24.君の名は
寒いですね。いつもありがとうございます。
「あっ、この生姜焼きすごく美味しいねお母さん!」
このところ歓迎会や接待が続いてた姉ちゃんが、久しぶりに自宅で夕飯を食べている。料理をひと口食べてあげた声に、俺は思わずガッツポーズをする。
「よおし」
「菜穂ちゃん、それ海くんが作ってくれたのよ」
ニコニコ顔の母さんがスープのお椀を置きながら言う。
「えっ? なんでなんで?」
「ゲームの中でいま料理修行してるんだよ。普通の手順で作るから現実でもできそうだなって思って試してみた」
「えっそうなの? すごいよこれ最高だよ!」
うおお、めっちゃ褒められたぞ!
「海くんたらね、もうフライパン持つ手つきからプロっぽいのよ〜」
ジェスチャ付きで乗っかる母さん。
「うん、海くんはフライパンのプロだからねえ」
姉ちゃんズレてんぞ。
「それで大学の方はどうなの? お友達できた?」
あ、その話をしなくちゃいけなかった。
「大学でヒカリさんにばったり会ったよ。同級生だった」
「えーっ」
姉ちゃんは目をまんまるにしている。
俺は樋口君に遭遇した時のことをかいつまんで話した。ヒカリさんがリアルでは耕助さんっぽい外見で、逆に耕助さんがリアルではヒカリさんっぽいところまで。
なぜかその途中あたりから、姉ちゃんの目つきが剣呑になってきた。
ってあれ?
「……これか」
モヤモヤの正体が判明した。
姉ちゃんと前にそういう話をしたんだった。ヒカリさんが誰かに似ているみたいな。
あれ、まさか?
「ねえ海くん。そのヒカリさんって苗字なんていうの?」
「樋口だけど」
「…………ひぐち」
姉ちゃんは顔を顰めてお茶を飲んだ。無言がなんか怖い。
「えっと……もしかして知ってる人だった?」
真顔の頷きが返ってくる。
やだー、ビンゴだった!?
「おそらく耕助さんの正体は営業の樋口慧。女子社員たちが今、血眼になって捜索してるモテ男」
「めっちゃ大物!」
恐ろしい捕獲隊からずっと逃げ続けているって噂のアレか。なんでそんなの引き当てちゃうかなあ。というか、耕助さんもすごいな。
「どうするのこれから」
「ええー……、どうしたらいいのかな、せっかく良いフレンドさんだと思ったのに」
姉ちゃんは眉間に皺を寄せてウンウン唸ってる。
「本人だとわからないレベルで変装してるんだったら別に良くない?」
「面倒ごとは避けたいでしょ」
「わからんでもないけど。俺、弟の方とはフレンド続けるからね、リア友になっちゃったし」
「そうね、うーん……」
聞いてないな、もう。
そしてこの同時刻、同じような会話がもうひとつの家庭でも交わされていたことなど、俺たちは知るよしもなかった。
「兄貴、ネムちゃんリアル女の子だってよ」
樋口慧が会社から帰宅して着替えていると、九歳年下の弟が通りすがりに廊下から声をかけてきた。
「あ? どこソースだ?」
「今日カイ君にばったり遭遇したのよ大学で。同じ授業に居てさ、そんで聞いたらネムちゃんってカイ君のリアル姉さんなんだって」
「まじか」
思わず声が出た。ずっと中身が成人男性だと信じて疑わなかった相手である。
「それじゃ『ネーちゃん』ってのは愛称じゃなくそのまんま『姉ちゃん』だったのか」
弟はケラケラと笑った。
「兄貴は深読みしすぎなんだよ」
「いやなんで成人女性が小学生になりたがるんだよ、その女どういう趣味してんだよ」
「知らんけど。でも写真見せて貰ったら大和撫子系の賢そうな美人だった」
「賢そう……」
慧は口の中で呟いた。なんとなく思い当たる人物がいる。いや、まさか。
鞄から職場に届いたばかりの女性経済誌の見本誌を出して弟に突き出した。
「あっ、この人! カイ君の姉さんだ」
付箋のついたページを開いて弟が声をあげる。
「ほんとに支倉かよ!」
思わず叫んだ。
あの女、真面目そうな顔して妙な真似をしやがる。
「兄貴、知り合い?」
「そいつは社内の野郎どもがお近づきになりたくて探し回ってる美人秘書だよ」
「へえ、ネムちゃんてモテるんだ」
暢気な弟のコメントに、慧は額に手を当てて呻いた。
「くそ、油断してたぜ。まさかあの小娘がそうだったとは……!」
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