42.従魔とお出かけ
いつもありがとうございます。
翌日の集合時間は現実時間で20時半だった。
いつもは他の社員より遅い時間に帰宅するらしい円堂先生が、今日は残業なしでタイムカードを切っていたそうだ。
「まさかデートか、ってみんなが噂してたわ……小娘ですみませんねえ」
同じく定時で帰ってきてた姉ちゃんが半笑いでデザートのりんごをかじっている。
「円堂先生って会社ではどういう存在なの?」
「ちょっと憧れの謎多き上司って感じかな」
「へえ」
そういえば、前にデイジーさんが噂してたモテ社員の正体って結局耕助さんだったけど。
「樋口兄とどっちがモテるの?」
「そりゃ樋口さんね、ヒカリくん見てればなんとなく想像できるでしょ。室長は近寄りがたいタイプだから」
「ふうん」
ゲームで知り合った人たちが同じ会社で真面目に社会人してる話って、想像するとなんかおかしい。まあ、これは俺が部外者だから言えることなんだけど。
「さて、そろそろ時間か」
時計を見て、俺はログインするために自室へ戻った。
オビクロに入って、西4の仮宿前で姉ちゃんと待ち合わせる。
今日の姉ちゃんは、従魔に乗るということで動きやすい服装をセレクト。サックスカラーのツナギにブーツを組み合わせている。髪の毛も風で乱れないようきっちりと三つ編みにしていて、なんか牧場で働く少女みたいになっていた。
ちっさい子のツナギってなんか元気いっぱいで可愛らしいよな。
ちなみに俺は前からよく着ているアメカジのTシャツとチノパン、ジャンパーとブーツだ。
今日は晴天で風も弱く、野外を移動するには良い気候だ。二人で連れ立って集合場所まで歩く。
西4の夜鳩商会前まで来ると、すぐに店員さんが出てきて三階に通された。
「お疲れさまです」
階段を上がったところでセンリ氏が待っていた。
さすがにスーツ姿ではなく、春用のショートコートの中にカットソー、ジーンズとブーツを身につけている。やっぱり現実でもそのへん歩いていそうな服装だ。俺も人のこと言えないけど。
彼の先導でそのまま屋上への階段をのぼった。
「屋上にワープポイントがあります。出かける前に登録しておきましょう」
扉から外に出て、屋上庭園の植え込みの間をセンリ氏について歩く。敷地のちょうど中央あたりに四阿のような建造物があって、その屋根の下にキラキラと虹色に輝く柱が立っていた。
手をかざすと電子音とともに【ワープポイントに登録しますか? Yes/No】という選択肢が出たので「Yes」をタップする。
「これで復路はワープでここに帰って来られます。あと、この屋上は外階段がありますから店内を通りたくない時はそちらを使うといいです」
「わかりました」
その外階段を使っていっきに地上まで降りると、商会の建物の裏側に出た。
そこには、雪豹を連れたミリアと黒豹を連れたマリエル、それに黒狼が待ち構えていた。動物の方は三頭とも、以前リアルで見たことがあるものより相当大きい。体長二メートル以上はあるだろうか。
「カイ、ネムちゃん、おつかれ〜」
ミリアが雪豹の背中を撫でながら手を振った。
「これが従魔ですか?」
「そう。この子に乗って移動するんだよ」
従魔たちの身体には革のベルトのようなものが装着されている。
「これは手綱?」
「ううん、人間が掴まるための騎乗ベルト。指示は人語を解するから言葉で大丈夫なのよ」
「うわあ……すごぉい」
姉ちゃんがこわごわとマリエルの黒豹の顔を覗き込んでいる。猛獣をこんな間近で見たことなんてないもんな。
相手はとても大人しい。初めて見る人間をじっと観察しているようだ。
「ネムちゃんは私たちのとこに乗って行こうね。カイはお兄様のところよ」
センリ氏が黒狼の前で手招きしているので、俺はそちらに寄って行った。
ん? 狼だと思っていたけどちょっと顔が犬っぽい……?
「これは大きいけど犬ですよ。名前は黒曜といいます」
察したセンリ氏が小さく笑って教えてくれた。
「ほんと、すごく大きいんですね。黒曜、よろしくね」
黒犬はワフ、と頷いた。賢いなあ。
結論から言えば、この黒犬と豹たち、ものすごく速かった。
俺たちを乗せた従魔はあっという間に西4の東門から出て、旧皇国領の壁である山脈と王都との間を埋め尽くす広大な樹海に入った。
体感だけど、自動車で走るよりも速度が出ている気がする。実在の動物に似てるけど一応モンスター設定だから、速度とかスタミナとか長距離移動もできるように調整してるんだろうな。
バイクには乗ったことないから比較出来ないけど、ヘルメットなしだから髪の先から爪先まで全身が風を切って、もうすごい解放感がある。俺はセンリ氏に掴まって後ろに乗っているだけだから何も考えなくていいし。
姉ちゃんは騎乗ベルトを握るミリアの腕の間に乗せてもらって、時々歓声を上げながら後ろのミリアや伴走するマリエルと会話している。うん、笑顔でなにより。
鬱蒼と生い茂る木々の間、道なき道を40分くらい走ったところで一旦休憩をとった。
そんなに疲れた感じはしないけど、HPとFULが結構減っている。
「ゲームが便利だと思うのはこういう時ですね。現実とは違って疲労が数字で管理されて、ポーションを飲めば即回復する」
飲み物をインベントリから出しながらセンリ氏が言う。
「おやつ食べますか? ミートパイとグラタンパイがありますけど」
「ください!」
「食べる!」
「両方!」
俺の問いかけに手をあげて叫んだ双子と姉ちゃんに、紙で包んだ熱々のパイを二種類セットにして配った。
「センリさんもどうぞ」
「そういえば君は料理人が本業でしたね」
ちょっと忘れかけてました、と受け取りながらセンリ氏。うん、俺も迷走してる自覚はある。
「わあ、このミートパイ、ゴロゴロお肉が入ってる。トマトソースも酸味が効いてて美味しい!」
「グラタンはサーモンとチーズが入ってるのね。現実ではカロリー高すぎて食べられない危険物だわ」
女性陣がはしゃいでる声が聞こえる。気に入ってくれたなら嬉しいな。
「さすが、ナナさんのお弟子さんですね」
センリ氏が言った。
「あの人の料理、どうしてゲーム会社にいるんだろうって時々思うレベルですよね」
「わかります。俺、騎士団の取り調べ室で食べたカツ丼に魅了されて、あの人に弟子入りしたんですから」
彼は声をあげて笑った。
「私も騎士団に用事があるときはこっそりご飯時を狙って行ったりしますよ」
「それしかないですもんね、本人が商売っ気ないから」
「そうそう」
相槌を打っていたセンリ氏は何か思いついた顔をした。
「君は店を持つ予定ですか?」
「いえ。まだ一箇所に留まるつもりはないし、料理だけしてる訳じゃないから安定供給もできないし。商業ギルドの委託販売で様子を見てる感じです」
「それなら夜鳩商会に置きませんか。ギルドより良い条件にしますよ」
おお、あんな高級そうなお店に置いていただけるんですか。俺もついにデパ地下進出ですか。
「いいんですか」
「私も本業は商人ですしね。たまには仕事しないと」
そういえばそうだった。俺もちょっと忘れかけてた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。この料理なら店にとっても良い効果が期待できそうです」
詳しいことは帰ってから相談することになった。うおお頑張るぞう。
評価・ブックマークをありがとうございます。いつも励みになっています。
(2023.2.20修正)脱字修正しました。




