長居していたことに気づく。
「それじゃ、御用の際はいつでも厨房に声をかけてください」
退出の挨拶をして、俺はワゴンを押して厨房に戻った。手伝ってくれていた姉ちゃんがトレーを持ってついてくる。
「話が脱線してしまった……」
情報収集のつもりが料理をほめられて嬉しかったものだから、つい。
「あまり気を張るのもよくないわよ。まだ始まったばかりなんだし」
姉ちゃんが俺の腕をポンと叩いて、それから少し声をひそめた。
「わたしも少し話を聞いたけど、結局料理人が亡くなって以降、手がかりが全くないんですって。今はお嬢様の代わりに古物商を回ってるらしいんだけど」
「センリさんはNPCが予定外の行動を取ったって言ってた。そのせいで本来残るはずの痕跡がぷっつり途切れてしまったんだ」
姉ちゃんは首をかしげた。
「それなら手がかりを捏造してそっと斬鉄団に教えてあげればいいんじゃない? 犯人はわかってるんでしょ」
俺は首を振って否定した。
「シナリオで予定されてた犯人は首飾りを持ってないんだって。首飾りは本当に行方不明なんだ」
「えっ」
姉ちゃんは思わず声をあげて、慌てて両手で口を塞いだ。幸い、周囲には誰もいない。
ちょうど厨房に着いたので、俺たちは中に入って扉と鍵を閉めた。内緒話だし。
「遺体が発見されるところまでは運営の仕込みなんだ。ここで、本来の犯人が手に入れるはずだった首飾りを誰かが横取りしたと思われる」
「じゃあ犯人は計画的か、通りすがりかってこともわからないの?」
「そうなるね」
「ふええ……それってプレイヤーの可能性は?」
「ないみたい」
NPCの普段の行動は、プレイヤーと絡んだ時のみ記録が残る仕様なのだそうだ。そして今回は事件周りのログが一切残っていなかったため、NPCの仕業だと判断されたのだ。
すでにクエストは膠着してしまっている。俺たちはこの状況を動かさなくてはいけない。
「本来の犯人も横取り犯を探してるはずだ。こちらの知らない情報を持ってるかもしれない。だから、まずは斬鉄団の目をそちらに誘導する方法を考えよう」
「それ、誰なのか知ってるの?」
姉ちゃんの問いに、俺は頷いた。
「最初にこの事件を計画していたのは、王子の花嫁候補でアナベルお嬢様の最大のライバルと言われてるライラ・ゴドウィン侯爵令嬢だよ」
評価・ブックマークをありがとうございます。いつも励みになっています。




