4.初めての狩り
いつもありがとうございます。
俺と姉ちゃんは、ウェスセカンドの街壁西門を出てすぐにあるローテ高原にやって来た。
ここは地図上は街の外にあるが、ゲーム的な括りでは街を中心とする周囲一帯をひとつのエリアとして定めているので『ウェスセカンドエリア』ということになる。
「ええと、この高原で入手できるアイテムは……」
俺と姉ちゃんはそれぞれ自分のウィンドウでクエストを確認していた。
冒険者ギルドと商業ギルドへの登録はチュートリアルで済ませてある。
ギルドでは、カウンターでの受注手続きが必要な依頼クエストの他に、受注不要で素材などを随時納品できる常設クエストがある。そして、常設クエストはその街のエリア内にいれば自分のウィンドウで確認することが可能なのだ。
「とりあえずツノウサギのクエストでいいかな」
「そうね」
視界には『ツノウサギの角を5本納品』という文字が出ている。
「そういえばカイくんはなんの武器使うの?」
弓を取り出しながら訊ねた姉ちゃんに、俺はフライパンを見せた。
「……えっ」
姉ちゃんは大きな目をさらに丸くしている。
「それって武器なの? それで戦っちゃうの?」
「うん。だって俺、料理人だし」
テニスラケットのようにフライパンで素振りする俺である。
天職を選んだ時に与えられた初期装備は「調理道具セット」「初心者向材料セット」「補助魔法ブレスレット」の三点だった。
補助魔法ブレスレットは魔法を普段使いするためのアイテムで火や水を出すなどの簡単な生活魔法を使うことができるが、攻撃魔法や防御魔法など戦闘のために魔法を行使することはできない。戦闘にはまた別に杖などの魔法具が必要なのだそうだ。
「生産職は基本的に戦闘を想定してないみたいだよ。チュートリアルで聞いたら【あなたが現在お持ちの武器は『包丁』『フライパン』『金串』です】って言われた」
「かなぐし」
ほら、と冒険者で混みあっている高原に目を向けると、剣や双剣を持った人に混じって鍛治用の片手ハンマーを持った人や包丁を持った人がすばしこい獣を追い回している。
「ふぇー……」
姉ちゃんちょっと引いてるな。
「まあ小動物相手のうちはこれで大丈夫だよ。そのうちお金貯まったらちゃんとした武器も買うつもりだし」
「それならいいけど……ゲームの世界ってなんでもありなのね」
眉を八の字にして姉ちゃんは頷いた。
「狩人の初期装備に『毒餌』があるから、もし必要だったら言って」
「毒餌?」
「モンスターを毒で弱らせて動きを鈍くするの。初心者の狩りをサポートするアイテムなんですって」
たしかにゲーム始めたばかりの時って武器の操作に手間取って、雑魚一匹でもすごく苦労することがあるよな。
「やってみて駄目そうだったら頼むよ」
俺たちも高原に足を踏み入れた。
それから一時間。俺たちはツノウサギをひたすら追いかけ回した。
獲物を見つけたらフライパンの平面で殴る。面が広いので割と当たるけどレベルが低いせいか威力が弱い。続けて数回殴れれば勝ち。
【ツノウサギの角×1、ツノウサギの肉×1 入手しました】
討伐に成功すると、モンスターの姿はすぐにキラキラエフェクトで消えて、ドロップした素材は直接インベントリに追加される。
「あー、やっと出た……」
ツノをたった5本取ればいいはずなのに成果は思わしくない。
まず角のドロップ率が非常に低い。そして人口密度が高すぎる。
武器のコツは掴めたものの、高原の人口に獲物の数が釣り合っていないため、一度攻撃をしくじると逃げた先にいる他の冒険者に討伐されてしまうのだ。
やっと3本目の角が手に入ったところで、姉ちゃんが疲れた顔でこちらにやって来た。
「ちょっと休憩しない?」
ウィンドウを見ると、満腹度を示すFULが30%を切っている。この数字が20%以下になると各種パラメータが低下して行動が鈍くなり、ゼロになると歩くだけで精一杯の状態になってしまう。これを回復させるためには食事が必要だ。
「姉ちゃん何本取れた?」
「まだ2本なの。肉や毛皮はかなり貯まったんだけどね」
俺たちは街壁の近くまで戻って、手頃な石の上に腰を下ろした。
「食べ物ある? 俺なにか作ろうか?」
「さっき待ち合わせの前に露店で買ったクッキーがあるのよ。食べてみない?」
姉ちゃんが小さな紙袋をふたつ取り出した。
「なんだか可愛かったからつい、ね」
ひとつ受け取って中を覗くといろんな顔のジンジャーマンクッキーが入っている。たしかに姉ちゃんが好きそうだ。
ちなみに子供の頃、可愛い動物やキャラクターのパンを姉ちゃんは「カワイーカワイー」と言いながらむしゃむしゃ食べるタイプで、俺は可哀想で食べられないタイプだった。閑話休題。
取り出したジンジャーマンクッキーをひと口齧った。
「えっうま……!」
想像した以上の驚きだった。
本当に美味しい。生姜とシナモンの風味、メープルの甘味や生地のサクサク食感は現実世界のものと全く遜色がない。
このゲームは味覚の再現にも力を入れていると聞いていたけど、まさかここまでリアルだと思わなかった。これなら他の菓子や料理もかなり期待できるんじゃないか?
「カイくん、これすごく美味しいねえ」
姉ちゃんもにこにこしてクッキーを食べている。小さい女の子が嬉しそうにお菓子を食べてる光景って癒されるなあ。
そう思った時だった。不意に視界がぐるりと回転した。
「えっ」
ぐらぐらとめまいがする。それはだんだん大きくなりまるで世界全体が回っているみたいになった。
なんだ? まさかVR機械の不具合とかじゃないよな? 通信回線の障害?
「カイくんどうしたの? なんか身体がキラキラしてる?」
姉ちゃんが気づいて俺に触れようとしたが、その手が俺の身体をすり抜ける。
「えっ!?」
目の端に並んでいるパラメータの一番上、自分のHPがすごい勢いで減少していくのが視界の端に映った。
一体なにが起きている?
キラキラエフェクトとともに自分の身体が透けていくのがわかる。
目の前が次第に暗くなっていった。
「カイくん! カイくん!」
ブラックアウト。最後に俺の名を呼ぶ姉ちゃんの叫び声だけが耳に残っていた。
「!!」
はっと意識が浮上した。
目を開けると、俺はベッドの上に横たわっていた。
「えっと……?」
『カイくんどこにいるの!』
『大丈夫?』
『返事して!』
『カイくん!!』
姉ちゃんからのメッセージがすごい勢いで流れてくる。
『俺は無事です。ちょっと状況整理するから待って』
まず返信をしてから、俺は周囲を見回した。
シングルベッドと机がある白っぽい色彩のシンプルな個室にいる。見覚えのあるここは『マイルーム』に間違いないだろう。
高原からここまで瞬間移動したってことか?
なぜ?
ハテナマークを飛ばしながら俺はメニューからログを表示させた。
えーと、なになに?
【15:40 毒入りの飲食物を摂取して死亡しました】
【15:40 初心者応援キャンペーン/初回ログインから現実時間で24時間以内(ゲーム時間で72時間以内)はデスペナルティが免除されます】
【15:40 マイルームにて復活しました】
「は? 毒入り?」
俺はインベントリに自動回収されていたクッキーの紙袋を飲食物鑑定スキルで見た。
『毒入りクッキー(モンスター用)/モンスターを弱らせて討伐するための毒餌。人間も毒殺可能』
「ね、姉ちゃん……っ」
俺はその場で崩れ落ちた。
あの人、クッキーと毒餌を間違えて渡しよったな。それで大丈夫なのか社会人。
「えええんごめんなさい~」
再び合流するために高原へ戻ると、姉ちゃんがべしょべしょ泣きながら土下座をしていた。
「カイくんのこと毒殺するなんてお姉ちゃん失格ですわああん」
「いや姉ちゃん、俺怒ってないから! 泣くなよ!」
なんか周囲の人々の視線が痛い。小さい女の子泣かせてる不審者扱いで運営に通報されそう。はやくなんとかしないと。
「デスペナも付かなかったし今回は練習みたいなものだから。ねっ」
通常はHPが0になると死亡判定となる。そのあとはマイルームで復活できるが、デスペナルティとしてゲーム内時間で三時間は全パラメータが半分になってしまうそうだ。そうなれば活動に大きな支障が出てしまうだろう。今回はキャンペーンで免除されたけど。
ハンカチを持ってなかったので料理用のふきん(もちろん新品だ)で姉ちゃんの涙を拭いてやると、ぐすぐす鼻を鳴らしながらとりあえず泣き止んでくれた。
「気を取り直してウサギの続きやりに行こ? 今度はちょっと森の方まで行ってみたらいいと思うんだ」
「カイくんFULはもう大丈夫なの?」
姉ちゃんはまだしょんぼり俯いている。俺はウィンドウを開いて確認した。
「一度死んだせいか100%になってるから……って、あれ?」
「どうしたの?」
「さっき確認したログに続きがあったみたいだ」
ログのスクロールバーがまだ余っていた。慌てて見落としてたか。視線を上に動かして続きを表示させる。
【15:40 マイルームにて復活しました】
【15:40 新しい称号を獲得しました】
【15:40 新しいスキルを獲得しました】
「えっ」
称号の項目を開くと赤でnewの印がついている。
『毒の申し子:この世界に渡って初めて口にしたものが毒物だった場合に取得。毒無効およびあらゆるものに対して毒付与が可能/スキル「毒使い」追加』
たしかにスキル欄にも『毒使いLv.1』の文字が勝手に増えている。
普通、スキルを増やすにはポイントを使って選択リストから交換しなくてはいけないけど、この『毒使い』は称号の付属品なので自動的に追加されたようだ。
「縁起でもねえ……」
料理人に毒とか。けど、毒無効は素直にありがたい。
「姉ちゃん」
「ふぇ」
腰を屈めて、周囲には聞こえないよう小声でログの内容を話した。
「怪我の功名かな。結構役に立ちそうだから結果的に良かったかも?」
姉ちゃんの小さな頭を撫でながら顔を覗き込んで言ったら、ぐすぐすしながらやっと顔をあげてくれた。
「……身体しんどくない?」
「ちゃんとリセットされたよ、ゲームなんだから大丈夫。心配かけてごめんな」
「うん。私もほんとにごめんね」
なんかこうやってると妹ができたみたい。
「じゃ、元気出して次行こうか」
立ち上がって手を差し出すと、姉ちゃんは小さな手でぎゅっと握り返してくれた。可愛いな。
うん、これはこれで楽しいかもしれない。
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(2023.1.9修正)改行を一部変更しました。
(2023.1.25修正)脱字を修正しました。




