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愉快な社畜たちとゆくVRMMO  作者: なつのぎ


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19.お師匠様

いつもありがとうございます。

 騎士団の厨房で待っていたのは二十代前半くらいの外見の女性料理人だった。


 紫色のロングヘアをひとつにまとめ、白いコックコートと帽子を身につけている。美人だけど無表情。


「私はナナ。厨房を担当しているが本当の所属は特務だ。必ずやお前を一人前の暗殺料理人に育ててみせよう」


 俺より頭ひとつ低い位置から人差し指を突きつけびしりと宣言された。というかいつの間に暗殺料理人になったんだ俺。


「私のことは師匠と呼びたまえ」


「ハイ師匠」


「うむ」


 彼女は満足そうに頷いた。


 まずは暗殺者のレクチャーから始まった。


 暗殺者は隠し職業なので、本来の職業の後ろにカッコ書きで記入される。俺の場合は『料理人Lv.20(暗殺者LV.1)』という表示だ。このカッコ部分は他人からは見えない。


 それから、職業スキルとして『偽装』『隠密』『早着替え』が追加された。『気配遮断』も対象スキルだがこれはすでに取得済みだ。


 そして、マップを切り替えると暗殺対象者の現在位置が表示されるようになる。


「暗殺対象者?」


「通常、この大陸では他人をキルすれば重い罰を受ける。だが犯罪を繰り返して重犯罪者と認定されたいわゆる『赤ネーム』や、関係各所から暗殺依頼が出ている標的は暗殺対象者とされ、キルしても罪に問われないどころか褒賞金が支払われる。いわゆる『賞金首』だな」


 つまりはシナリオの都合で誰かが暗殺される必要があったり、ゲーム内で犯罪を繰り返す迷惑プレイヤーへの制裁だったり、そういった目的で運営が指示した標的を狩る役割ってことかな。


「一般人でも赤ネームを倒せば懸賞金を手に入れることができるが、職業暗殺者には金額が割増される。ただし自分が暗殺者であることを同業者以外に口外してはいけない。いいな」


「わかりました師匠」


「うむ」


 軍隊っぽく両手を後ろで組んで師匠は重々しく頷いた。


 この人はプレイヤーじゃない……よな? 職業状況から見てもNPCのはずだ。


 だけど説明に時々NPCでは知り得ないようなゲームシステムの話が入る。そういうシステム寄りのNPCなんだろうか。あるいは運営側の人間がこっそりNPCのふりをしているという噂の、


「中身入りNPC……?」


 おっと思考が口から漏れてしまった。と同時に。


「ちぇすとお!」


 ドスッと脳天にチョップが落ちてきた。


「あいたた……」


 ナナ師匠は周囲を素早く見回した。


「そういうことは思っても口に出すものじゃない。誰かに聞かれたらどうするのだ」


「当たりなんですか」


「誰にも言うなよ」


「言いませんって」


 片手を挙げて誓いのポーズを取る。


「ていうか、まさか本当に存在するとは思いませんでした」


 ナナ師匠は人差し指でこめかみを抑えて首を振った。


「まあ、アレだ。このオビクロ世界も所詮は人間の作ったものだから、完璧なつもりでいても想定外のミスなんかが起こりうるわけだ。我々は現場で対処するための部隊だな。開発室での修正が間に合わずシナリオ内で問題が起きてしまった時に、うまく辻褄合わせて収める仕事なんだ」


 部隊ってことは特務機関じたいが中身入りNPCってことかい。あのおじさんも?


「そういうのって普通、ベータテスト? とかいうやつでチェックするんじゃ?」


 師匠は死んだ目で俺の両肩にそっと手を置いた。


「世の中には大人の事情という言葉があってだな。オビクロは公開でのテストが行われなかったんだ」


 肩が重い!


「暗殺者の件も、試算よりかなりPKが多くて我々も手が回らなくてな。放置すればゲーム内の治安が悪くなってしまう。どうか運営を助けると思って頼むぞ」


 一般人の俺にそんな話していいのかな。


「そういうのって参加してる社員さんたちは手伝わないんですか」


 ナナ師匠の瞳がいっそう暗く濁った。


「この世界に社員は二種類しか存在しない。信用できる社員とできない社員だ」


「はあ」


 GK社ってなんか闇がありそう。姉ちゃん大丈夫だろうか。


「信用できない社員に頼むくらいなら、一般ユーザーを騙くらかしてこき使う方がよっぽど安全だ」


「本音ダダ漏れ!」


 師匠は後ろから俺の首に腕を回してぐいと引き寄せた。か、顔が近いんですけど!


「ここまで知ったからにはお前をただで帰すわけにはいかない。お前も特務機関に入団しろ」


「いや無理です! 俺、大学と部活優先って約束でこのゲーム始めたし! もうすぐ試合だから練習でログインできない日も増えてくるし!」


「貴様リア充か!」


 久しぶりに聞いたなその単語。って、歳上の人には言っちゃいけないんだっけ。傷つくから。


「いやほんとに。あまり時間が必要なことはお付き合いできませんけど、暗殺くらいなら可能な範囲で協力しますから。勿論、誰にも言うつもりないし」


 師匠はため息をついて、俺の首を解放した。あいたた。


「……仕方がない。それで許してやろう」


 あー良かった。迂闊に運営なんかと関わったら、姉ちゃんに怒られるもんな。


「それでは気を取り直して。レクチャーを続けるぞ」


「ハイ師匠」


 ふたたび、両手を後ろで組んで向かい合う俺たちである。


「まずは『偽装』と『早着替え』」


 ピルエットで一回転した師匠の姿が、瞬時に黒髪と花柄のワンピース姿の一般人女性に変わった。


「偽装は髪と瞳の色と名前を変える。早着替えはあらかじめ登録しておいた装備にチェンジできる。くれぐれも賞金首を狩る時は忘れるなよ」


「そういう規則ですか?」


 いや、と師匠は否定した。


「そもそも名前が赤くなるまで犯罪を繰り返すような輩はまともな神経の持ち主ではない。特に渡り人の場合は暗殺してもすぐ蘇るから、本当の姿を見られると逆恨みされる可能性が高い。だから万が一の場合も考えて姿を変えることを勧めているんだ」


 師匠の指示でマップを検索する。


 ちょうどこの騎士団支部のすぐ裏手にひとつ、赤い丸が表示されていた。ゆっくり移動している。


「この赤いのが賞金首だ。ちょうど良い、仕留めに行くぞ。準備しろ」


 師匠の指示に従って、適当に偽装と早着替えをしてみる。次からはそれ用の黒っぽい服を用意しておかないとな。


 俺たちは騎士団支部の裏門から外に出た。


「いいか、まずは姿を見えなくする『隠密』と気配を消す『気配遮断』を使って近づく。それらは攻撃行動をすると解けてしまうから、一撃必殺で仕留めること。長引く時は一旦離れてスキルをかけ直せ」


「先に毒を吸わせるってのはアリですか?」


「アリだが隠密と気配遮断をかける前にやる必要がある。見つからないよう気をつけろ」


 二人で物陰から標的を確認する。


 体格の良い中年男の後ろ姿だ。地元の商人ぽい地味な色合いの服装。頭の上に赤い文字で『マイクLv.15』と出ている。こいつはNPCかな。


 曲がり角から手だけ出して、最近使えるようになった水魔法の霧に毒を付与して、そっと風で流した。これは風だけで流すよりも濃度が調節しやすい。霧をできるだけ濃く、毒も強く設定する。


 相手から紫色の毒エフェクトが立ち上った。隠密と気配遮断を発動して近づき、背後からフライパンでポカリと一発殴る。相手がその場にばたりと倒れてキラキラエフェクトが出た。


 あっけない。


「えっと……これで?」


 背後の師匠を振り返ると、目を大きく見開いていた。


「すごいな。お前、才能あるぞ。奴の目は間違ってなかったということか」


「はあ」


 やってることがまるっきりコントなんだけどな。でもこれが刃物で斬るとかだとちょっと俺には無理。相手は人の形をしてるし。


 うん、やっぱり暗殺はできるだけフライパンを使うことにしよう。その方が俺の精神に良い気がする。


「暗殺の方はあまり教えることがなさそうだ」


「ありがとうございます」


 俺は師匠と連れ立って騎士団支部の厨房に戻る。視界の端、ウィンドウの中で所持金がごっと増えた。うおお。


「ここからは料理の講義だ」


 待ってました!


「それじゃ、まずはオークを狩りに行くぞ」


 …………はい?

評価・ブックマークをありがとうございます。とても励みになっています。

(2023.1.9修正)改行を一部変更しました。

(2023.1.11修正)表記ミスを修正しました。

(2023.1.20修正)表記ミスを修正しました。

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