35.プロモーションビデオ
いつもありがとうございます。
温泉旅行から上機嫌で帰宅した姉ちゃんに円堂先生の話をしたところ、床に崩れ落ちてぴくりとも動かなくなってしまった。それでも姉ちゃんの返答は夜鳩商会一択だった。
「姉ちゃんも円堂先生と知り合いなんだ?」
「思いっきり上司よ。秘書室長なの」
わお。めっちゃ近かったぞ。
「すごいな、まだ若いよね?」
「この間、四捨五入40歳になったって言ってたわ。あの人、親会社の創業家一族の出なのよ。モニターの参加対象外だから、まさかいるとは思わなかったわ」
よろよろと起き上がってダイニングの椅子に座った姉ちゃん、眉間に皺を寄せ今度はすごい勢いで温泉饅頭を食べる。あっという間にもう三個目だよ。オビクロで太らないからって際限なくお菓子を食べる癖がついてるんじゃないの。
「室長、サヨリなんて陰口叩かれてるけど上司としては信用できる人だから。彼がそういう提案してくるなら商会に入った方が良い状況なんだと思うわ」
「サヨリ?」
「魚の名前よ。サヨリって外見は綺麗だけど開くとお腹の中が真っ黒だから、腹黒い人のことをそう例えるのよ」
へえ。勉強になります。
「むしろここで教えて貰って良かったわ。運営の現場処理班なんて冗談じゃない……って、海くんはそれで大丈夫? 私が勝手に決めちゃってるけど」
今さら気づいたように首を傾げた姉ちゃんに、俺はパタパタと手を振った。
「俺もどちらかといえば商会の方が」
だってナナ師匠には悪いけどさ、特務はブラックの匂いしかしない。無茶振りも絶対ありそうだし。対して円堂先生は、腹黒と呼ばれようとも味方につければ心強いタイプと見た。選ぶなら絶対後者でしょ。
「それじゃ先生に連絡しておくね」
そうそう、連絡方法の話も姉ちゃんたちにしておかないとな。
こうしてすごく頑張った感じのGWが終わり、大学の授業ではうつらうつらと舟を漕いで、いつもより遅くまで剣道部の練習をして帰宅。
眠いけどちょっとだけオビクロにログインする。
留守中のログを読むと、緋炎率いるスカーレットが闘技大会のパーティ戦が終わったその日のうちに西国第四の街・王都ウェスフォースに入ったというお知らせが入っていた。血の気多いなあ。
仮宿から西3に出る。
すぐ近くの裏通りに赤ネームの暗殺対象が二人ほどいたので、サクっとフライパンで片付けて表通りに戻った。
闘技大会用に作って余ったバフつき菓子を商業ギルドの委託販売に出していたので、どうなったのかを確認に行く。
ギルド直営店舗に行くと、お菓子は完売していた。良かった。再販リクエストも結構入っているそうだ。嬉しいな。
ギルドの受付嬢に貸店舗の勧誘を熱心にされたけど、まだ一箇所で商売するつもりはないので適当に流して出てきた。
耕助さんから西2の食事処にいるとメッセージが入ったので、一旦仮宿に戻ることにして道を急ぐんだけど人々にめっちゃガン見されてる感じがする。振り返ってまで見るのヤメテ。
やっぱこれかな、背中に背負ったデスサイズ。
でかいしな、そして目立つし。派手にやりすぎたかもしれない。クエスト以外ではインベントリにしまっておいた方がいいのかな。
「おーい、カイさん!」
後ろから誰かに呼ばれた。あまり聞かない声に誰だっけ、と思って振り向くと、闘技大会で対戦した斬鉄団の黒い獣人さんが手を振りながらこちらを追いかけてくるところだった。
「えっと、唐竹さん。こんにちは」
「やあ、遅くなったけど大会優勝おめでとう」
「ありがとうございます。斬鉄団さんもパーティ戦おめでとうございます」
「ありがとう」
彼の背後から遅れて連れの人たちが歩いてくる。全員男性で、みんな強そうなオーラが出てる。この人たちが斬鉄団の仲間かな。いかにも戦士の集団って感じでカッコいいなあ。
「それで俺に何か?」
「聞きたいことがあったんだけど。君たち、西1の境界戦勝ったよね、どうやって攻略したか差し障りない範囲で教えてもらえないかと」
「えっ」
斬鉄団があの馬に手こずってる? 相性悪いのかね。
唐竹さんは眉を下げた。
「あいつとにかく固いでしょう、なかなか削りきれなくて。結局体力負けしちまう」
ああ、確かに俺たちもそのへん心配したもんな。あの馬頭、タフだったし。
俺は唐竹さんと連れの人たちに、馬頭と戦った時のことを順を追って話した。
「なるほど。ありがとう、参考になった」
いやいや、こちらこそ恐れ多い。ところでさっきから気になってることがある。
「あの、どうして俺が西1に行ったこと知ってるんですか?」
彼らはきょとんとした表情になる。
「まだPV観てない?」
「PV、ですか?」
「昨日配信された新しいバージョン。境界戦のシーンも三種類入ってたけど、うちとスカーレットの他に、君とヒカリさんが一緒に戦ってる映像が入ってたから、もしかして君たちが西1の初討伐パーティじゃないかと思ったんだ」
ザッと血の気が引いた。これはまずいぞ姉ちゃん!
「ありがとうございます!」
斬鉄団の人たちに挨拶すると慌てて仮宿まで走って戻った。
マイルームで問題のPVを再生する。
俺たちのシーンは斬鉄団が三叉の蛇をダイナミックにぶった斬った後だった。時系列で入ってるんだな。
まずは姉ちゃんが空中で弓を射るシーン。うおおお格好いいぃ! ……じゃなくって、姉ちゃん後ろ姿だから多分セーフ。
それからカウンターで馬頭の腕を凍らせた瞬間の耕助さん、斜め後ろからのアングル。近くでハンマーを構える俺の横顔、その向こう側に陽南さんと小さくデイジーさん。
最後に大技の剣を振り上げるヒカリの正面顔で俺たちの分は終わり。次のスカーレットの映像に切り替わった。
俺が付与するシーンもぎりぎり映ってないし、これは大丈夫……なのか?
仮宿から西2に出て待ち合わせの飯屋に行くと、耕助さんとヒカリが揃っていた。
「新しいPV観ました?」
挨拶もそこそこに訊ねる。
「いや、まだ」
PVなど対外用の映像は、ゲーム内ではマイルームみたいなプレイヤー用スペースじゃないと観られないので、とりあえず俺が観てきたものを二人に話した。二人の顔がだんだん強張ってゆく。
「なんたる盲点……」
話が終わると耕助さんは頭を抱えた。
「とりあえず今回はセーフだと思うんですけど」
「今回は大丈夫でも今後は対策した方がいいんじゃないの」
運営はおそらくどんな映像のどんなアングルでも持っている。顔を映されたくなければ自衛するしかない。って、やっぱり物理で顔を隠すしかないよな。
「……クエストの時は俺もカイみたいなゴーグルするか。陽南んトコで買えるよな?」
「はい」
「いっそみんなでゴーグルして『ゴーグル団』ってパーティ結成しちゃえば?」
ヒカリが軽く言う。
「それ、意外とアリかも」
だって俺と耕助さん、姉ちゃんは顔出ししたくないし、NPCプレイしてるデイジーさんもクエスト参加してるところは人に見られたくない。陽南さんは鍛治仕事で使うのか、いつも装備のどこかにゴーグルぶら下げてるしな。
いっそパーティのトレードマークにしてみんなでゴーグル装着すれば、顔を隠したがっている社員じゃなくてお揃い装備目的のパーティだと周囲に思わせることもできるだろう。
「なるほど。ちょっと他の奴らにも相談してみるか。PVに出ちまった以上、この先パーティ名を名乗る場面もありそうだしな」
話が一段落ついたところで、俺と耕助さんはスキルカードの取引をした。
耕助さんは正当な報酬だと言って、調べた相場にかなりオマケを足した上で入金してくれた。
これ、彼の全財産に近い金額じゃないのかな。ありがたいけどちょっと恐縮してしまう俺である。
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(2023.2.20修正)脱字修正しました。




