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愉快な社畜たちとゆくVRMMO  作者: なつのぎ


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26.免許皆伝

寒いですね。みなさん暖かくしてお過ごしください。

 いよいよ楽しい修行の日々にも終わりがやってきた。


「いままで厳しい指導によく着いてきたな」


 騎士団の厨房で、両手を後ろで組んだ師匠が厳かに告げた。


「暗殺料理人、免許皆伝だ」


「ありがとうございます!」


 俺は深々と頭を下げた。


 駄目元で頼んだ時に想像していたよりもずっとたくさんのことを教えて貰うことができた。


 もしかするとリアルでも料理人になれてしまいそうなくらい、ってのは言い過ぎかもしれないけど。でもリアルで姉ちゃんにも料理を褒めてもらえたしな。


「お前にはこれをやろう」


 ポーンと電子音が鳴った。


【称号を獲得しました : 暗殺料理人】


 効果は『戦闘後60分の間に完成させた料理(製菓を含む)の効果が+30%・スキル「時間操作」追加』。


「時間操作?」


「材料を寝かしたり長時間煮込む時間を短縮できる」


 それってビーフシチューも角煮もパン作りも、すぐに次の工程に行けるってことですか?


 よくある『これから半日寝かすの? 今夜食べたかったのに!』ってのがなくなるやつ?


「ふおおおお素晴らしい」


「そうだろう、そうだろう」


 満足げに師匠は頷いた。


「それから食材の仕入れ先なんだが。……すまない、彼は来ているだろうか」


 ドアを開けて廊下にいる騎士団員に声をかける。


 程なくして、ひとりの人物が厨房に入ってきた。髪も瞳も黒く、ビジネスマンのように髪を整え隙なくスーツを着こなした30歳くらいの男性だ。このゲーム世界にはひどくそぐわない、リアルのオフィス街にそのままいそうな風体だった。


「こちらは夜鳩(ナイトピジョン)商会のセンリさん」


「初めまして」


 優雅に差し出された手を俺は握り返した。目線が少しだけ高い。


「ナナ師匠の弟子のカイです。初めまして」


 センリ氏はにこりと上品に微笑んだ。この整いすぎた笑い方、すごくNPCっぽいな。


「夜鳩商会はこの大陸全土にいくつもの店舗をもつ大商会で、彼はその商会長さんなんだ」


「ナナ様からは将来有望なお弟子様が入られたとお聞きしております。お会いできて光栄です」


「いえ、……こちらこそ」


 うーん。俺この間までただの高校生だったから、こういうの慣れてないんだよな。こう、大人のビジネス美辞麗句。


「センリさん、カイに会員証をお願いしたいのだけど」


「御用意しております」


 彼は懐から白い封筒を取り出して師匠に手渡した。師匠はそれを俺に寄越す。


 中から出てきたのは金色のカードだった。


「これは夜鳩商会の会員証だ。店ではカードがなくても買い物できるが、あれば店頭には置いてないものが購入できるし、カードの色によって買える品も変わる。だから、ここで購入した物を口外するのはお勧めできないとだけ言っておく」


「わかりました」


 国際的大商会ならそのうちメインシナリオにも登場しそう。この人、全然モブっぽくないし。


「この西国には珍しい米や醤油などの食材も取り揃えております。それ以外でも大抵の品物は御用意できると思いますのでお気軽に御相談下さい」


「大抵? 夜鳩商会に無いものはないって聞いたぞ」


 師匠がにやりと笑って聞き返した。センリ氏はぱちりと目を瞬かせた。


「そんな。当商会にも手に入らないものはございますよ」


「どんな?」


 そうですね、とセンリ氏は少し思案するふりをする。


「恥ずかしながら、ドラゴンの肉などは我が商会においても入手不可能ですね」


「えっドラゴン?」


 俺は思わず声をあげてしまった。


「この大陸にドラゴンなんて存在するんですか?」


 そりゃファンタジーでは定番の生物だけど。この世界でそんなものと遭遇する機会があるってこと? あの浪漫あふれる巨大生物と?


「大厄災より古くは大陸全土にいたと伝えられていますね。現在は旧皇国領にのみ生き残っていると噂されています」


「旧皇国っていまは立ち入ることができないという?」


「カイ様は渡り人でしたね」


 センリ氏は頷いた。


「かつてこの大陸に栄えた皇国は、突如襲った大厄災により七日を待たずに滅んだと伝えられています。民は四方に逃れ、そこで現在の国の礎となる四つの国を作りました。取り残された皇国は隆起した高い土の壁に閉ざされて二度と立ち入ることは叶わず、すべての民はいつの日にか故国に帰ることを悲願とするようになったのです」


「そうなんですね……」


「ドラゴンの肉は伝え聞くにそれはもう筆舌に尽くしがたい美味なものだそうです。それゆえ狩りのために険しい山を越えて旧皇国領に入ろうと試みる食材ハンターが後を絶たないと聞きますが、いまだ成功したという話はございません。それゆえ我が商会でも仕入れ不可能の品目に数えられているのでございます」


「じゅるり……」


 師匠、口元に手を当てて考えるフリしてこっそりヨダレ拭いてるよ。


「古い書物に一生に一度は食べてみるべしとも記述されているドラゴンの肉は、商人としても一個人としても非常に興味深く思います」


「それってドラゴンを発見するだけじゃなくて、戦って倒さなくちゃいけないんですよね」


 俺のコメントに、センリ氏は上品に小さく微笑んだ。


「不思議な力をもつ渡り人の方ならばあるいは、可能なのかもしれません」


 師匠がキラキラした目で俺の肩をぽんと叩いた。


「カイ、お土産待ってるから」


「いや無理ですって」


「もしドラゴンの肉を御入手の際は、是非当商会へも御連絡下さいませ」


「あっハイ」


 センリ氏、静かに圧が強い。こういうとこ、やっぱり大商会の会長さんなんだな。


 このゲームはたぶんプレイヤーが西南東北の順に大陸の外周をぐるっと回った後、最終的に内側の遺跡へ探索に行く感じのストーリー展開になるんだろうけど、まさかこの先ドラゴンと戦うクエストがあるんだろうか。


 センリ氏はポケットから懐中時計を出して時刻を確認した。


「では私はそろそろ」


「ああ、忙しいのにどうもありがとう」


 師匠の言葉に合わせて俺は頭を下げた。


 センリ氏は最初と同じ完璧に整った笑みを見せた。


「カイ様、夜鳩商会はウィンドナではこのウェスファストと王都ウェスフォースに店を構えております。どの店舗も街の中心の大通り沿いにございますので、お気軽にお立ち寄りくださいませ」


「はい。ありがとうございます」


 センリ氏は優雅な足取りで帰って行った。はあ。妙に緊張した。


 入れ替わりに、修行中に顔見知りになった人たちが厨房にやってきた。特務の人も、一般の騎士団員の人もいる。


「終了おめでとう」


「行っちまうのか、寂しくなるなあ」


「お前さんの料理も美味かったぜ」


 師匠は俺の肩を優しく叩いた。


「またいつでも遊びに来い。歓迎するぞ」


「はい。また顔を出しますね」


「派遣シェフの毒殺ミッションがあったら指名で呼んであげるねー」


 いつからそこにいたのか、特務のおじさんが厨房のドアから首だけ覗かせて小声で言う。


「呼ばなくていいです」


「賞金首狩りもよろしくお願いしまーす」


「はいはい」


 笑いながら手を振って、俺は皆に別れを告げた。


 外に出ようとしてふと思い出す。そういえば資料室。古い皇国の地図も置いてあったな。


「……見ておくか」


 俺の足は二階へあがる階段に向かっていた。


 アリスさんとはあの後も何度かお茶をご一緒させて貰ったし、挨拶もしておきたい。

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(2023.1.9修正)改行を一部変更しました。

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