55.初フライト
いつもありがとうございます。
次の日は姉ちゃんが俺と一緒に夜鳩商会へ行くと言うので、料理を作る間待っててもらって、ついでにクランハウスにいたメンバーと試食会をしてから二人でゆっくりと出かけた。いや、二人と一匹だ。ブランも連れて。
西4の仮宿から出て、俺と姉ちゃんが歩く後ろをボテボテとブランがついてくる。
「…………」
めっちゃ注目の的ですがな。道ゆくひとがみんな振り返ってる。
今日の俺は料理人なので、デスサイズはもちろん隠して普通にジャケットとチノパン着用のどこにでもいるモブだ。ならば見られているのは間違いなく、
「……姉ちゃん」
「なにも言うな、弟よ」
塔の神殿に行ったときと同じサックスカラーのツナギ姿で、途中からはゴーグルをはめて歩いてる姉ちゃんは今さらながらに自分たちが目立ちすぎることに気づいたようだった。
「だって鳥乗りたかったんだもん。わたし自分の欲望には忠実な女なのよ」
うん知ってるー。俺もひとのこと言えないしな。
まあネムが支倉菜穂だって他人に知られなければセーフなわけだし。姉ちゃんが楽しくゲームできればそれでいいよ俺は。
「ブランと一緒の時はゴーグルをするように気をつけるわ」
「それがいいね」
というか今んとこそれ以外ないよな。姉ちゃんもテイマーズアミュレット使えるといいんだけどなあ。
そんなことを考えながら到着した夜鳩商会。入り口横にある従魔専用待合室にとりあえずブランを預けて店に入った。
俺はいつものように担当者さんのところへ行って料理を納品する。それから姉ちゃんが待つ従魔用品売り場へ向かった。
鳥用の騎乗ベルトをあれこれ悩んでいる姉ちゃんの横で、俺は銀雪用のベルトを探した。
うん。これがいい。
銀雪の白銀の毛並みによく合いそうな、青灰色の革製のちょっとお高いやつ。店員さんに会計をお願いした。
「あの、こちらはテイマーズアミュレットは扱っていないんですか?」
ついでに訊いてみる。
「いまは置いていませんね。時々入荷はしますが、少なくて」
店員さんはベルトについたタグにハサミを入れながら教えてくれた。
「アミュレットは星見の塔のダンジョンにある宝箱からもドロップすると聞きますので、冒険者さんなら場合によっては直接そちらを狙った方が早いかもしれません」
「そうなんですか」
俺がアミュレットを入手した魔法具店は獣人専用だからあまり知られてない感じなんだろうか。
そういえば、このあいだ緋炎とダンジョンに入った時はボス戦を優先して各階を隅々までチェックしてなかった。開けてない宝箱も結構あったはずだ。次からはなるべく端まで見て回ろう。
「『信頼の証』はどうすれば手に入るんでしょう?」
「それは従魔の信頼度をあげるしかないですね」
店員さんは言った。
「信頼度?」
「はい。従魔の主人への信頼度があるレベルを超えると『証』をくれるという話です。従魔の種族や性格によっても基準が異なるそうなので、ひとくちにどのくらいのレベルだと断言はできないのですが」
「そうなんですね」
あの魔法具店では俺がよほど銀雪に気に入られたんだって言ってたけど、運が良かったんだろうな。通常の手段で『信頼の証』を手に入れるのは少し時間がかかりそうだ。
「これお願いします」
姉ちゃんがお会計にきた。騎乗ベルトと、落下防止用のハーネスを二本。その場でタグを切ってもらった。
「さあカイくん! 行くわよ〜!」
商品を受け取ると、姉ちゃんは俺の腕を掴んでスタスタと足早に店の出口に向かう。
「えっ? どこへ?」
「決まってるでしょ、初フライトよ。後ろに乗せるの、最初はカイくんって決めてたんだから!」
ニコッと笑って姉ちゃんは言った。
「姉ちゃん……!」
わああ嬉しい。それで一緒に来てくれたのか。仲良しの女友達よりも先に乗せてくれるんだ。姉ちゃんってほんと俺を喜ばせるの上手いよ。
「それじゃ俺の銀雪も、姉ちゃんを一番に乗せてあげるね」
「うん。楽しみにしてる」
従魔待合室からブランを連れ出して、神殿に行く時待ち合わせ場所に使った商会の裏に向かう。
そこで姉ちゃんは真剣な表情で取扱説明書を見ながらブランに騎乗ベルトと二本のハーネスを装着した。
「これつけて」
ハーネスの片方を手渡されて説明どおり腰にベルトのようにセットする。それから俺は頭を低くして座ったブランによじ登り、姉ちゃんを後ろから抱えるような形で座った。足元が落ち着かなくて若干不安だ。
「騎乗ベルトから手を離さないでね」
「わかった」
「あ、ゴーグルした方がいいと思うわ」
慌ててインベントリからゴーグルを出してはめる。
「準備OKですキャプテン」
「よおし、いっくよお〜!」
姉ちゃんがテンション高く叫ぶ。
「ブラン、ゴー!」
鋭い鳴き声をひとつあげた後、バサリ、とブランが翼を広げた。体長の倍以上ある真っ白い大きな翼。これだけでも壮観だ。
羽ばたきで気流が起こった。ぶわりと浮遊感が身体を持ち上げる。騎乗ベルトを握りしめて思わず息を詰めた。
目の前の景色がぐるりと変わった。どんどん上昇していく。まばたきひとつの間に、俺たちはもう建物の屋根の高さを越えていた。
「と……飛んだ!」
夜鳩商会の屋上庭園があっという間に小さくなっていく。
「わあ! すごい! 本当に飛んでる!」
姉ちゃんが歓喜の声をあげた。いや、俺ちょっと怖いけど。
ゲームだから死んでも大丈夫な世界ってわかってはいるけど、剥き身の人間が空を飛ぶって本能的な怖れがあるよ。
びゅう、と耳元で風が鳴る。顔をあげた。
「…………!」
青い世界。空のあまりの美しさに言葉を失った。
目の前にただどこまでも、光に満ちた世界が広がっている。さっきまでの恐怖も忘れて俺は眼前の景色に見入った。
足下の街並みが色とりどりのおもちゃのようだ。進路と平行に、王宮が見えた。地面から見上げた時には見えない屋根や尖塔の繊細なデザインがよくわかる。
「こうやって見ると大きさが桁違いだわ」
王様の住まいに上から近づくのはまずい。姉ちゃんは王宮の反対方向、樹海に進路を取る。すぐに街壁の上を通過した。
足元に絨毯のように広がる密林。
「あっ、人がいるよ!」
樹海の中を従魔に跨って走っているプレイヤーが米粒のように見えた。障害物がないぶん、移動速度はやっぱりこちらの方が速い。ブランの影が彼らを追い越し、気づいたプレイヤーたちがこちらを指差して何か言っている。
遠いけど星見の塔も見えた。その向こうに姿を現した山脈は尖った山頂部分が白い雪で覆われていた。あそこを越えると旧皇国があるんだな。すごい。リアルな世界がここにある。
静かに感動していると、姉ちゃんが横の方を指差した。
「ねえ向こうの方に見えてるのって西3の街じゃない?」
「本当だ、あんなふうに繋がってるんだな」
航空写真みたいに、隣エリアの街が見えている。反対側に目を向けると、西5があると思われる方向は晴天にも関わらず空気がけぶっていてよくわからない。まだ行けない場所は見えないのかも。
「ねえカイくん!」
青空を背に、弾んだ声音で姉ちゃんが言う。
「最高だわ! なんかこの体験だけでゲームやってる元が取れちゃった気分!」
姉ちゃんの笑顔がキラキラと輝いている。うん、俺も心の底からそう思う。まさか自分がゲームの中とはいえ鳥に乗って空を飛ぶことになるなんて、まったく想像もしてなかった。緋炎にも感謝だ。
「この先に進むのが楽しみになってきたわ! 他の国もこうやって飛べたら絶対楽しいわね!」
「じゃあ頑張って攻略しないと!」
「そうね!」
姉ちゃんの明るい笑い声が響く。俺も思わず笑みがこぼれた。
そうして、俺たちは日が暮れるまで空の散歩を満喫したのだった。
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