18.スカウト
いつもありがとうございます。
翌日、大学から帰ってすぐログインする。
オビクロでは二日後の早朝になっているはずだ。
「おお、目が覚めたぞ」
起きると、そこは留置場ではなかった。
室内にいくつかベッドが並んでいて、カーテンの仕切りとか薬瓶の入った戸棚とか置いてある。空気がちょっとハーブくさい。
これは病院かな。
「ここは……」
「大丈夫か。お前、二日も目を覚さなかったんだ」
ベッド際から騎士団の制服を着た人が心配そうに声をかけてくる。
「あ、はい。俺、渡り人なので」
「そうらしいな。医者から渡り人は一度眠ると三日は目覚めない種族だと聞いてびっくりしたよ」
彼は、留置場で俺と同じ房に入っていた男が脱獄したこと、男に何か薬物を嗅がされた可能性もあり医務室へ移動させたことを簡潔に説明してくれた。
「それはご心配をおかけしました」
「いや、何もなかったならそれでいい。朝食は食べられるか?」
「はい! 大丈夫です」
待ってました!
出てきたメニューはウサギ肉の西京焼きと甘い卵焼き、ほうれん草の胡麻和えに合わせ味噌の豆腐の味噌汁だった。食器はもちろん箸。
すごい。完璧に和食だ。海産物がないけど。その辺、何か設定があるのかな。
どれもこれも素晴らしい味だった。まあ卵焼きだけは姉ちゃんが作ってくれる物が至高だけどな。
朝食を美味しくいただいて、はたと思い出した。
そういえば俺って殺人事件の容疑者だっけな。あの話はどうなったんだろう。
騎士団の人に訊ねると「ああ、君の疑いは晴れたよ」とあっさり教えてくれた。
なんでも俺が留置場で寝こけている間に同一犯と思われる事件が起きたそうで、俺は容疑者から外れることになったそうだ。当然ですよね。
釈放の書類にサインをして、拘束された時に取り上げられたウェストポーチを返して貰った。
俺たち渡り人は別にポーチがなくてもインベントリから物を出し入れできるから、荷物を取り上げたって無意味なんだけどな。言わぬが花。
騎士団の門を出て適当な路地に入り、さて今日はどうしようか、素敵な体験をしたインスピレーションのままに生産でもするかなあ、とつらつら考えながら歩く。
「んん?」
なんだろう。背後から視線を感じるような気がする。
軽い気持ちで振り向くと、男がナイフを身体の正面に構えてまっすぐ駆け寄ってくるところだった。
「ふぇっ!?」
後方にたたらを踏んで最初の一撃をなんとか躱す。
男から出ているポップアップが見えた。『ケントLv.19』と赤い文字で書かれている。あれ? 赤文字って討伐対象の印だよな?
ナイフを薙ぎ払う動作の二撃目をなんとか避ける。これは戦って良い相手なのか?
咄嗟に愛用のフライパンを取り出して底で三撃目を受け止める。鋭い金属音が鳴った。
「毒付与!」
相手の懐に飛び込み、フライパンの縁でまっすぐ咽喉に突きを入れた。
「ぐほおっ」
男は一撃で後方に吹っ飛び、倒れて動かなくなった。身体から紫色の毒エフェクトが立ち上っているが、キラキラしてないので殺してはいないはずだ。
「えーっと。これどうしよう」
困惑して周囲を見回すが人影はない。というか、この人はプレイヤーかNPCかどちらなんだろう。それによっても対応が違ってくるよな。プレイヤーなら暴力行為だからGMコールしなくてはいけない。
ウィンドウからサポートへの通話を選択する。
『はい、どうされましたか』
呼び出し音の後に女性の声が応答した。
「いきなり刃物持ってる人に襲われたんで返り討ちにしちゃったんですけど、プレイヤーかNPCか区別がつかないのでどこに通報したらいいのかわからなくて」
『申し訳ありません。すぐに騎士団を派遣します。その場でお待ちください』
「今後こういう場合はどうしたら良いですか」
『近日中に騎士団への通報コマンドを実装いたします。それまではこちらへご連絡ください』
「わかりました」
ぼーっとその場に立っていると、今朝別れたばかりの騎士団のおっさんたちが馬で駆けてきたので手を挙げて呼ぶ。
「こちらです!」
「無事か!」
カツ丼を食べさせてくれた騎士の人が心配そうに声をかけてくれた。いい人だなあ。
「俺は大丈夫です」
「もしかしたらこいつが連続通り魔の真犯人かもしれない。怪我がなくて良かった」
他の人たちが気絶している暴漢を縄で縛って荷物のように馬の鞍に乗せている。
そうだ、一応聞いておかないと。
「あの、俺なにか暴力行為とかの罪に問われますか?」
騎士団の人は少し目を見開いて「いや」と言った。
「罪になるどころかむしろ賞金が貰えるはずだ。こいつはいわゆる赤ネーム、重犯罪を犯した賞金首だからな」
ポップアップの名前の赤はそういう意味だったのか。
「悪いが事情聴取をしたい。詰所に戻って貰えるだろうか」
俺は承諾して、騎士団の人たちと一緒に元きた道を引き返した。
事情聴取とはいっても、俺が話せることなんてほとんどない。
聞かれるままに答えてすぐに終了し、出されたおやつを大変美味しくいただいた。香りがすごく良くてお値段が張りそうな緑茶と、白いこし餡と大粒の苺を薄い餅で包んだ上品な苺大福だった。
逆に得した気分だ。
「お前さんは渡り人だから、賞金首を仕留めた褒賞金は金庫に直接振り込まれているはずだ」
ウィンドウを開いてみると、200万コルト入っている。
「は!? 多すぎないですか?」
「そういうもんだよ。ちょっと良い剣なんか買ったらすぐに溶けて消えるぞ」
俺の慌てっぷりに笑いを堪えながら騎士団の人は言った。
「ああ、それと。なんか他の部署の奴が君と話したいって言ってる。帰る前にちょっと寄って行ってくれるか」
「わかりました」
俺は騎士たちにお礼を言うと、指示されたとおりに詰所を出て敷地内の奥まった場所にある別棟に入った。
受付で用件を告げると応接室のような部屋に通される。
「やあやあいらっしゃーい」
扉を開けて入ってきたのは、騎士団の制服をだらしなく着崩した妙に陽気な人物だった。
「ん?」
見覚えのある顔だった。そう、留置所で脱獄を誘ってきた男だ。
「えっと……」
つまりこの人は犯罪者じゃなかったのか。なにか目的があって留置場に入り込んでたってこと?
「こっちは騎士団の特務機関なんだ。人に言えない仕事をするとこ☆」
「はあ」
男は相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべ、両手を身体の前で組んだ。
「唐突だけどさあ、キミ、暗殺者やってみない? 職業暗殺者」
「は?」
「いやあ、見込みのありそうな人材探してたんだよね。キミのそのマイペースなとこも暴漢を返り討ちにした手腕も実に悪くない」
まさかそのために留置所にいたんじゃあるまいな。
「このところ渡り人の影響で賞金首案件が増えて手が回らないんだ。街の治安を良くするためにも手伝ってくれないか。暗殺者になれば懸賞金が一般人よりも割増で貰えるんだよ。ガッポリだよ~」
指でお金のマーク作ってる。笑顔がなんかやらしいなあ。
暗殺者ですか。暗殺ねえ。人間相手の戦闘だよな?
別に進んでやりたくはない。
俺は首を横に振った。
「正直興味ないです。俺は料理人なので、暗殺よりも取り調べ室で食べたカツ丼の作り方を習得したいんですけど。料理人見習いの募集はないんでしょうか」
ついでに図々しく要求をぶつけてみた。
「ふーん」
特務のおじさんは少し考えた後、両手をパンと打ち合わせた。
「じゃあさ、暗殺者引き受けてくれたら厨房に口きいてあげる」
「あっハイやります」
手のひら即クルリン。
いや、だって。我ながらどうかと思ったけどさ、でもあの料理気になるでしょ。俺は自分の欲望に忠実な男なんだよ!
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すみません、週明けから少し更新ペースが落ちますが変わらずお付き合いいただけると嬉しいです。
(2023.1.9修正)改行を一部変更しました。




