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愉快な社畜たちとゆくVRMMO  作者: なつのぎ


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56.運営からの依頼

いつもありがとうございます。

 それからしばらくの間、俺は銀雪を連れてのレベル上げに勤しんだ。


 ログインしたらまず料理を作って、それを持って夜鳩商会に行き、納入後に屋上で銀雪を召喚して一緒にワープポイントから星見の塔へ行く。


 最初はそんな感じだったんだけど、ふと気づいてしまった。


 料理につくバフは俺のパラメータを元にしている。ってことはこれ、アルケナ神の領域内で作ればバフの数値があがるんじゃないのか?


 試しにやってみたらビンゴだった。領域内で完成させるとバフが+6くらい上乗せされる。


 それ以来、夜鳩商会の担当さんに頼んで最後の仕上げの部分だけ商会の建物内でさせてもらうことにした。最後にミントの葉っぱを載せるとか胡椒をひと振りするとかそういうレベルのことだけど、それでSTR+25の商品が出せるようになった。俺すごい。


 塔の方は前に緋炎と攻略した続きの16階からスタートした。パーティ人数が減った分苦戦するかと思っていたら意外となんとかなってしまったので、そのまま上に向かって進んでいる。


 ウィンドウを確認したらこのダンジョンもアルケナ神の領域になっていたので、称号バフにかなり助けられているんだろう。


 当初は姉ちゃんと一緒に行こうとしたんだけど、ヒカリによれば先日の緋炎と俺はたいそう悪目立ちしてネットでも話題になっていたそうで、その状態でブランを連れた姉ちゃんと行動するのはもう目立つどころではなくよろしくないということで、しばらく別行動することになってしまったのだ。


 はあ。姉ちゃんと遊びたかったな。


 前は各階で行かなかった場所もたくさんあったから、今回はなるべく全部見て回るようにした。宝箱は隅々まで探したつもり。テイマーズアミュレットが出たら姉ちゃんにあげようと思っているけど、残念ながらまだお目にかかっていない。


 現在は塔の26階まで攻略済みで、俺のレベルは31まで上がった。大鎌術のスキルも18になって、大技が使えるようになった。初めての大技ですよ、わーパチパチ!


 銀雪のレベルは15まであがった。どうやら彼は光属性だったようで、スキル『全体回復』と『無敵付与』が使えるようになった。


 無敵はクールタイムが長いからたぶん一戦に一回くらいしか使えないけど、それでも心強い。攻撃技は今のところ近接物理だけで破壊光線は出ない。銀雪はもともとサポート型なのかもしれない。




 そんな感じで、自分のルーティンを繰り返していたある日のことだ。


「カイさん、商会長から顔見せてくださいって伝言預かってますよ。今、上にいらっしゃいます」


 いつものように夜鳩商会に料理を持って行くと、対応してくれたデリ担当さんが教えてくれた。


「わかりました。ありがとうございます」


 さて、なんだろう。


 三階のセンリ氏のオフィスに向かった。


「ああ、カイ君。呼び出してすみません」


 ソファに脚を組んで腰かけていたセンリ氏は、膝の上にあった帳簿らしきものを閉じてペンを置いた。


 この人、ゲームの中でも仕事してるのか。うへえ。ワーカホリックだ。


 勧められて彼の向かい側に座ると、すぐに店のスタッフさんが紅茶とクッキーを持ってきてくれた。


「君が納品してくれている料理とお菓子、とても評判が良いですよ。最近は君のロゴを狙って買っていくお客様も多いそうです」


「そうなんですか!」


 うわあ、これは嬉しい。


 夜鳩商会では契約料理人それぞれがロゴマークを登録していて、これを納品した商品につけて販売するシステムになっている。俺のはメタリックな水色の雪の結晶の図柄だ。


 ロゴはカフェで提供する場合でもメニューに記されるから、お気に入りの料理人がいるお客様にはとても好評なのだそうだ。


「でも無理をする必要はありませんから、今後も自分のペースで続けてくだされば結構ですよ」


 上品な仕草でカップを傾けて、センリ氏は言った。


「はい。ありがとうございます」


 そう言ってくれると助かる。ゲーム内でまで義務に縛られたくはない。


「それで本題に入りますが」


 あ、やっぱり他に目的があるんですね。


 センリ氏は俺の目をまっすぐに見た。


「今回、少し運営の手伝いをお願いできないでしょうか」


「運営の?」


 思わずおうむ返しに訊いてしまった。彼は小さく頷いた。


「現在、とあるクエストが若干の不具合によりシナリオから脱線しつつあるのだそうです。その舞台が商会の上得意客の屋敷なので、特務機関よりもこちらの方が適任だと仕事が回ってきました」


「はあ……」


 若干の不具合ってなんだろう。


「NPCがね、予定とは違う行動をとったみたいで」


 俺の疑問を察したかのようにセンリ氏は言った。


「えっ、それって大問題なんじゃ」


 AIの登場人物がシナリオを無視して勝手な行動を始めたらゲームが成り立たなくなるよな?


「オフレコでお願いしますね」


「……それで俺は何をすれば」


「君は臨時雇いの料理人としてお屋敷に入り込み、そこに滞在しているプレイヤーのパーティが無事にクエスト完遂できるようそれとなく支援してあげてほしいんです」


 それはつまり、クエスト完遂できなくなる可能性が出てきたわけか?


「……俺で大丈夫なんでしょうか?」


「やれるだけのことをして、もし駄目だったら運営が誤魔化してくれますので。これは万が一そうなった場合の準備をする時間稼ぎも兼ねています」


 運営もどう転ぶかわかってないってことか。そりゃ嫌な状況だろうな。


「わかりました。やります」


「うん。ありがとう」


 センリ氏はにこりと笑った。


「夜鳩商会で紹介状を用意します。ネモフィラさんは同行しますか?」


 あ、どうしよう。


「ちょっと本人に聞いてみていいですか?」


 センリ氏に断って姉ちゃんにメッセージを送ると、幸いすぐに返事がきた。


「一緒に行くそうです」


「では年齢的に君の妹ということにしておきます。従魔も連れて行って構いませんよ」


「はい」


 こういうとこはゲームっぽいよな。


「あともうひとつ」


 とセンリ氏が付け加えた。


「運営と相談したのですけどね。君、社外の人なのでアルバイト代が出ることになりました」


「えっ」


「今週末、剣道部の練習日に書類を持って行きますので印鑑を用意しておいてください」


「はい……」


 あらら。これは責任重大だ。


 お金の有無でやることが変わるわけじゃないけど、ちょっとしたプレッシャーだな。


 紹介状を書き始めたセンリ氏の前で、俺はひとり背筋を正した。

 



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