41.アルケナ教
いつもありがとうございます。
「あとはアルケナ教の洗礼ですね」
タブレットのチェックリストを確認して、センリ氏は言った。
「あの、アルケナ教って今は廃れてしまったように言われてますけど、なにか迫害とかあったんですか?」
姉ちゃんが質問した。そっか、迫害されるような教えだと今後動きにくい場面も出てくるかもしれないもんな。
「いえ、そういうわけではないです」
センリ氏は優しく否定した。
「大厄災の後、新興宗教が流行って古いものが追いやられただけのことです。今は多くの民の根底に残ってはいるがはっきりと信徒だと名乗る者は少ない、そんな感じでしょうか」
「なるほど」
センリ氏は少し思案する素振りをした。
「……先に夜鳩商会との関わりをお話しておいた方が良いでしょうか。これはいずれシナリオにも出てくる話なのですが」
そんなふうに前置きをして、センリ氏は商会の由来を話し始めた。
古い時代、かつてこの大陸はアルケナ神を信仰するアルセイネ聖皇国によって治められていた。アルセイネとは『アルケナ神を信仰する者たち』を意味する国名で、その名の通り聖皇が政治を行う宗教国家であった。
だが聖皇国は突如襲った大厄災により滅亡の危機に瀕し、民は四方に分かれて国から脱出することになる。やがて聖皇国を取り囲むようにして四つの国が誕生した。
聖皇は最期まで中央神殿に残り、民とともに脱出させられた神官騎士の生き残りたちは次の大厄災に備えるために国を跨いだネットワークを構築した。そのひとつが夜鳩商会である。
「……という訳で、夜鳩商会の諜報部員はアルケナ教の神官騎士という身分になるのですね。これが洗礼をお願いする理由です」
「はい、納得しました」
俺と姉ちゃんが首肯したのを確認して、センリ氏はタブレットを操作した。
「それではネモフィラさんから始めますね」
「あ、【アルケナ教(聖霊教)に入信しますか?Yes/No】って出ました」
自分のウィンドウを見ていた姉ちゃんが言った。
「もう一度言っておきますが、現時点で宗教の変更は不可能です。それでも良ければYesを押してください」
「はい、オッケーです」
姉ちゃんがポチッと押した。
「登録完了。称号も来ました、『アルケナ神の加護』ですね」
「こちらも渡しておきます」
センリ氏は、リンネ神の護符によく似たペンダントを姉ちゃんの前に置いた。
自分のアイテムじゃないから詳細は見られないけど『アルケナ神の聖印』と書いてある。おそらく護符と同様、神の領域内で効果があるだろう。
「このアルケナ神の領域ってどこを指してるんでしょう?」
姉ちゃんが質問した。
そういえばアリスさんに聞いた話を姉ちゃんには伝えてなかったっけ。領域を記した地図は存在しないってこと。
「神の領域は絶えず変動しているから、どことは明言できませんね」
うん、センリ氏も同じこと言ってる。
「ですが、その神の領域に入ると称号や護符の色が変わるので、確認は可能です」
はい?
姉ちゃんの手の中にある『アルケナ神の聖印』を見た。
艶消しの銀のプレートの中心に、翼を丸めた鳥のようなマークが入っている。その部分が、ぼんやりと青い光を放っていた。
自分の首から下げたリンネ神の護符を確認すると、こちらはまったく反応していない。
「ここはアルケナ神の領域なんですか?」
「はい。夜鳩商会の店舗はアルケナ教の隠し神殿扱いになっています」
称号の方は、たしかアリスさんに貰ったものがアルケナ神の領域を条件としていたはずだ。ウィンドウを広げてみると、各情報の白文字が並ぶ中に例の『■■■■神の使徒』が青文字で表示されている。『リンネ神の祝福』は灰色だ。
なるほど。これならすぐに判別できる。
今の俺はアルケナ神の領域か否かで戦闘力が倍くらい違うから、確認方法が判明したのはありがたい。
「それではカイ君の方も手続きをして……」
タブレットを操作していたセンリ氏の手が止まった。
「……エラーになりますね。カイ君、宗教称号を他に持っていますか?」
「『リンネ神の祝福』と、よくわからない神様の『使徒』を持ってますけど」
「よくわからない?」
「騎士団で知り合った人が料理修行終了の時に贈ってくれたんですけど。神様の名前が読めないので」
センリ氏は眉を顰めた。
「ちょっとステータスを見せてもらってもいいですか?」
「はい」
センリ氏の指示に従って、ステータス共有の操作をする。
それから席を立った彼は俺の隣に来てウィンドウに表示されたステータスを覗き込んだ。
「え」
彼から低い声が漏れた。
「何か問題が?」
「いや、大丈夫。わかった」
と言いながらセンリ氏は何かを考え込んでいる。
「……残念ながら君の方は今ここでは洗礼ができません」
「えっ、なぜですか?」
「この宗教称号というのは三段階あるのですが、」
そう言って、彼は称号の説明をした。
ライト信者に与える『祝福』、熱心な信者に与える『加護』、古株や幹部信者に与える『使徒』。
どれも洗礼を受けた、つまり入信している人間に与えることを前提とするが、一番低ランクの『祝福』だけは特例として信者ではない一般人に与える場合もある。俺と姉ちゃんがユリアさんの祖父に貰った『リンネ神の祝福』はこの特例にあたるそうだ。
「それじゃ、この謎の『使徒』は」
「本当にレアケースですが、洗礼なしで獲得していますね。この状態でこちらが洗礼を行う場合は同じランクの『アルケナ神の使徒』が必要なんですが、あいにく私は『祝福』と『加護』の権限しか持っていないのです。だから君の洗礼をするにはアルケナ神殿まで行く必要があります」
「えっ、あんなとこまで行くの?」
ミリアが口を挟んだ。
「あんなところ?」
「すっごく遠いのよ」
まあアルケナ教ってプレイヤーの間でも幻の宗教扱いだから、そう簡単に見つかるような場所にはないだろうけど。
「言いにくいのですが、今持っているその『使徒』の称号は強い分デメリットもあります」
「デメリット? どんなですか?」
「先々発動する呪いのようなものがあるんです。幸いそれも『アルケナ神の使徒』で相殺できますので、遠くても一度は我慢して行ってください」
やっぱりこれ、やばい称号だったか。うん、そんな気はしてた。正直、それくらい付いてても不思議じゃない数字だもんな。
ともあれ解決できるなら良かった。センリ氏、頼りになる。
「それで神殿行きの話ですが、お二人はテイムモンスターを持っていますか?」
俺と姉ちゃんは顔を見合わせた。
「いいえ? というか、そもそもテイマーじゃないですし」
「テイマー以外の職業も一体だけは従魔を所有することができるんです。長距離移動で従魔に騎乗することを想定したルールだと思うのですが」
「それは知りませんでした」
センリ氏は双子の方を向いた。
「マリエルかミリア、どちらかちょっと手伝ってくれませんか」
「塔まで乗せて行くのね。いいわよ」
「私も一緒に行くわ」
二人はにっこり笑って答えた。
「ありがとう。それではカイ君とネモフィラさん。明日、我々の従魔に乗ってアルケナ神殿まで行きましょう」
「えっ私もですか?」
姉ちゃんが驚いて聞き返した。姉ちゃんは無事に洗礼が済んでいるから行く必要はないはずだけど。
「この機会に行っておけば、後でいろいろ楽ができますので」
「わかりました」
信頼する上司の言葉に姉ちゃんは頷いた。
「そうだ、二人とも騎乗スキルを取っておいてね」
「はい」
ミリアに言われて、その場で騎乗スキルを追加する。ポイントに余裕があってよかった。
それから翌日の集合時間を決めて、センリ氏との話は終わった。俺たちは階下の店に降りて簡易テントを購入してから帰路についた。
今日はまだ少し時間があるから、クランハウスの厨房で軽食でも作っておこうかな。
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(2023.2.20修正)脱字修正しました。




