40.諜報部員
いつもありがとうございます。
翌日。夜鳩商会の件で、西4へ来たら顔を出すようにと円堂先生に言われていたので、リアルの回線でアポを取った。
今日は現実時間で22時以降なら大丈夫だと返事が来たので、姉ちゃんを連れて商会へと向かう。
「ついでに買い物しようよ。有名なお店だから大抵のものはあるって言ってたし」
「そういえば簡易テント買ってなかったわね」
「そうだった」
仮宿に戻れず野宿する羽目になった時にセーフティゾーンを作るテントがないと、眠っている間にモンスターに襲われて死んでしまうこともある。
以前やむなく街壁外で野宿した時、ちゃんと買っておこうと話し合ったのにすっかり忘れていた。
「あっ、あの店じゃない?」
センリさんが言っていたように、大通り沿いの一等地に夜鳩商会のお店はあった。
すごいお高そうな店構えですね。金文字の看板に幾何学模様の彫刻が入った大理石のエントランス。ぴかぴかに磨き上げられた床には塵ひとつ落ちていない。
入口は回転ドアだった。ここからもうお洒落だな。フィクションでは見たことあるけど、実物に入るの初めてだ。
くるっと回ってお店の中に入った。うわあ。シャンデリアがキラキラだ。
店内にはカフェも併設しているようで、どこからかふんわりとコーヒーの良い匂いが漂ってくる。
丁寧に頭を下げてきた店員さんに声をかけようとしたその時、ふと視界に入った買い物客と目が合った。
「あら、カイ!」
ピンク髪のボブを揺らして、笑顔で声をかけてきたのはミリアだった。
「ミリアさん、お久しぶりです」
「元気だった?」
もうそんなに会うことはないだろうと思っていたけど、友達っぽくカジュアルに挨拶してくるな。
そして、彼女の隣にはミリアとそっくりの顔をした紫色のロングヘアの女の子がいた。
「あ、こっちは双子の姉のマリエルよ」
俺の視線に気づいて、ミリアが彼女を紹介してくれた。
「こんにちは。いつもミリアがごめんね」
そう言って微笑むマリエルは、妹よりも幾分性格が穏やかそうだ。
「初めまして。こちらは俺の姉のネムです」
まさか自分まで紹介されると思ってなかったのか、姉ちゃんがぎょっとした気配が伝わってきたけど、ひとりだけ仲間はずれにできないもんな。これ、上司の妹だし。
「二人は何を買いに来たの?」
「商会長さんに会いに来たんです」
「お兄様に?」
双子は顔を見合わせると小さく頷き合った。
「案内するわ。こちらへどうぞ」
双子はすたすたと店の奥に入っていく。俺と姉ちゃんは彼女たちを追いかけて、店の奥にある階段を三階まであがった。
「こんにちは」
通された部屋はセンリ氏の個人オフィスのようだった。
俺たちを出迎えたセンリ氏は、俺の隣に立っている姉ちゃんを見て三秒ほどフリーズし、それから真顔で「うん、お疲れさま」と言った。
姉ちゃんが眉間に皺を寄せる。
「室長、言いたいことがあるならはっきり言ってくれませんか」
「いや、うまく化けたな、と。これなら見つからないのも頷けます」
センリ氏は手を伸ばして姉ちゃんの頭を撫でた。上司の想定外の動作に「ぴゃっ」と姉ちゃんが小さく叫び声をあげる。
「ふふ、ちっちゃいですねえ」
「は……はわ……はわわわ……」
ん? 姉ちゃん、真っ赤になってプルプル震えてるぞ。もしやキャパオーバー?
「先生、その辺で勘弁してやって」
「あ」
「ぷしゅ〜」
センリ氏の手から解放された姉ちゃんはフニャフニャになってソファに座った。
「すみません。うちの妹たちもこれくらいの年頃は可愛かったな、と思ったらつい」
「お兄様、聞こえてますよ!」
「今でも可愛いじゃありませんか!」
ミリアとマリエルがすかさずブーイングを唱える。
「はいはい。カワイイカワイイ」
「「棒読み!」」
この双子の兄をするのってなんか大変そう。
俺は優しい姉ちゃんのありがたみをしみじみと噛み締めたのだった。
「まずは商会の身分証と制服です」
改めてソファに全員着席したところで、センリ氏は俺と姉ちゃんに装備を手渡した。
「表向きの商会の肩書きで人と会う時はこれを使ってください」
ていうかこの人、こっちでは敬語なんだな。そういえば騎士団で初めて会った時のセンリ氏も隙のない慇懃キャラだったっけ。
姉ちゃんは特に気にしてる様子もないから、会社でもこんな感じなのかもしれない。
「ねえ着てみてよ」
「私も見たいわ」
双子が期待に満ちた瞳でねだるので、俺と姉ちゃんは装備を制服に変えた。
「わあ……っ」
姉ちゃんの制服は、上は薄緑色のブラウスと黒のスーツに襟元で結ぶ鶯色のスカーフが付いていて、下は黒いミニ丈のひだスカートだった。濃灰のニーソックスに黒いエナメル靴。
可愛いけど、なんというか……名門私立小学校の制服みたいだな。ベレー帽を被ったら完璧にそれになりそう。
「きゃああ、ネムちゃん可愛い」
双子が姉ちゃんの周りをぐるぐる回って喜んでいる。
対して、俺の服はセンリ氏とほとんど同じ形の黒いスーツだった。センリ氏はグレーの色シャツにシルバーのネクタイだけど、俺のは薄緑色のシャツに光沢のある鶯色のネクタイといった違いだ。
「カイもかっこいいわ! でも髪の毛がちょっと邪魔ね」
俺の顔を覗き込んでマリエルが首をひねる。
「前髪を上げて固めると……あら、逆に子供っぽくなっちゃうか」
「後ろを結んで流すといいわ」
ミリアが俺の長めの襟足の毛をゴムで結んで櫛で頭頂のあたりを弄る。
「ほら、これでどう?」
肩を掴んでセンリ氏や姉ちゃんの方に向けられる。
「ええ、その方が良いですね」
「はわわ、カイくんなんか大人っぽいよう」
部屋の奥の、センリ氏のデスク横に鏡があったので見せてもらうと、なんかフィクションに出てくる悪の組織の下っ端幹部みたいな感じだったけど、姉ちゃんとセンリ氏が褒めてくれたので良しとしておこう。客観視も大事。
「マリエルさん、ミリアさん。ありがとうございます」
「どういたしまして」
ウィンドウを開いて装備セットを登録しておく。次からはこのセットを選べば自動的に今の状態になるはずだ。
「それじゃ、次行きますね。裏ジョブの方ですが」
再びソファに着席した俺たちに、センリ氏はタブレットのようなものを操作をしながら言った。
「現在の職業の後ろにカッコ書きでもうひとつ職業が出たと思います」
俺と姉ちゃんもウィンドウを確認する。
裏ジョブの『暗殺者Lv.7』のところを押すとポップアップが出て、『諜報部員Lv.1』に変更できるようになっていた。
「裏ジョブも表のジョブと同様、選択している時しか職業レベルが上がらないので、もしすでに他の裏ジョブを持っていた場合は、まめに切り替えるように心がけてください」
「はい」
姉ちゃんがわくわくした顔をしている。この人スパイ物の映画とか好きだもんな。
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執筆済み原稿のストックが少なくなって更新がスリリングになってきたので、来月からすこし更新ペースを変更するかもしれません。
(2023.2.20修正)脱字修正しました。




