45.若手社員の上司
いつもありがとうございます。
「失礼します」
ゲートキーパー社内、開発部オビクロ班のミーティングルーム。
営業部の若手社員、樋口慧はそれはもう嫌な予感を抱きながら入室した。
「やあ、忙しいとこ急に来てもらって悪いね」
出迎えたのはディレクターの芦田要一郎だ。
その肩越し、室内に目を走らせると数人の社員の他に自分の上司である営業部長の古賀隆司の姿もある。樋口は芦田に促されるまま、その上司の隣に腰をかけた。
「実はお二人にお願いしたいことがありまして」
真面目くさった表情で、芦田は話し始めた。
オビクロ内で学習している一部のAI仕込みNPCが、まれに想定外の動きをする可能性があること。そのため今後、場合によっては運営側が現地でフォローする必要が出てくるかもしれないこと。
「なに、それ自体は大したことではないんです。ただこちら圧倒的に人手が足りてないんですよ。そこでお二人にもご協力をお願いできないかと」
なんで俺だよ、と樋口の心の声が聞こえたかのように、
「この人選の理由を訊いてもいいかな」
と古賀が言った。
「それはお二人が今の今まで、誰にも足取りを掴まれてないからです。つまりお二人もその周囲の方々も秘密を守れる人間だということですね」
芦田は微笑んだ。
「こちらとしても誰彼構わず聞かせたい話ではありませんので。他の社員と繋がり過ぎていないお二人以上の適任はいないかと」
「私たちのアバターを調べたのか」
古賀の咎めるような声音に芦田はいえいえと両手を振った。
「社員の個人情報ですので当人の承諾なしには見ませんよ。ま、今後は各国の騎士団特務機関の身分を得ることになりますので、オビクロ内で我々のアジトに顔を出していただくことになりますが」
冗談じゃねえ! と樋口は心の中で叫んだ。だが、年齢が倍近くもある上司の横でこの若造が勝手な意見を述べることなどできるはずもない。
「ふむ……」
古賀が小さく唸って腕を組む。
それを横目で見て樋口は祈った。
部長、断ってくれ……!
やがて、ふう、と古賀が重々しく息を吐き出した。
「仕方ないな。できる範囲でよければ協力しよう」
承諾しやがった……。
「ありがとうございます。樋口さんはどうしますか?」
こちらに水を向けられたが、この状況で自分だけ断るなんて無理すぎる。
すっかりハイライトのなくなった目で樋口は承諾の言葉を口にした。
ミーティングルームを出て行く樋口の暗い背中を、室内の人々は無言で見送った。
「酷い人ですねえ。古賀さん」
先程まで目立たないよう背中を向けて座っていた広報宣伝部長の小野寺正幸が、呆れた表情で腕を組んでいる。
「最初からこちら側のくせに」
「戦略だよ。仲間になるのは嘘じゃないし」
しれっとテーブルの上のお茶を飲みながら古賀が応えた。
「だって絶対あいつ役に立つもん。技も腕もいいし、幻の雷魔法持ちだから北国の探索にも向いてるし。それに君らお気に入りのカイんとこのパーティリーダーだぞ。いざって時、連携もできるだろ」
「しかしよく見つけましたね。彼、今まで本当に目撃情報すらなかったのに」
奥に座っていた運営担当の七瀬紫が言う。
「偶然だよ。あいつのアバター顔ガッツリ隠してたけど、たまたま素顔を拝む機会があってな。俺も思わず変な声出そうになったわ」
「生産職あなどりがたし……」
そっち系の人員も増やすべきかとぶつぶつ言い出した七瀬を放って、古賀は芦田に向き直った。
「そういやカイのログ調査を円堂が依頼してたようだけど、結局なんだって?」
「お疲れ様です」
話を遮るように、その円堂千里と広報宣伝部の榊実和が入室してきた。
「ジャストタイミングだ」
「何の話ですか?」
「カイのログ調査どうだったか聞いてたんだ」
誰だっけ七瀬さんの弟子でしたっけ、と馴染みの薄い小野寺と榊が確認し合っている。
「例の出ました?」
円堂が七瀬に訊ねる。七瀬は深い深いため息を床に向かって吐いた。
「一応ゲーム開始から辿ってるのでまだ最後までログ確認できてませんが。例の8体のひとつ、通称『アリス』との接触が確認できました」
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(2023.2.18修正)脱字修正しました。
(2023.2.20修正)小野寺のファーストネームが他のキャラクターのものと紛らわしかったので変更しました。




