54.召喚とテイム
いつもありがとうございます。
ロイドさんが教えてくれたお店は、西1街壁内の北の外れにあった。
ハウエル魔法具店。猫のように耳を立てた獣人の頭部のシルエットに杖を重ねた意匠の看板がかかっている。
ドアを開けるとベルがカラン、と鳴った。中のカウンターにいた若い男が顔をあげる。
「いらっしゃ……うん?」
彼は俺を見て「あー」と呟いた。
「兄ちゃん、表の看板見なかったのかい。ウチは獣人相手の商いなんだ、人族に売るモンはないよ」
あの獣人のシルエットってそういう意味だったのか。
「ロイドさんの紹介で来たんですけど」
「ジイさんの?」
怪訝そうに眉をひそめた男に、書いてもらったメモを見せる。彼が警戒を解くように肩の力を抜いたのがわかった。
「たしかにジイさんの字だ。悪かったな。なにが欲しいんだ?」
彼はこちらにメモを返しながら訊ねる。気の良さそうな兄ちゃんだ。
「テイマーズアミュレットを」
「いいぜ。どういうのがいいんだ?」
「種類があるんですか?」
「いろいろあるぜ。従魔にかける各種バフはもちろん、巨大化までなんでも」
うん? つまり従魔用の装備ってことか?
わからん。
「前に『信頼の証』をくれた通りすがりのモンスターときちんと契約したいってロイドさんに相談したら、こちらにくるように勧められたんですが……」
へえ、と男は呟いた。
「野良に『証』をもらったのか、よっぽど気に入られたんだな。テイムは初めてかい」
「はい」
「そういうことなら『召喚』だな」
男はカウンターの中から一枚のプレートを取り出した。
花札を半分にしたくらいの大きさで、中央に丸く穴が空いている。
「これがテイマーズアミュレットだ。この部分に『信頼の証』を嵌め込んで使う」
指先でトントンと穴の部分を示して男は言った。
「プレートによっていろんな効果があるが、これは『召喚/送還』のアミュレットだ。モンスターをホームから呼び出したり、ホームに送り返したりできる。今回の場合はこれで『証』のモンスターを召喚できるから、その場でテイムすればいい」
なんと。従魔を必要な時だけ呼べるアイテムですと?
「それください」
即決で俺は男が提示した88万コルトを支払った。
「下げる鎖も要るか?」
「あるから大丈夫です」
首から下げているリンネ神の護符を服の間から引っ張り出した。この鎖に一緒に通しておけばいいだろう。
「ん? お前、リンネ教の護符持ちなのか」
「はい。ご縁がありまして」
「ちょっと待て」
男は鎖にアミュレットを通す俺の手を止めた。カウンターからもう一枚プレートを取り出す。
「やっぱりこっちを持って行け。オマケに『ミニマム』もつけといてやる」
「ミニマム?」
男の指示通りに交換手続きをして、俺は聞き返した。
「ま、やってみればわかるさ。『証』を嵌めな」
インベントリから白銀の『信頼の証』を取り出して穴に入れると、パチリと音がしてしっかりと固定された。
「これで召喚できるはずだ。やってみろ」
男に言われて、俺はカウンターから少し離れた場所に立った。
ウィンドウを開くと、『テイマーズアミュレット』の項目が増えている。そこから『召喚』を選択した。
足元に薄く光る魔法陣が出現する。
「わ……」
空気の流れが変わった。
円に沿ってふわりと循環した風を感じたかと思うと魔法陣の光が強くなり、そこにひとつの大きな影が出現した。
「ほお……!」
カウンターの男が感嘆の声を漏らした。
魔法陣の上に立っていたのはあの小さな白い毛玉ではなく、白銀の毛並みを持つ巨大な狼っぽい獣だった。
「……え?」
センリ氏の黒曜と同じか少し大きいくらいだろうか。気品のある佇まいで、青い瞳をこちらに向けている。
「えっ……えっ、お前、あの時のチビスケなのか?」
このコインで呼んだのならそのはずだよな。
獣は肯定するかのように首を動かした。まじか。
あんなにちっさかった仔犬が少しの間にすっかり立派になってしまってる。もう俺よりも大きいじゃないか。
獣は目を細めて、鼻先を俺に擦り付けた。はわわ。おっきいけどやっぱり可愛い。
ピロリン、と電子音が鳴った。
【テイムしますか? Yes/No】
あっハイ。します。
Yesを選択すると次の質問が出る。
【名前をつけてください(オス)】
名前か、どうしよう。
シロだと単純すぎるな。雪はちょっと女の子っぽいか。銀は渋すぎるかな。
「決めた。銀雪!」
【テイム成功しました】
「やった! 銀雪、これで今日からうちの子だぞ!」
モフモフの白銀の首に抱きつくと、ステータスが見られるようになっていた。
「ええと、種族『フェンリル』……ってなんだっけ」
なんかフィクションによく出てくる名前だよな。狼の一種だっけ。
「そっか、お前犬じゃなくて狼だったんだな。すごいな」
カウンターの男がずるっと頬杖から落ちたのが見えた。うん?
それから俺は、銀雪のマイルーム送還と召喚のテストをしてみた。どちらもさっきみたいに魔法陣が現れて、銀雪をどこかへ送ったり、呼び出したりしていた。どこかってそりゃマイルームなんだろうけど。
「銀雪、大丈夫? 気分悪くない?」
二度の移動を終えた銀雪の首の後ろを撫でながら問いかけると、「ワフ」と頷くように返事をしてくれた。
賢い! うちの子、賢いよ!
それから三番目の項目のテスト。男がオマケしてくれた『ミニマム』という効果だ。
ウィンドウを見ると、MAXとminという切り替えボタンがあり、今はMAXの方にチェックが入っている。これをminの方に変更してみた。
銀雪の足元に魔法陣が出現する。と思ったら、その身体がしゅるしゅると小さくなる。
「えっ? えっ?」
魔法陣が消えたあと、その場所に立っていたのは出会った頃の小さな毛玉だった。
「ぎ、銀雪ーーっ!? 小さくなっちゃったのっ!? えええっ?」
俺の驚きようにカウンターの男がくくくと笑った。
「『ミニマム』は人が多い場所なんかで連れ歩きしやすいように小さくする効果だ。MAXにすれば元の大きさに戻る」
「すごい……」
両手で小さな銀雪を抱き上げると「アン!」といつかのように元気なお返事をして、腕から俺の肩によじ登った。あったかいフワフワが首と耳に当たって思わず顔が緩んでしまう。
「よかったな。仲良くしろよ」
男が声をかけてくれた。
「はい。ありがとうございました。助かりました」
「いや、俺もいいもん見せてもらったよ。魔法具で困ったらまたいつでも来な」
「はい」
肩の銀雪が落ちないように片手で支えながら頭を下げて、俺はハウエル魔法具店を出た。銀雪はそこを定位置と決めたようで、手を離した後もそのままくっついていた。
足取り軽く仮宿に戻る。
思いがけないところから従魔問題は解決したけど、さて、姉ちゃんの方はどうなったんだろうな。
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