44.呪い
いつもありがとうございます。
センリ氏の黒曜は神殿に入る前に専用の離れに預けてあったので、俺たちは迎えのために移動した。
「俺の前にも呪われた人がいたんですか?」
先程の神殿長様との会話について、前をゆくセンリ氏に訊ねる。
「はい。私が」
「えっ?」
「私も持ってるんですよ、あの紋章」
振り向きながら、彼はこともなげに自分を指差した。
「ゲーム開始してすぐに凶悪な悪魔に絡まれましてね。まだレベル一桁の時だったから、悪意で紋章付けられた挙句に取り逃してしまいました」
「それは……大変でしたね」
そんなおっかない遭遇があるのか。俺は今まで運が良かったのかな。
「あのう、質問が」
姉ちゃんが周囲を見回しながら声を少し低くして言った。
「その謎の神様って、アルケナ神と何か関係あるんですか? アルケナ神だけが相殺できるみたいですし」
そういえば俺も気になることがあったんだよな。
「謎称号と紋章の効果範囲がアルケナ神の領域っていうのもちょっと変ですよね」
「ああ、それですか」
センリ氏は頷いた。
「ずっと遠い昔、この世界を創造したのはアルケナ神です。そして大厄災によって破壊しようとしたのがその謎の紋章の神ですね。今は他の新しい神々も存在しますが、結局のところ世界の戦いはこの二者の対立に収束するのです。だから、呪いの相殺も『アルケナ神ができる』のではなく『他の神にはできない』と表現した方が正確でしょうね」
「そうなんですね……」
「その敵の称号と紋章の効果範囲がアルケナ神の領域に設定されているのは、神によって力を得たアルケナ教徒を更に倍のバフで叩きのめそうというあちらの意図があります。アルケナ特攻とでも言いますか」
なるほど。アルケナ神の方はバフ50%だけど、謎神は100%だもんな。アルケナ神の領域で戦ったらアルケナ教徒はかえって不利になる。謎神って殺意高いな。
「ちなみに呪いって何が起こるはずだったんですか?」
「敵の手下になってましたね」
センリ氏はさらりと答えた。
「はい?」
「厄災陣営の所属になって人類と戦うことになってました」
「はわわ……」
姉ちゃんが青ざめてる。
制作側もえぐい設定作るなあ。そういう悪役プレイの需要も否定はしないけど、本当にそこに一般プレイヤー突っ込んだら収拾つかなくならないか?
「我々はあちらの神との接続をアルケナ神によって断ち切られましたからその心配はありませんが、あの紋章を持っている者は基本、この世界の敵です。万が一遭遇した時は警戒を怠らないようにしてください」
「はい」
はからずも謎紋章を手袋で隠していたのは正解だったな。俺の羞恥心に感謝だ。
従魔用に作られた離れに着くとセンリ氏は入口で名前を告げて入り、すぐに黒曜を連れて出てきた。
「帰りはワープを使いますからすぐですよ」
外に出て、石畳の道から夜鳩商会にあったものと同じ形をした四阿のワープポイントに向かった。
虹色の柱に手をかざして登録すると、続けて行き先を選択するポップアップが出る。
ただし選択肢は『西の国ウィンドナ/夜鳩商会』のひとつのみだ。
そこをタップすると全身が光に包まれ、再び視界が戻った時には俺たちは全員、出発前に寄った夜鳩商会の屋上に立っていた。
「あ……」
あれだけ時間をかけて従魔に乗って行ったのに、一瞬で帰ってきてしまった。
なんというか、いきなり夢から醒めたみたいだ。
「お疲れ様でした」
センリ氏の声で我に返る。
屋上から眺める空はすっかりオレンジ色に変わり、薄い雲が広がっていた。つい数分前までは澄み切った青空の下にいたので、もう日暮れに近い時刻であることに今更ながらに気づく。
「あの、……センリさんたちは自分だけなら行きもワープポイント使えたんですよね。俺たちのためにわざわざありがとうございました」
頭を下げると、センリ氏は小さく笑った。
「私たちも久しぶりに沢山走って楽しかったので問題ありませんよ」
「わたしもすごく楽しかったです。すっかり従魔が欲しくなってしまったわ」
姉ちゃんの言葉に彼は「そうですね」と頷いた。
「塔のダンジョンに行く時はこのワープポイントを使えば速くて楽なのですが、あまり口外できる手段ではありませんので。カムフラージュ用としても従魔はいた方が良いと思いますよ」
「はい、探してみます」
センリ氏は「少し休んでいきますか?」と誘ってくれたが、さすがにそれは固辞してクランハウスに戻ることにした。
「今日はありがとうございました」
「はい。二人とも、またね」
センリ氏は手を振って見送ってくれた。
「姉ちゃん、従魔探す?」
仮宿まで二人でジュースを飲みながら歩く。
「うん。乗れるやつ。すっごく気持ちよかったし」
姉ちゃん、満面の笑顔だ。よほど気に入ったんだな。
「ヒョウも格好よかったけど移動用なら馬なんかでも良いわね」
「馬とかラクダとか?」
たしかにその方が乗り心地は良さそうだ。リアルでも騎乗に使われている動物だし。
ふと、俺たちの前方を歩くテイマーらしきプレイヤーの姿が目に入った。肩にシマエナガみたいなふくふくした小鳥を乗せて、小さな犬か狼らしき獣と二足歩行のクマを連れている。
「そういえばさ、テイマーの人っていつも従魔をゾロゾロ連れてるけど、あれってどこかにしまっておくとかできないの? ほら、人の多い場所とか狭い場所とか困るでしょ」
姉ちゃんもそちらを見て「ああ」と呟いた。
「そういう時は近くの預け所に頼むのよ。ほら、室……センリさんも神殿でやってたでしょ。マイルームに置いて行くかずっと連れて歩くかの二択になるし」
「そっか」
「でもダンジョンは一緒に入るってミリアさんたちが言ってたわね。従魔にもレベルがあるから戦闘で上げるんですって」
「ん?」
いや、ちょっと待てよ。
そもそもテイマーってそういう、一緒に戦うパーティ要員としてモンスターを育てる職業じゃなかったけ。
ついつい騎乗に思考が傾いてたけど、従魔だってレベル上げが必要だよな?
「姉ちゃん、やっぱり馬は駄目だよ」
「え、なんで?」
「馬連れて戦闘しないといけない」
「あっ!」
姉ちゃんも初めて気づいたような顔をしてる。
弓使いだから馬に乗って戦う方法もなくはないけど、他の種族の方が汎用性があるもんな。
「それはちょっとやりにくいわね……もしかして、ミリアさんたちがヒョウだったのは一緒に戦えるから?」
「うん。たぶん」
あちゃー、と姉ちゃんは頭を押さえた。
「あぶなく馬テイムするとこだった。わたしもちゃんと戦えるモンスターを探すことにするわ」
「うん。それがいいよ」
うーん、俺たちゲーム素人だからたまに大事なことがすっぽ抜けるんだよなあ。
知らずにうっかり変なことやらかしてもいけないし、このへん、ほんと気をつけないとな。
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(2023.2.20修正)脱字修正しました。




