36.西4境界戦(1)
いつもありがとうございます。
それから試合までの間は、剣道の練習の疲れもあってログインも控えめにして過ごした。
そうして挑んだ大学入って初の大会では、なんと上位入賞を収めて全国大会への切符を手にすることができた。熟練の上級生たちが相手で今年の経験は勉強だと思っていたから、素直に嬉しい。
顧問と円堂先生にはお高い肉をご馳走していただいた。先人の「他人の金で食べる肉は美味い」って格言は本当だったんですねえ。
そして週明け。
次はオビクロ世界で、西4への境界戦が待っていた。
今回は俺たちにしては時期の早い挑戦だ。みんなさっさと西4に入りたい理由があったらしく、全員の意見が一致したのだ。ちなみに俺と姉ちゃんは夜鳩商会絡みで早めに西4へ来るようにと円堂先生に言われたせいだけど。
「えーっ何それ聞いてないぞ!」
待ち合わせ場所の湖に行くと、耕助さんを相手に陽南さんが声を上げていた。
「賞品に付与のスキルカードがあったなんて! 戦闘職のイベントのくせにー!」
そういえば前に生産職にとっても喉から手が出るほど欲しいスキルだって言ってたっけ。
耕助さんが付与をゲットしたことにずるいずるいと地団駄を踏んでいた陽南さんは、俺と姉ちゃんの気配にぐりんと首を回して振り返った。
「カイ、次の闘技大会はあたしの分頼むよ」
「すみません、優勝しちゃったので俺、次から個人戦参加NGだって」
「Oh……」
陽南さんは膝から崩れ落ちたけど、まだヒカリがいるでしょ。
「それじゃ、ミーティングすっぞー」
耕助さんの掛け声で俺たちはぞろぞろと集合した。
今度の境界戦の舞台は静かな湖だった。
ここにいる境界のモンスターは、湖を普通に訪れてもその気配の欠片さえ見せない。
このなんの変哲もない湖のほとりに、遺跡のような崩れかけた2本の柱が立っている。この柱の間を通って湖の前に立った時だけ怪物は姿を現すのだ。この些細なギミックがなかなか見つけられなくて、スカーレットや斬鉄団は手間取っていたのだそうだ。
この境界のモンスターは巨大な亀の化け物だった。
甲羅がものすごく厚くて堅そう。そして亀って顔がなにげに怖いよな。
「PVでは水属性っぽかったわね」
「なら土属性有利? でもPVのスカーレットは火で攻撃してたよな?」
たしかに水棲生物だから火には弱そうって思いがちだけど、魔法の相性では火属性は水属性に対して弱いはずだよな? 緋炎のあのすごいマグマ剣だからゴリ押しできただけ?
それは他の人も考えたみたいだ。
「……とりあえず土属性でいこうか。何かあっても俺とカイの二人体制で属性チェンジできるからそう悩まなくても大丈夫だ」
「オッケー」
耕助さんの提案に全員が頷いたのでまずはその方針でいくことになった。
今日はヒカリ以外のメンバーは全員ゴーグルをしている。今まではなんとなく集まったいつものメンバーって感じだったけど、今回からはゴーグル団という名前できちんとパーティの形をとっているそうだ。そのへんの話し合いは俺が忙しくしている間に姉ちゃんが代理でしておいてくれたんだけど。
リーダーは耕助さんでサブリーダーは陽南さん。耕助さんはもちろん、陽南さんも今までの言動をみたところ俺たちより年長者っぽい匂いがするので、この人選は妥当だと思う。
耕助さんと手分けしてみんなの武器に土属性を付与し、今回もバフつき菓子を食べてから戦闘開始の『Yes』を押した。
「ゴオオォォ!」
湖に大きな水柱が上がる。その中から出現した建物のニ階くらいの全長の巨亀が後ろ足で立ち上がって雄叫びをあげた。空気がビリビリと震える。古い怪獣映画にこういう奴いたよな。
「二足歩行しちゃうんだ」
「火とか吹く?」
亀が大きく口を開けて、水の塊をすごい勢いで噴射した。巨大な高圧洗浄ノズルみたいな感じだ。避けるとその水流で背後の岩が砕け散った。
「ひえっ」
「行くよ~!」
姉ちゃんが掛け声と共に大技を出す。範囲攻撃で雨のように矢を降らせる。土属性になってるから矢は岩の塊となって亀に次々と打撃を与えるが、たいしたダメージではないようで平然としている。
亀が首を振って水流で俺たちを吹き飛ばそうとする。ヒカリとデイジーさんが被弾して吹っ飛ばされた。
「うおりゃあ!」
自分に来るタイミングを計って水流を断ち切るようにデスサイズを振るう。水流が遡るように岩に変化していく。あれ、これって土属性じゃなくてデスサイズ特性の石化か?
己に返ってくる石化から逃れるように仰け反って隙ができた亀の足元を陽南さんがハンマーで叩こうとする。だが亀は身体を捩ってそちらに甲羅を向けた。
鈍い打撃音が響いた。
「うわっ」
甲羅を殴ってしまった陽南さんがハンマーを取り落としそうになって後退する。
「固すぎて手が痺れちまった……」
甲羅には傷ひとつない。
陽南さんの肩ごし、同じように渋面を作っている耕助さんが目に入る。あっちも大楯で殴ったんだな。
「うおっと」
高圧噴射を転がって避ける。濡れた足元がずるりと滑って身体のバランスがとりづらい。
「これって甲羅を割らないと駄目とか言う?」
「でも土属性が当たり負けしてるのにどうやって……」
「あっ、そういうことか!」
閃いた。
あれだよ、闘技大会のハンマー。緋炎の炎と俺の氷だ。
「全員、火属性にチェンジしましょう!」
俺は声を張り上げた。
耕助さんが頷いて、近くにいた陽南さんのハンマーにすぐさま火属性を付与した。俺は自分のデスサイズとデイジーさんの双剣を火属性にする。姉ちゃんとヒカリは自前の火属性武器に持ち替えた。
「みんな、甲羅を狙って! 甲羅を滅茶苦茶に熱するんだ!」
俺の掛け声でそれぞれが火属性の技で攻撃する。
大亀が何かを察してみんなの火を消そうと水流を放った。
「そうはさせるか!」
俺は前に出て水流を石化させる。やっぱりこの技はデスサイズ特性の方だから、火属性を付与しても使えるみたいだ。大鎌をもう一振りして石になった水を粉々に粉砕する。
ぎょろりと目を動かした亀が俺にターゲットを絞ってもう一度水を噴射した。
身体の前で大鎌をくるりと回して石化し、それを砕く。そのまま踏み込んで亀の本体に斬りかかると、鎌の切っ先さえ触れないよう大ぶりの回避行動を取ってくる。明らかに石化を警戒してるな。
俺と亀がやり合っている間に亀の甲羅はどんどん熱くなって、色が少し白っぽくなってきていた。そろそろか。
「次は水属性にチェンジ! 一気に冷やして!」
ここまでくればみんなも俺の意図がわかったようだ。
「姉ちゃん来て!」
俺は亀と睨み合ったまま姉ちゃんを呼んで予備弓に氷属性を付与した。
「氷降らすよー!」
姉ちゃんが宣言して氷の雨を降らせる。そこへみんなの水技を加えて甲羅を急速冷却する。
危機を感じた大亀が体勢を変えようとした時にはもうすでに遅かった。
「天砕打!」
耕助さんに土属性を付与された陽南さんのハンマーが、亀の甲羅の中心点を正確に殴打する。温度差で脆くなっていた厚い甲羅は、容赦ない打撃によって卵の殻のように割れて剥がれ落ちた。
「やったあ!」
スカーレットの映像はこういう意味だったんだな。ちゃんとヒントになっていたんだ。
「グギャアアアァァァ!」
喝采するみんなの声をかき消すように、大亀の中身が雄叫びをあげた。
あれ、キラキラエフェクトが出ないぞ。まだ全然元気?
亀って甲羅が無くなると死んじゃうって昔聞いた気がするんだけどこれは違うのか。空想世界の亀だから?
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(2023.2.20修正)脱字修正しました。




