43.アルケナ神殿
いつもありがとうございます。
休憩を終えて、再び従魔に乗る。
走りながらウィンドウを見ると、騎士団の資料室で写したこの地域のマップが表示されていた。
樹海の中に細く引かれた線のひとつを移動しているのがわかる。というか、これ道だったのか。草は腰の高さまで生えてるし全然土が見えないしで、木々の間を適当に走ってると思ってた。
マップの進行方向には丸い印がついた場所がある。これって何を表しているんだろう。
顔を上げて緑の合間に切れ切れで映る景色に目を凝らした。
「あ」
なんか見えた。
青い空にそびえ立つ一本の柱。
そう、明らかに人工物だと思われる柱がまっすぐ天に向かって伸びていた。どこまで続いているのか、雲を突き抜けたその先は遠くて見えない。いかにも物語のキーポイントになりそうな怪しげな建造物だ。
見え隠れしながら柱は少しずつ近づいてくる。2回目の休憩を取る頃には、その詳細な形状もかなり判別できるようになっていた。
視界の開けた場所で従魔から降りた俺は、飲み物を片手に蒼穹の中央を貫く不思議な白い柱を見上げる。
「あそこが目的地です」
隣に立ったセンリ氏が言った。
「あれが神殿なんですか?」
「いえ、あの足元に神殿への入り口があるのです。あの柱自体は『星見の塔』と呼ばれるダンジョンですね」
「ダンジョン……」
この世界では初めて聞いた気がする。やっぱり存在するんだな、ゲームの定番だし。
「面倒なルールがありますが経験値は多いので、レベル上げにはお勧めですよ」
それはいいことを聞いた。時間がある時にでもデスサイズのレベル上げをしに来ようかな。あ、でもその前に従魔も探さないと。
そこからまた数十分走って、俺たちは星見の塔の足元にやっとたどり着いた。
うん、ミリアの言う通りでした。ものすごく遠かった。
でも身体的疲れはそれほどない。
これだけ長時間乗っていたら現実なら足腰ガクガクで歩けなくなってるだろうけど、オビクロではセンリ氏が話したように疲労はただの数字だ。ポーション一本ですぐに完全復活した。
「それじゃここでお別れね」
塔の敷地を示す崩れかけた石のアーチの手前で、立ち止まったミリアとマリエルが従魔の背を撫でて言った。
「私たちはダンジョンでレベル上げしてくるわ」
「ありがとうございました」
姉ちゃんは従魔たちにもお礼を言って首の後ろを撫でてやっている。
「良かったらこれ持って行ってください」
俺は個別包装した甘いお菓子をいくつか、二人に手渡した。
「わあっ嬉しい!」
「おやつの時間が楽しみだわ。ありがとう、カイ」
手を振って、アーチをくぐった二人と二匹の姿がふっとかき消える。
「あのアーチが塔の中に入るゲートになっています。我々も行きましょうか」
センリ氏に促されて俺と姉ちゃんもアーチに歩み寄る。
「ネムさん、選択肢は出ましたか?」
「はい、『神殿に入る』を選ぶんですね」
「そうです。カイ君は私の連れという形で入りますね」
俺にはその選択肢が出ていない。センリ氏が俺の腕を掴んでアーチをくぐった。
目の前が一瞬、真っ白になって気づくと俺たちは先程までとは全く違った景色の中に立っていた。
「わあ……綺麗……」
姉ちゃんが呟いた。
先程までの緑深い森の中ではない。きちんと整備された庭園の中にいた。
頭上には、少しの欠けもない石のアーチが美しい曲線を描いている。よく見れば崩れかけていたものと同じ形をしていて、まるで時間を巻き戻したかのような錯覚を覚えた。
俺たちがいるこのアーチの下から白い石畳がまっすぐのびていた。
それは正面にある白一色で造られた神殿の前に向かっている。道の両脇にはシンメトリーで美しく刈り込まれた緑が立ち並んでおり、地面には手入れの行き届いた芝が引かれている。庭はずっと遠くまで続いていて、地平線の緑と空のコントラストが絵画のようだ。
ここは神殿のための特殊な閉鎖空間なのだろう。
庭園のところどころには大理石の彫像があり、また夜鳩商会の屋上にあったものと同じ四阿も見受けられた。
俺たち三人と一匹は石畳の上をゆっくり歩いた。
あの神殿、どこかで見たことあると思ったら、大きさは違うけど西1への境界戦をした廃神殿によく似ているんだな。NPCの女性たちが言ってた旧皇国の神様ってやはりアルケナ神のことだったのだろう。
頭の上から歌が聴こえる。
俺は祭壇の前に跪いて洗礼を受けていた。
女性の神殿長様が節をつけて唱える祝詞はまるで外国の歌のようだった。浄化されるような心が凪いでゆくような、不思議な音だ。
必要な言葉は自動翻訳されるシステムだから、理解できない言語は今の俺たちには必要のないものなんだろう。
歌が止んだ。
「……終わりました」
俺たちは顔をあげて、ゆっくりと立った。
「カイ。あなたを『アルケナ神の使徒』と認めます」
神殿長様のお言葉と同時に、称号獲得のお知らせが入った。称号の効果は『アルケナ神の領域内でSTR/INT+50%・スキル「聖霊魔法」追加』だ。
神妙に頭を下げる。
それから使徒用護符となるタトゥー『アルケナ神の紋章』は全身から入れる場所を選べると言われたけど、横で姉ちゃんと一緒に見学していたセンリ氏が、
「出しやすい場所がいいですよ。証明のために他人に見せる場合もあるので」
とアドバイスをしてくれたので、左鎖骨の下あたりにしてもらった。
効果は『聖霊魔法耐性+30・アルケナ神の領域内でVIT/MND+50%』、譲渡不可。
「これにより『■■■■神の紋章』の呪いも相殺されます。もう大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
神殿長様は優しく微笑んだ。
うちの母親くらいの年齢だろうか。慈愛に溢れているけど規律や厳格さも忘れてはいない感じの、すっと背筋の伸びたお方だ。
「でも、こんな短期間にまた呪いを受けた方が現れるとは。そうそう起こることではないのに」
秀麗な眉をふと顰めて、神殿長様が呟く。
「二度にわたってお手を煩わせたこと、本当に申し訳なく思っております」
センリ氏が頭を下げるが、神殿長様は「いいえ」とかぶりを振った。
「いつでも頼ってください。そのために、ここに私たちがいるのです」
「ありがとうございます」
「渡り人の来訪で世界が波立つこの時期だからこそ、厄災の悪魔が活性化しているのかもしれません。何か動きがありましたら私どもにも教えてくださいね」
「お約束いたします」
センリ氏と一緒に俺と姉ちゃんも頭を下げて、神殿長様の前を辞した。
評価・ブックマークをありがとうございます。いつも励みになっています。
誤字のお知らせもありがとうございました。
(2023.2.20修正)脱字修正しました。




