21.運営その1
いつもありがとうございます。
今回、登場人物が多いのはざっくり流していただいて大丈夫です。
これはフィクションですので気になる部分は寛大にお願いしたく……。
「チーフ、ちょっといいですか」
ゲートキーパー社の一角。
オビクロ班のミーティングルームに入ってきたのは、運営担当の七瀬紫だ。
「ああ、ナナちゃんお疲れ。予定外の新人暗殺者押しつけてごめんね」
なにやら内緒話をしていたらしい人の輪から顔をあげて答えたのは、ディレクターの芦田要一郎だった。
「それは構わないんですが。……お邪魔でしたか」
そこには芦田の他に、営業部長、広報宣伝部の部長と女子社員、秘書室長が顔を揃えていた。
「いや、大丈夫。それでどうした?」
「さっきその暗殺料理人の子にレクチャーしながらマップ見たらですね、またまた赤ネームがごっそり増えててびっくりしました。なんだか多すぎるっていうか、おかしくないですかね」
「それやっぱりアレース社の妨害工作員で確定だってさ」
横から答えたのは営業部長の古賀だ。
「あいつらオビクロの治安荒らして、ネットで炎上させようと必死なんだ。慣れてないユーザーさんはそういうの怖がるから」
「妨害工作にしても今どき幼稚すぎる。アレース社って」
呆れた様子の広報宣伝部の榊に、
「あいつらアホだもん」
部長の小野寺が切れ味よく応える。
「もう邪魔なアレース関係まとめてアカウント停止しちゃいませんか?」
うんざりとした顔の七瀬の提案に、芦田は首を横に振った。
「サービス開始一ヶ月で伝家の宝刀を抜くのは早すぎる。暗殺者の数もいくらか増員したし、いずれ全体数も減っていくはずだ」
「ならいいんですけど」
「その話を聞くと、さっきの報告も信憑性が出てきますね」
顔を軽く傾けて発言したのは秘書室長の円堂だ。
「さっきの話ってなんですか?」
手近な椅子に腰かけながら、七瀬が訊ねた。
「警察から例の件について追加で報告が来たんだ。あの男の足取りを詳しく調べてくれたんだよ」
芦田は手元にあった書類をめくった。
「それによると、まずあの男がアレース社に買収されていたことは確定。証拠も揃ってる。奴はあの日、休日出勤のふりをして社屋に入り、オビクロのサーバに問題のデータを混入させ、その後交通事故に遭って死んだ。それが犯行の本当に直後だったらしくて」
「へえ」
「うちの社屋を出た後、誰にも連絡をとった形跡がないそうだ。電話もメールもSNSも。人にも会ってない。だから、アレース側はあいつが死んだのが犯行を行う前なのか後だったのか、把握してないんじゃないかという説が出ている」
「おまけにうちの上層部が、問題がシステムやユーザの安全に関わる部分じゃないから予定通りにサービス開始すると決定して、事件を隠蔽してしまった。そのため加害者も存在しないことになって、うちの被害状況はアレース社の耳には一切入らなかった」
芦田と古賀の説明に「なるほど」と七瀬は頷いた。
「それで最近の幼稚な嫌がらせに繋がるわけですね。アレース社が犯行の成功を知っていたのなら、今さらそんなことする必要ありませんし」
「もっとマズいモノがすでに混入しているんだ、高みの見物をしてるはずだろ」
「そういうことだ。おそらく奴らは失敗したと思ってる。まあ、油断は禁物だがな。まだ目に見える事件が起きてないから静観してるだけって可能性もゼロじゃないから」
榊と七瀬がうんざりとしたため息をついた。
「いくらユーザーの安全には問題なくても、上の人たちやること滅茶苦茶です」
「実際対処するのに何ヶ月かかるかも判らなかったし、世間に広まるデメリットは大きかったけど、それでもね」
芦田と古賀は当時の会議を思い出して苦い気持ちになる。
「上の連中は、どうせデータの世界なんだから特定も削除も簡単にできると思っているし、狂ったAIごときがちょっと暴れたところでゲーム世界の中のことなんだから運営がいくらでも修正できると思ってるんだよ」
「ありえない。そんな状況でサービス開始なんてとても正気とは思えない」
「この五年の仕事だけじゃなく投入した開発費もすべて灰になるかもしれないのに」
だが混乱した現場は蚊帳の外、大人の事情もあって発売スケジュールの変更は行われなかった。
「結局、混入したデータは最初の報告通りですか?」
「ああ。異常行動ありとして処分されたはずのAI、108体だ。チェックで足がつかないように一部書き換えも行われている。現時点で特務や暗殺者によって11体処分されているから、残り97体だな」
プレイヤーとNPCの区別がつきにくい仕様が幸いして、プレイヤーを襲うPKの中にその異常AIが混じっていたことはまだ誰にも気付かれていない。
「たった一割ですか」
「まだ西国の半分しか進んでないんだ。仕方がない」
混入したAIは大陸全土に散らばっている。すべて見つけ出して処分するには、まずそこまで人を送り込むことが必要だ。
芦田が皆の顔を見回した。
「まあ雑魚はそう苦労せずとも追々片付いていくと思う、アレースのPKどもと一緒にね。問題は、例の大物8体だ」
「危険性が突出しているとされた個体ですね。能力も他より高い」
円堂の言葉に芦田は頷いた。
「開発で話し合ったんだけど、その8体、『大悪魔』にしようと思う」
「大悪魔?」
「もともとシナリオには7体の大悪魔が登場予定だけど、設定を変更して15体の大悪魔が存在することにする。実際、あいつらはそれぐらいタチが悪いから、本来の大悪魔と同じくらいには問題を起こすと想定される」
「やな予想だな」
小野寺が顔を顰めた。
「標的の見える化ですね」
七瀬が両手を打った。
「そう、それで事を起こしたら他の敵と同様、プレイヤーに挑んで貰う」
「つまり予定通りの事件災害を起こす7体と、何をするのか事前にはわからない8体のボスがいるって形になるんだな」
「そのとおり。なので、これから我々は常にアンテナを張り巡らせ、追加悪魔たちが起こす事件をいち早く察知し、それをクエストとして処理していくことになる」
「何が起きても『これは仕込みです』って顔で対応するわけですか」
と考え込む円堂。
「そうそう。雲行きが怪しくなった時はこちらの人員が表裏から援護する」
「それって見つけても削除しないで泳がせるってことですか?」
榊が訊ねた。
「発見時に奴らがなにもしてない状態なら即削除も可能だが、もしプレイヤーと関わって何かが始まっていたらいきなりぶった切って消去するわけにはいかない。捜索が後手に回っている以上、そうなる可能性の方が高い」
「プレイヤーに怪しまれないように消さなくてはならない、か。ハードル高いな」
小野寺が腕を組んでため息をついた。同意するように頷く面々。
「シナリオから大きく外れた動きを察知するシステムはだいたい出来てる。ただ援護等でどうしても人間の手が必要だ。使えそうな人員についても引き続き選定をお願いする」
芦田は膝に手を置いて座ったまま頭を下げた。
「面倒をかけて申し訳ない。だが、とにかく隙だけは見せないように頼むよ。おそらく長期戦になるが」
オビクロの世界には最初から瑕疵がある。誰も知らないところですでに物語は破綻しかかっている。
それでもゲームは走り続けなければならない。
「あーほんとスリリングだわあ」
芦田はハイライトの消えた目で呟いた。
評価・ブックマークをありがとうございます。いつも大変励みになっています。
(2023.1.9修正)人名にルビを追加し、改行を一部変更しました。
(2023.1.20修正)表記ミスを修正しました。




