53.ゆるテイムを試みる
いつもありがとうございます。
緋炎にメッセージを入れるとすぐに彼がテイムした場所のマップが返ってきた。
姉ちゃんに伝えると、お弁当とモンスターのおやつを持ってデイジーさんたちと一緒に飛び出して行ってしまったけど、大丈夫かねえ……レーザー光線吐く相手だぞ。
俺は西4の夜鳩商会にできあがった料理を納品して、そのあとは西2の北の森に移動した。食材探しである。
夜鳩商会にはなんでも売っているけど、やっぱり自力で手に入るものは集めておきたい。その方がお財布にも優しいし。
インベントリの容量を気にしなくてもいいように、今日は商会で買った大容量カバンを持ってきた。インベントリと同じような機能をもってるマジックバッグというやつ。
時折すれ違う初心者らしきプレイヤーたちと挨拶をかわし、目についた素材を片っ端からカバンに入れていく。甘夏、瓜、すもも。
季節が進んでいるのか、少しずつラインナップが変わっている。というか、この森なんでもあるよな。わりとそこいらに無節操に生えている。
ワラビ、フキ、タラの芽。このへんは師匠が好きそうだからお裾分けするのもいいかもしれない。カバンに入れた途端に重量が消えるのは本当にありがたかった。
梅の実もあるんだな、梅酒……を作るにはまず焼酎が必要か。梅干しも欲しいな。漬けるか。赤紫蘇どこかに生えてないかな。
葡萄はワインを作りたいのでなるべくたくさん欲しい。森に分け入り、視界に入る葡萄の樹を追いかけて採取する。
夢中で採っているうちに、いつのまにか方角がわからなくなっていた。ずいぶんと奥まで入り込んでしまったようで、自分が歩いてきた小道に戻れない。
いや地図があるからね、迷子じゃないよ。
ウィンドウを開いて現在地を確認すると、この先行ったところに川があって、その近くを俺が来たのとは別の道が通っているようだった。うん、このまま進もう。
直進すると、水が流れる音が近づいてくる。足元に注意しながら慎重に木々の間を抜け、俺の身長と同じくらいの段差から慎重に河原に降りた。
川幅は10メートルくらいだろうか。水が澄んでいて川底までよく見える。流れはゆるやかで、大小の魚がひらひらと泳いでいる。
ここってもしかして釣りポイントだろうか? 釣竿持ってくればよかったかな。
景色が良いのでちょっとここで休憩。川べりの良さげな石に座ってお弁当を出した。
姉ちゃんに渡したのと同じおにぎり。具は甘じょっぱいタレを絡めた唐揚げだ。それからポテトサラダとスパニッシュオムレツ。デザートにミルクプリン。
川の流れをぼーっと眺めながら食べていると、ふと何者かの気配を感じた。周囲を見回すと、一頭の大きな狼が少し下流で水を飲んでいるのが目に入った。
たぶん騎乗可能なサイズだ。ポップアップは赤文字だから討伐対象だけど、同時にテイム対象でもある。
戦うか?
いや……向こうが攻撃してこないのにテイム目的で痛めつけるとかちょっとなあ。俺もまだ食事中だし。
あ、顔をあげてこっちを見てる。と思ったらゆっくり近づいてきた。どうしよ。襲ってこないよね?
インベントリからモンスター用のおやつを取り出して、近くの石の上に置いてみた。お互いからじっと目を離さずにいると、やがて狼はおやつの匂いを嗅いでから食べ始めた。
やったあ!
なんだか嬉しくなって狼の様子をじっと見守った。
おやつを全部平らげると、狼は顔をあげてこちらをじっと見つめる。
「ん? もっと食べる?」
追加のおやつを多めに出してやる。再び食べ始めたのを眺めていると、どこから現れたのかもう二頭、大きな狼と普通サイズの狼がやってきて食事に加わった。
あ、それだけじゃ足りないよね。そっと近寄ってさらにおやつを追加して置く。
すごい。モフモフパラダイスだ。撫でてみたいな。けど、野生だからさすがにそれはまずいか。
ニコニコしながら狼たちの様子を観察していたら、彼らが耳をピクリとさせて一斉に顔をあげた。それからまた何事もなかったように食事に戻る。なんだ?
「これは珍しい」
背後から砂利を踏む音と一緒に男の声がした。振り返ると、金属製のバケツと釣竿を担いだ灰色の耳の獣人の老人が河原に降りてきていた。
あれ、この人。
「……ユリアさんのお祖父さん?」
俺の言葉に、彼は目を瞬かせた。
「おや、あの時の冒険者さんですか! まさかここでお会いするとは」
やっぱりそうだ。俺たちが西1の境界戦に挑戦するきっかけとなった事件、仕事帰りに行方不明になっていたユリアさんのお祖父さんだ。
「その節は本当にお世話になりました」
「いえいえ、頭をあげてください」
深々と頭を下げる老人を制止する。
「ご家族のみなさんはその後、つつがなくお過ごしですか?」
「はい、おかげさまで。ユリアもすっかり元気になって、もとどおりの生活をしております」
「それはよかったです」
老人は隣の石に腰掛けた。俺はインベントリから角煮入りのお焼きを取り出して彼に勧める。
「ところで冒険者さんはなにをしているんですかな?」
お焼きを食べながら、老人はちらりと狼たちの方を見て訊ねた。
「たまたまここで休憩していたら狼さんがきたのでおやつを……あわよくば、テイムできたらいいな、と思いつつ」
ほう、と老人はつぶやいた。
「戦闘せずにテイムを試みる渡り人はあまり見ませんな」
「やっぱり無理ですか? 仲良くしたい相手に武器を振るうのはどうなのかって思うんですけど」
「いや、もちろん可能ですよ」
彼は微笑んで頷いた。
「と、言いますか、狼たちのこの様子ならすでにテイム可能状態だと思いますが」
「そうなんですか?」
俺は自分のウィンドウを確認するが、それらしき表示はない。
「できませんねえ……」
「それはおかしいですなあ」
老人は腕を組んで考え込んだ。
「……冒険者さんは職業テイマーじゃないですね?」
「はい」
「過去に、何かのモンスターと約束らしきものを交わしたことは?」
「約束、ですか?」
ないよな。そもそもそんな知能の高いモンスターに接触したことがないしなあ。
記憶を辿りながらぼんやり映した視界を、木から飛び立った火鴉が横切る。
あれ、待てよ?
「約束は覚えありませんが、通りすがりの仔犬を助けたらお礼に『信頼の証』というコインを貰ったことがありましたね」
「あ、それですな」
老人は拳をぽんともう片方の手のひらに打ちつけた。
「冒険者さんはその仔犬と仮契約状態になっていますから、他のモンスターをテイムできないんですわ」
「そうなんですか!?」
それってすでに俺の従魔はチビスケに決まってるってこと?
やっべえ。これ知らなかったら俺、テイムできない相手をえんえんと餌付けしたりボコりまくったりしてたぞ。あぶなかった。
しかし……あの白い毛玉ちゃん、どう考えても騎乗できる大きさじゃないよなあ。
「………………まあいっか」
あんな小さくて可愛いフワフワの生き物に懐かれてノーと言える人間なんているだろうか。
いないよねー!
「その契約を完了させるにはどうしたらいいでしょう?」
「ふむ。なにか書く物を持っていませんかな?」
インベントリから鉛筆とお菓子用の新しい包装紙を取り出して老人に渡す。彼は簡単な地図らしきものと数行の文字をそこに書き込んだ。
「この店で、ロイドの紹介だと言ってテイマーズアミュレットというアイテムを買うといいでしょう。そのアミュレットで相手を召喚できます」
あ、お祖父さんのお名前はロイドさんなんですね。
「ありがとうございます。助かります」
ここでロイドさんに会えて、俺ほんとに運がよかったな。
「いえ、美味しい軽食のお礼ですよ」
彼は笑って言った。
立ち上がって、狼たちにも「お前たちも元気でな」と声をかけると三頭とも顔をあげて小さく挨拶をしてくれた。さらば、俺の従魔候補たちよ。
みんなに手を振って、先ほど地図で見つけた道に向かった。
とりあえず街に戻ってお店に行ってみよう。
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誤字脱字のお知らせも、どうもありがとうございました。
(2023.2.20修正)表記ミスを修正しました。




