25.西3境界戦
メリークリスマス!
さて、タイミングが良いのか悪いのか。
翌日は西3への境界に挑戦である。仕方ないよね、先週から決めてた日程だし。
前回と同様、境界の魔物がいる洞窟の前で待ち合わせだ。
俺と姉ちゃんが到着すると、耕助さんとヒカリ(同じ年だったのでさん付けはやめることにした)はすでに来ていた。彼らはすでにクリア済みだが、ヘルプを頼んでいたのだ。
「こんにちは」
姉ちゃんと耕助さんは挨拶をしたきり押し黙った。
向かい合って、背後にゴゴゴゴとか効果音がつきそうな雰囲気で睨み合っている。
え、なんなのこれこわい。
気圧されていたら、ヒカリがそっと腕を引いてその場から少し離れた場所に連れていってくれた。
「なんかごめんな」
「そっちもか」
「ほんとあいつら面倒くさいな」
だいたいの事情を察して俺たちはため息をついた。
「あれ、ヒカリまた装備が新しくなってる?」
ふと彼の金属鎧が以前のものより装飾の多い凝った形のものになっていることに気づいた。
「ああ、うん。武器がさ、まだこれといった強力なのが出回ってないからどうしても防具中心のアップデートになるんだよな」
「へえ、そうなんだ」
というかヒカリってマメだな。装備によく手を入れてる。
「カイはあんまり装備とか気にしてない感じ?」
「買う気はあるんだけど西3のラインナップ見てからにしようかと」
とはいっても、俺は鎧なんかの本格的なファンタジー衣装には腰がひけてるので、デイジーさんの作ってくれた普通の服っぽい装備に付け足せるような地味なものを求めてるんだけど。
「西3は物はいいけど値段もすごくよろしいよ」
ヒカリがゲンナリしている。
「想像はつくよ。俺ちょっと前に暴漢に襲われて返り討ちにしたらそいつ賞金首でさ、結構な金額貰っちゃってびっくりしたんだけど、騎士団の人に『装備買ったらすぐ溶けてなくなりますよ』って言われてうわーって思った」
これは暗殺者になる前の事件だから話しても大丈夫だよな。
「PKに遭遇したのか?」
ヒカリが心配そうに眉を顰めたので、慌てて「イヤイヤ」と手を振った。
「フライパン一発で倒せたから心配ないよ。でもその時、PKがかなり沢山いるみたいな話聞いたんだけど、あれってなんのためにやるんだろ? 説明書見ると損しかしないみたいだし、不思議だよな」
「それなあ。理解しがたいよな」
ヒカリも首を捻っている。
「ていうか、そもそもどうしてPKが実装されてるんだろ。非推奨行為なのに」
「それは選別用じゃないかな」
即答で返ってきてちょっとびっくりした。
「選別?」
「ほら、NPCのAIはゲーム内のプレイヤーの行動からも随時学習するって説明書に書いてあっただろ? キルしても相手のアイテムがもらえるわけでもなし、ペナルティばかり、それでも殺る人間てのはつまり、純粋に他人を殺したい願望を持ってる人間とも言える。そういうやばい人種をラベリングして、例えばAIの学習対象から除外するとか」
「除外対象を炙り出す手段ってことか。なるほど」
ヒカリって頭いいなあ。
と思っていたら彼はニヤリと笑って声を潜めた。
「でもGK社の親会社の円堂グループって信用スコア事業なんかも持ってるだろ? もしかしたらゲーム内の行動で信用スコアの裏データ作られてる可能性も……」
「怖い怖い! 洒落にならんわ!」
俺の慌てぶりにヒカリは声をあげて笑った。
「まあ今のは冗談だけどさ。でもゲームくらい自由にさせて欲しいよな。所詮ゲームなんだから」
「だよね……」
いやほんと、それはアカン。
だってほら俺、暗殺者だもん。そんなのあったら変なカテゴリーに分類されちゃう。ヤダアー。
と、そんな話をしながらふと姉ちゃんたちの方に目を向けたら、姉ちゃんと耕助さんが両手でがっしと固い握手を交わしたところだった。
「……なんか合意したみたい?」
「そのようだな」
俺たちは二人のところに戻った。
「協力することになった」
と真剣な面持ちの姉ちゃんが言うので、俺は耕助さんに向き直った。やっぱりきちんとしとかなきゃ。
「姉のことではご迷惑にならないよう気をつけますので、今後ともよろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとう。こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げると、やさぐれ風味を出してる普段の耕助さんとは違う真面目な挨拶ときっちりしたお辞儀が返ってきた。これが外面の方なんだろうな。その背後でヒカリが舌を出して「キモい」って顔してる。
「ありがとカイくん」
「姉ちゃんも良かったね」
まあ俺が余計なこと話したのが発端だからな。せっかく仲良くなったフレンドさんだし、丸くおさまってほっとした。
ちょうどこのタイミングでデイジーさんと陽南さんがきてくれたので、魔物に挑戦する前に俺はみんなにおやつを配った。食べてから10分間だけバフがつくミートパイ。
「おお、STRが+10ついてる!」
やっと職業料理人らしくなってきたぞ。二個ずつ渡して一個はインベントリに入れといてもらった。
「ここの魔物は頭が三つある毒蛇だ。毒を受けるとHPがすごい勢いで減っていくから、我慢しないですぐ下がって解毒ポーションを飲んでくれ」
ミートパイを食べながら耕助さんが説明してくれた。
「属性は土。弱点属性は風だが火もまあまあ効く」
姉ちゃんも火弓だし、聞けばヒカリも今は炎の剣なのだそうだ。俺は自分のハンマーと残りの三人の武器に風属性を付与した。
「それじゃ行くぞ!」
連れ立って洞窟に入る。
植物園の熱帯コーナーに入った時のような、むっとした空気が肌を包んだ。
トンネルの先に天井が高くて大きく開けたような場所があり、そこに巨大な蛇がとぐろを巻いていた。
上部の岩の割れ目が採光窓の役割を果たしていて、広場内は明るい。2メートル以上はありそうな太い胴回りを取り巻く鱗の模様も細部まではっきりわかる。頭は聞いたとおりの三つ。
「うわ……」
やだなあ。蛇ってだけでも怖いのに、なんでこんなにでかいの。気持ち悪いな。ヌルニョロテカテカしてるし。
姉ちゃんが戦闘開始の『Yes』を押した。
「キシャアアアアァァッ」
大蛇の空気を切り裂くような甲高い叫びとともに俺たちは武器を振り上げた。
姉ちゃんが一発目から火の雨を降らせる。
その中を、とりあえずは突っ込んで行くよね。
俺は毒無効持ちだから奴の吐く紫色の息なんて気にしなくていいし、姉ちゃんもある程度は耐性があるはずだ。
こちらにまっすぐ向かってくる頭を一旦避ける。俺の背後にいるメンバーに標的を変えてそのまま伸びる背中沿いに蛇の首元まで追いかけた。頭を下げるタイミングで、斜め下からハンマーをスイングする。
これ、前回のパーティ戦のときに気づいたんだけど、俺はハンマーを上に持ち上げて殴ろうとするのに対し、同じ武器を使う陽南さんはゴルフクラブみたいに下から遠心力を使って振る。
真似してみたら、陽南さん式の方が小さい力で標的にも当てやすいことがわかったので、俺もこちらを使うようになったのだ。
下から振り上げて蛇の頭のひとつを狙う。頭部を突き出して大きく口をあける大蛇。そこへハンマーがまっすぐヒットした。上の牙に直撃だ。
固い何かがひび割れるような感触がハンマー越しに伝わってきて、その頭がのたうち回って悲鳴をあげる。
他の二つの頭が引っ張られて低い位置にきたところへ駆け寄った陽南さんがハンマーで、耕助さんが大楯で、それぞれ頭をぶん殴った。
って、あの盾で殴っちゃうの!? ひええ。おっかないな。
二人の攻撃がクリティカルで入って二つの頭がスタン状態になったので、もう一つはやっぱり俺がやらないとな。もう一回、さっきの奴の額を狙ってハンマーを打ち込んだ。
三つめの頭も行動不能になったところで、蛇の頭部と垂直に位置取ったヒカリが必殺技の巨大な剣を振り下ろす。
三叉の首が全部まとめてふっ飛んだ。
続けて残った胴にもう一度ハンマーを叩き込もうとしたが、ヒットしたにもかかわらず手応えがまったくなかった。
「……えっ?」
大蛇が灰のように崩れ、キラキラエフェクトとともに消えていく。
ポーンと電子音が鳴った。
【戦闘終了です。あなたがたはウェスセカンド南の境界『邪悪なる岩窟の主』の討伐に成功しました。これより西国ウィンドナ第三の街ウェスサードへ行くことができます】
「ええええっ? ちょっ、早すぎない!?」
悲鳴のような声があがった。
「私、まだちょっとしか射ってないよ」
「私もです」
姉ちゃんとデイジーさんが呆然としている。
「いやあ、前の時はもうちょっと手こずったんだが」
ガリガリと頭をかきながら耕助さんが言った。
どうもこの大蛇、首斬ったら一発終了だったっぽい。プレイヤーが一番最初に挑戦する想定のエリアボスだったから、易しめの設定になってたのかもしれない。
あまりにも呆気ない終わり方に不完全燃焼を訴えながら、俺たちはぞろぞろと洞窟を出た。
報酬は『細密の腕輪』、器用度があがるDEX+10。それに『大毒蛇の皮』『大毒蛇の骨』『大毒蛇の牙』。素材は装備生産門外漢の俺には相変わらず何に使うのかよくわからない素材だ。
洞窟を出ると先ほどまではなかった横道ができていて、歩いていくと西3、ウェスサードの街壁の門の前に出た。
街に入って渡り人の仮宿を目指す。
「ねえ、カイはどこかで店とか出す予定?」
隣を歩くヒカリが訊いてきた。
「いや、まだ修行中だし。店なんて考えたことないわ」
「その料理売れると思うよ。効果付きなのもあるけど、そのへんの店で売ってるのよりずっと美味い」
「そう? ありがと」
そういや最近はずっと自分で作ったもの食べてたから、あんまり外で買ったことなかったわ。
自分の店ねえ……興味がなくもないけど、義務になってしまうのは困るかな。
「たしか委託販売みたいなのがあったよな」
「この西3から機能解放されるよ。商業ギルドで手続きするはず」
この街に先に入ってるヒカリはさすがに詳しい。たしか委託して、ギルドの直営店に並べて売る形式だったっけ。
「それやってみようかな」
「出す時教えて。俺、買うから」
わあ、お得意様第一号だ。嬉しいな。
「ヒカリなら直接言ってくれれば好きなの作るよ」
「ほんと? 本気で頼んじゃうよ?」
「いつでもメッセージ入れてよ」
仮宿に着いたところでヒカリと耕助さんとは別れた。戦い足りないのでもうちょっとモンスターを狩りに行くとのこと。
相変わらず元気な兄弟だと思ったけれど、聞いてみたら、耕助さんは営業職なのでそれなりに攻略しておかないと仕事で話を振られた時に困る、だそうだ。
姉ちゃんが陰でこっそり「秘書室でよかったわ」と呟いていた。
俺たちは仮宿に入って登録。今日のミッションはこれで終わり。
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(2023.1.9修正)改行を一部変更しました。
(2023.1.11修正)表記ミスを修正しました。




