33.さすがに想定外
いつもありがとうございます。
さて、GW後半。俺は予定通り大学の剣道部の合宿に突入した。
とはいっても、山とか海に出かけるわけじゃなく、大学敷地内の合宿所にこもって貸布団代と食費だけ徴収される格安なものだ。
俺は入学したての一年生なので雑用も多くて大忙しだ。姉ちゃんも旅行に出掛けているし、たまにはゲームからすっぱり離れてリアル活動に集中しようと思っていた。だから、まさかゲーム世界の方から追いかけてくるなんて思ってもみなかったのだ。
「……という訳で、こちらは合宿中、コーチの手伝いをしてくれるOBの円堂千里君だ。彼は今も全日本クラスの現役選手で……」
なんかものすごく見覚えのある人が顧問に紹介されてるんだけど。
集合した部員を神妙な表情で見回していた彼は、俺のところでピタリと視線を止めた。目が合わないように顧問の話を熱心に聞いてるふりをするけど、こっちを凝視してるのがわかる。
それから「あ、わかった」という顔をした。その様子が大学で初めて遭遇した時のヒカリにそっくりだったので、もうこれは身バレしたと思っていいだろう。
でもこんなところで会うのはさすがに想定外だった。夜鳩商会のセンリさん。
「お疲れさま」
休憩時間、高校時代とはまたひと味違う練習に伸びていると、センリ氏もとい円堂先生が隣にやってきた。ドリンクを持ってきてくれたのでありがたく頂戴する。
「支倉、去年のインターハイ2位だって? 後で相手して」
「はい」
さっき先輩たちが軒並みボコボコにされてたよな。震えるわあ。
「それと闘技大会も優勝おめでとう」
「見てらしたんですか」
あの無茶苦茶な戦いをリアル強者に観戦されるのはなかなか恥ずかしいものがある。
「妹が出てたから。準決勝で当たっただろう?」
「ごふっ」
危うくドリンクを喉に詰まらせて死ぬところだった。
「ミ……ミリアさんの」
「うん」
この兄妹、なんかやばい遺伝子が組み込まれてない?
「強い相手と戦えて彼女も喜んでたから、良かったらまた相手してやってくれ」
「……機会がありましたら……」
二度とごめんですが!
体操座りの膝に頭を載せて、隣の横顔をそっと見る。
「……先生、アバター全然弄ってないんですね」
見た感じ、髪の色も形も、顔の造形もまったくセンリ氏と同じだ。ここまでゲーム内とそっくりだと逆に脳がバグる感じがする。
「VRは初めてなんだが、自分じゃない感じがどうしても駄目だったんだ」
だからといって生体データそのままっていうのも潔い。
「俺、センリ氏のことNPCだと思ってました」
「一応NPC設定なんだ。そう思わせるように振る舞ってる」
言われてみればそうだよな、一般プレイヤーが開始一ヶ月で国際的大商会の商会長になんてなれるはずがない。
ってことは。
「先生ってGK社の人なんですか?」
「うん。制作とは全然関係ない部署だけど、そっちの先輩に頼まれて手伝っている」
はいアウトー!
姉ちゃん連れて夜鳩商会行かなくてよかった。気をつけなくちゃ、と胸を撫で下ろしたのも束の間。
「支倉、前から誰かに似てると思っていたが、もしかしてうちの社にお姉さんいる?」
ギャーーーーーーッ!
俺の表情が答えになってしまったのだろう。彼は「やっぱりそうか」と頷いた。わあああ姉ちゃんごめん!
「えっと、その、すみません、姉はゲーム内で他の社員の人と関わりたくないみたいで」
「うん。噂は聞いてる」
「噂?」
「誰かが作った『まだ発見されてない社員リスト』なるものがあって」
うわーやっぱり存在してたか!
そういうの、作る奴っているんだよなあ。他人のことなんてほっとけよ。
「姉はアバターを知られたくないそうなので、できれば遭遇しても気づかないふりをしていただけると助かるんですが」
「そうか」
ふむ、と彼は口元に手を当てて少し考えると、おもむろに言った。
「……ひとつ提案があるんだが。嫌なら断ってくれても構わない」
「はい?」
「君とお姉さん、二人で夜鳩商会に入らないか?」
「入る、とは? それってどういう」
彼はちらりと周囲を確認した。みんな思い思いに休憩していて、こちらに注意を払っている者はいない。
「これはオフレコで頼む。騎士団の特務機関が運営の現場処理係だってことはナナさんから聞いてるな。あそこ、人手を増やしたくて社員の中から使えそうな人材をピックアップしてる最中なんだ。おそらく君のお姉さんも候補に挙がってる」
「えっ」
「彼女はうまくやりすぎたな」
「えええ……」
言われてみればわからんでもない。運営がこっそり仕事をさせるなら社員であることを隠している人間の方が使いやすいし、他の社員と横の繋がりが少ない方が好ましい。俺でもそういうのを選ぶ。でもこっちは困るんだよな。
「そこで夜鳩商会だ。これはゲームの元々の設定では旧皇国の残党による諜報機関ってことになっているんだが、リアルの社内では特務チームの別働隊みたいな位置付けになってる。こちらに入ってしまえば運営からの話を断ることができるよ」
「具体的には何をするんですか」
「普通に来たクエストをこなす感じでいい。暗殺者同様、他言無用になるけど。その点は君もお姉さんも信用してる。あとは暇な時たまに店を手伝ってくれると嬉しい」
ううむ。簡単そうに聞こえるんだけど。
「先生が考えるメリットとデメリットを教えていただけますか?」
この質問がお気に召したようで、円堂先生はセンリ氏よりも人間ぽい笑みを浮かべた。
「メリット。俺自身は運営じゃないからあちらとは距離がとれるし、その分無茶振りされることも少ないと思う。お姉さんが他の社員と顔を合わせる危険性もこちらの方が低い。あと、これは特務とも共通だがゲームに入ってる間の時間外勤務手当が今より上がる」
「なるほど……」
一番大切なのは姉ちゃんが平和なことだ。
「デメリット。そうだな……商会はモブじゃないから、商会の肩書きで他人に警戒されたり逆に接近を受ける可能性がある。それから最悪の場合、特務と合同任務が発生する確率もゼロではない。あとデメリットかどうかわからないが、旧皇国の国教・アルケナ教の洗礼を受ける必要がある。現時点では一度入った宗教の変更はできない」
わりと正直に教えてくれた感じだな。最悪の場合もちゃんと教えてくれたのは個人的にポイント高い。
「いちど持ち帰って、姉と相談していいですか?」
彼は当然といった様子で頷いた。
「後で連絡先渡すから」
「別に商会に伺っても構いませんけど」
いや、と彼は首を横に振った。
「オビクロ内で話したり関連ツールを使うと運営に筒抜けになる。今回に限らず、他人に聞かれたくない相談はオフラインかプライベートなルートですることだ。覚えておくといい」
うわ、たしかにそうだ。運営にはプレイヤーのログが残ってるもんな。今まで気にしたことなかったけど、ゲーム内では密室にいても秘密にならないってことか。気をつけなくては。
休憩時間が終わり、集合の合図がかかった。
そして予告通り円堂先生に稽古をつけてもらった俺は完膚なきまでに叩きのめされ、間違いなくこの人がミリアの兄だと確信したのだった。
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先日、気になった改行を修正したのでほぼ全話に改稿マークがついていますが、内容の変更はありません。
(2023.1.11修正)表記ミスを修正しました。
(2023.2.20修正)脱字修正しました。




