23.エンカウント
いつもありがとうございます。
今日は大学で一限からの授業だった。
俺は剣道部の朝練を終えて道着のまま教室に向かった。二限が空き時間なので授業が終わったらすぐに道場へ戻る予定だ。同じような理由でユニフォーム姿の学生が他にもちらほら見受けられる。
階段教室の後ろの方に荷物を置き、近くの顔見知りに挨拶をして座る。
すると隣の席でスマホをいじっていた男がちらりと見たあと、わざわざ顔をあげてこちらをじっと二度見してきた。
「?」
入学してまだ日も経ってないので、親しくない人の顔は結構おぼろげだ。
会ったことある奴だっけ……いや、ないよな?
黒髪の天パ、前髪が長くて顔がよくわからない。黒縁の太いフレームの眼鏡をかけていて、これって誰かに似てるような似てないような。
一生懸命考えていたら、相手が「あ、わかった」と小さく呟いた。
「もしかしてカイ君?」
「え」
誰だ。姉ちゃん関係以外でその名を呼ぶ男に心当たりがない。
困惑していると彼はぷっと吹き出した。
「俺だよ。ヒカリ」
眼鏡を外して前髪をかき上げる。
「あっ!」
露わになった顔は、カラーリングが違うけれどたしかにヒカリさんだった。ちょっと垂れ目の男前。
「まじか。同じ大学だったの?」
「そうみたいだな。なんかすごく聞き覚えのある声が来たからびっくりしたわ」
「ヒカリさんは全然雰囲気違うな。俺、絶対気づかないよ」
二人で声をあげて笑った。
「ほんとすごい偶然。俺は樋口洸希。経済学部一年」
「支倉海です。法学部一年」
まさかの同い年だった。
俺は自分がオビクロのプレイ可能最低年齢の18歳だから、ゲーム内で会う人は全員年上だと認識してたのだ。
「今の樋口君はどっちかというと耕助さんに寄せてるよね」
「いや、あいつが俺の真似してんのよ」
はい?
ニヤリと笑ったその口の歪め方もすごく耕助さんぽいんだけど。
「あいつ俺の兄貴なんだけど、めっちゃ外面良くて会社じゃそれこそヒカリみたいなキラキラ王子キャラ作っててさ、それに疲れてゲームじゃ非モテを目指すとか言って俺の真似してんの」
「はあ……」
あれはあれで渋くて格好良いと思うけどな。コンセプトは非モテだったのか。
「それでキャラの行き場がなくなった俺が兄貴のロールプレイをしているという」
わあ変な兄弟。
「で? ネムちゃんは? やっぱ大学生?」
「いや、姉は社会人」
「えっ……姉?」
やけにびっくりした様子で聞き返す樋口君。
「ネムちゃんてリアル女子なの?」
「そうだけど」
一体なにをそんなに驚いているんだろう。
「いや、だって。兄貴が『ネムちゃんは絶対男だ!』って力説してたからそうだとばっかり」
「は? なんで?」
思わず低い声が出てしまった。あんな愛らしい生き物のどこを見たらネカマだって判断になるのか。切実に知りたい。
「なんでもロリキャラを選ぶのは九割方成人男性だという統計があるらしくて」
「あー……」
そうなんか。知らなかった。
世の中にはいろんな性癖の人がいるんだな。姉ちゃんは潜伏目的なだけです。
遠い目になってた俺は、樋口君の問いかけで我に返った。
「なあ。お姉さんの写真とかねえの?」
「ん? あるよ」
スマホに入ってる写真を見せてやる。去年俺がインターハイでメダル貰った時に一緒に撮ったものだ。
おお、と樋口君は感嘆の声を漏らした。
「すごい綺麗な人だね」
そうじゃろそうじゃろ。俺の自慢の姉ちゃんだからな。
「たしかにネムちゃんの面影がある。いいなあ優しい姉ちゃん」
「お兄さんの写真はある?」
今度は樋口君がスマホを見せてくれた。
ヒカリさんをそのまま大人っぽくしたような、さわやか好青年がスーツ姿で写っている。きらめく笑顔がアー写っぽい。
「ウソ……これ耕助さんなの? 詐欺じゃない?」
「そうなんだよ。あいつ外じゃこれなんだよキメエだろ。ガラ悪い耕助の方が本性なのにさ」
オビクロで似たようなキャラやってる君がそれ言っちゃうんか?
「あれ?」
いま頭の中をなにかが横切った。
「うん? どうした?」
「いや、なんでもない」
先生が入ってきたので、会話はいったん打ち切った。
なんだっけ? 最近、いまの話に関連したような出来事があったような……?
もやりとしたものを胸のうちに抱えながら、授業を終えた俺は樋口君とリアルの連絡先を交換したのだった。
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