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愉快な社畜たちとゆくVRMMO  作者: なつのぎ


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22.司書さん

いつもありがとうございます。

 それからしばらくの間、俺は西1の騎士団詰所に通っていた。


 毎回師匠と一緒に暗殺に出かけ、帰って料理のレクチャーを受ける。


 撲殺用フライパンは今まで使っていたのは初期装備の物だったので、陽南さんに頼んでもっと硬くて強いものを作って貰った。スキルで土魔法を取って仕事前にフライパンに付与してやれば、さらに強い衝撃を与えることができる。毒と併用すればたいていの相手は一発で仕留められるようになった。


 そして、デイジーさんに暗殺仕事用(用途までは話してないが)の格好いいフードつき黒コートを作って貰ったのでそれを着ていったら師匠にたいそう羨ましがられて、同じデザインの女性用を注文することになったりした。


 ちなみに特務のおじさんも欲しい欲しいと駄々をこねていたが、おっさんとお揃いはごめんなので聞こえないふりをしておいた。


 師匠はもともと和食が得意らしく和食と和菓子をみっちり、洋食と洋菓子はそこそこ、エスニックは師匠もそれほど得意じゃないらしく少しだけ伝授された。


 味噌作りを教えてくれたので醸造スキルを取ったが、残念ながら酒作りはよく知らないとのことなので、これだけは自分で調べる必要があるだろう。


「そういえば、師匠はどうして特務機関に所属しているんですか?」


 料理の下拵えをしながら、ふと疑問に思ったので訊ねてみた。


「どういう意味だ?」


「いえ、これだけ素晴らしい料理が作れるならお店を開くとかできるでしょう?」


 中身入りNPCなら別に他の職業でも構わないのではないだろうか。


「私は作りたいんじゃなくて美味いものが食べたいだけなのだ」


 眉間に皺を寄せて師匠は言った。


「だが今の仕事はそれはもう忙しくて、会社の床に段ボールを引いて三日も寝泊まりなんてこともあるくらい。趣味の料理も作る気力なんてとうに無く外食しようにも店は開いていない。そんな時に降って湧いたこのゲーム内当直の仕事……」


 ひええ。師匠の職場って真っ黒だ。


「情報を集めながら留守番しつつ、好きなものを作って食べる。この騎士団は私の心のオアシスなのだ。商売のために作る料理など持ち合わせておらん」


「し、師匠~」


 まだ若い感じなのにかわいそう。


「俺もっと修行してなんか美味しいもの作ってきます」


「うん、期待してるぞ」


「でもリアルでも無理せず休んでください。そういうの、年をとってからツケが来るって父が言ってたし」


 師匠は仕方なさそうに笑って「善処する」といった。


「そうだカイ、前に言ってた酒作りだが、生産関係なら資料室にひととおりそういう本があると思う。時間がある時にでも見ていくといい」


「わかりました」


 俺は場所を教えてもらった。早速、今日の帰りに寄ってみようと思う。




 資料室は騎士団支部の本館二階だった。奥まって薄暗い一角にその扉はあった。


「失礼しまーす」


 静まり返った部屋にそろりと声をかけて入った。返事はない。


 部屋の中は魔法石のランプでほの明るい。造りが高校の図書室を彷彿とさせた。


 書棚の背表紙を見ながらゆっくり歩く。


 この世界の書物は美しいアルファベットのような謎の文字で書かれてはいるけど、自動翻訳という形で瞬時に意味を理解できるようになっている。


 棚の順に歴史の本、哲学の本。そういえば神様の領域とやらについて調べなければいけなかったことを思い出す。あとで探そう。


 建築の本、ものづくりの本、料理の本。


 目当ての酒についての本を見つけ、ランプの下に行って目を通す。とりあえずは日本酒とワインの仕込み方。余裕があればビールも作れたら良いけど。大切な部分はスクショを撮った。


「こんにちは」


 突然真後ろから声をかけられた。


 俺はびくりとして、振り返った。気配がなかった。いつの間に。


 そこに立っていたのは騎士団の制服を着てバインダーを胸に抱え持った綺麗な女性だった。歳は20代半ばくらい、ランプの灯りがまっすぐで艶やかなロングの金髪に反射してキラキラ光っている。瞳は湖のようなブルー。


「ここに人がくるなんて珍しいわ。私は司書のアリス」


「カイです。厨房で料理人見習いをしています」


「噂の渡り人さんね」


 うふふ、と邪気のない笑顔を向けられた。というか、噂ってなんなの。


「それでカイさんはなにかお探しなのかしら?」


「用事は済みました。あ、でも、神様関係の資料ってありますか?」


「かみさま? カイさんは天の教えに興味があるの?」


「いえ、神様の領域っていうものについて知りたいんですけど。どこの地域がそうだとか」


 んー、と人差し指を口元にあててアリスさんは首を傾げた。


「普通の地図はあるけど、神様の領域が記されたものはないわね」


「それってどこへ行けば調べられますか?」


「そういった資料はたぶん存在しないと思うわ」


 俺はよほど変な顔をしたのだろう。アリスさんは苦笑して首を横に振った。


「だって神様の縄張りなんて人間の目には見えないもの。それに、ひとの信仰の度合いなんかも関係するから、研究者の間ではおそらく絶え間なく変動していると考えられているわね」


 つまりユリアさんのお祖父さんにもらったような神様関係のバフは不確定要素になるってことか。


「そうだったんですね。ありがとうございました」


「いいえ」


「普通の地図を見て行っても良いですか」


「こっちよ」


 アリスさんは棚まで案内してくれた。


「ごゆっくり」


 また気配もなくすっと離れていく。不思議な人だな。


 俺は棚から地図帳を出して開いた。この先の街はどんな感じになっているんだろう、というちょっとした好奇心だったんだけど。


 西1のページから開く。その途端、なにかが視界に入ってきた気がしてウィンドウを見ると、マップの白い部分がみるみるうちに線で埋め尽くされていくのがわかった。


「え、これって……」


 もしかして、地図を見るとまだ行ったことない場所でもマップを作成できるってこと?


 次のページを捲る。西2は割と歩いて埋まっている方だけど、それでも足りない部分が補完されていく。


 これはいい。


 俺は順番にページを開いて地図をマップに入れた。まだ見ぬ西3や王都、その向こうの西5。ついでなので南国フレミアから東国グランドール、北国ミスティンにも目を通しておく。


 すごい。


 あっと言う間に全ての国のマップが完成してしまった。細かい施設や店などは自分の足で記入しなくてはいけないけれど、道がわかるだけでも大助かりだ。


 ホクホクして閲覧を終えると、出入り口近くの机でアリスさんがなにか作業しているのが見えた。


「アリスさん」


「あら、終わったの?」


「はい。ありがとうございました」


 あ、そうだ。


 ふと思いついて、俺はインベントリに手を入れ、先程師匠と一緒に作った包装済みのお菓子をいくつか取り出した。


「良かったらこれ、どうぞ」


 アリスさんはなぜか驚いたような顔をした。それから、ふわっと笑顔になった。


「ありがとう。すごく嬉しいわ。良かったらお茶を淹れるから、一緒に休憩してくださらない?」


 ウィンドウの時計を見れば、まだ余裕がある。


「それではお言葉に甘えて」


「うふふ、ありがとう」


 彼女は用意をするために奥へ入っていった。




 俺たちはそれから小一時間、おしゃべりをした。


 この世界のこと。観光名所として有名な場所とか、美味しいもの。いろんな街の名物や、まだ遠い、東や北の国の噂。


 司書をしてるだけあって、アリスさんは博学だった。そして好奇心もいっぱいだった。


 渡り人たる俺が「ここへ渡ってくる前に立ち寄った世界」について訊かれたので、現実世界を思い起こしながら魔法のない世界だと答えたらそれはもう驚かれた。


「今日は本当にありがとう。お菓子、とても美味しかったし、お話も楽しかったわ」


「こちらこそありがとうございました」


 地元民ならではの話は興味深かった。もっといろいろ聞いてみたいと思う。


「良かったらまた遊びに来てね」


「はい。ぜひ」


 外はすっかり暗くなっていた。俺はアリスさんに手を振って、資料室を後にした。

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(2023.1.9修正)改行を一部変更しました。

(2023.1.20修正)表記ミスを修正しました。

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