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愉快な社畜たちとゆくVRMMO  作者: なつのぎ


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176.キサカさんのカフェ

ジャンル別月間2位、どうもありがとうございます。

先月末でこの連載を始めてから三年でした(いつのまにか過ぎていました)が、作中ではまだ九ヶ月しか経過していません。今はちょうど季節が合ってますけどね……。


 ケイドロイベントから十日が過ぎた。十二月に入り、世間はすっかり年末の空気になっている。


 大学は二学期制なので年末は試験がない。ほんと素晴らしい。けど、逆に社会人の皆様はかなり忙しそうだ。


 姉ちゃんもこのところ早出や残業が多くて自宅でもオビクロの中でも顔を合わせられていないので、今朝はロードワークを早めに切り上げて朝食を一緒にとることにした。


「最近どうなの? 城行ったんでしょ」


 眠そうな目でご飯を口に運ぶ姉ちゃんは箸を咥えて「んー」と呟いた。


「そうねえ。お城は面白いわよ、なんか歴史物の映画の中に入ったみたいで。建物とか装飾とかすごく立派でね、バーチャル観光でもお金が取れるんじゃないかってレベル。海くんも機会があったら行ってみたらいいわよ」


「へえ……」


「でも肝心のターゲットが見つからないのよね。王妃様が信用してる人間しか入れない警備が厳重なエリアっていうのがあって、そこにいるんじゃないかと睨んでるんだけど。私も他の諜報部員も近づけないの」


 それ、王妃は運営のスパイが潜入してるなんてメタな事情がわかるはずないんだよな。となると。


「もしかして王妃は王太子サイドに何かされる可能性を考えてたりする?」


「うん、それ」


 姉ちゃんはお茶をひとくち飲んでから口を開いた。


「城内でも王妃サイドは暗殺を警戒してるって噂がある。でも見た感じ、王太子のほうに不審な事件が多発してるのよね。王妃は自分が王太子に対して良からぬことを目論んでいるから、逆に自分も危ないって被害妄想に陥ってるんだと思うわ」


 あー、ネットの世界ではよく自己紹介乙なんて言われちゃってるアレか。身に覚えがあるからこそ他人を邪推する時に思いつくというやつ。


「隠密スキルは使えない?」


「さすがに王宮ともなると看破持ちが沢山配備されてるから」


「そうなんだ」


「円堂室長がちらっと言ってたんだけど、運営ではいっそ本当に今回の原因になってる王女を暗殺してしまおうかって意見も出てるみたい。いてもいなくてもメインクエには関係ないからって」


 姉ちゃんは湯呑みを置いて両手を合わせた。


「まあ、その暗殺も難易度高そうなんだけどね。結局そこのエリアに入れないわけだから」


「……ふーん……」


 円堂先生が言ってた、というのが意味深だよな。


 現状、おそらく王宮の人々に一番接触しやすいのは夜鳩商会だ。なんたって王妃の(というかこの世界の貴賓の)御用商人なわけだから。となると、暗殺仕事は商会チーム(こちら)に回ってくる可能性が高い。


 けど、おそらく先生はその裏にいる敵が『商人』だった場合を想定して慎重になってるんじゃないだろうか。アデリンを除くと残り二体だから当たる確率は二分の一、その二体が共謀してる可能性も入れたら三分の二だし。


 現在進行中の作戦みたいに物陰から奇襲で回収するならともかく、正面から当たった場合は何が起こるかわからない相手だ。今までの『商人』に関する口ぶりからしてもゴーサインは出しにくいよな。


 まあ俺たちは指示に従うだけなのだが。


「あ、そうだ。海くん、クリスマスプレゼントは何がいい? おねえちゃんサンタが好きなもの買ってあげちゃう!」


 立ち上がった姉ちゃんが思い出したように言った。


「え……なんでもいいよ」


 姉ちゃんがくれるものならなんでも、という気持ちで答えたんだけど。


「そのなんでもっていうのが逆に困るのよう」


 と姉ちゃんは口を尖らせる。そっかあ。たしかに忙しい人にプレゼント選びで余計な手間をかけるのは良くないかな。


「……じゃあ、新しいダウン買ってくれる? 色はなんでもいいから、こう、大学生っぽい感じで」


 今着てるのは高校の通学兼用で着ていた地味な紺色の量産品だ。ちょうど新調しようかと思ってたところなんだよな。


「おっけー! おねえちゃんがいいの探してあげるからね〜」


 そう言って、姉ちゃんはダイニングを出て行く。


「安いのでいいから!」


 俺は慌ててその背に声をかけた。いや、ほんとに弟のダウンなんてそのへんで売ってる適当なやつでいいんですよ……。




 浮き足立って忘年会の相談が飛び交う講義のあと、剣道部の練習を終えて帰宅した。夕飯とお風呂を済ませてオビクロにログイン。


 クランハウスの厨房に入って、今日はデミグラスシチューのポットパイとフォンダンショコラを作った。なんとなくクリスマスのご馳走を意識している。まだ先のことなんだけど街中どこもクリスマスソングが流れているから、つい。


 イブのあたりで可哀想なナナ師匠になにか素敵なお菓子を作ってあげようかな。サンタさんの飾りとかはどうやって作るのがいいんだろう……なんてことをぼんやり考えながら、納品に出かけた。


 最初にキサカさんと約束したのはお菓子だったけど、結局軽食も多めに作って納めている。夜鳩商会に出しているものと同じだということが知られて、たまにリクエストが入るらしい。


 作る量を増やすだけだから別にいいけどね。というわけでポットパイも倍量作った。


 商会の西国本店に届けた足で地下都市へ移動する。


 イベント参加者に南2地上が開放されたことで人が減るかと思っていたけれど、むしろイベント前よりも増えたみたいだ。


 聖女アデリンの人気とか、キサカさんがクエの方向性を示したのが効いているのかな。通りにはすでに渡り人のお店らしきものがぽつりぽつりと出来始めている。


 アデリンが祈りの歌を神に捧げる時刻に合わせて聖堂に向かう信者らしき男性プレイヤーの集団とすれ違い、一本路地に入って目的地のカフェの扉を押した。


 リーンと耳に優しくベルが鳴る。


「あっ、カイさんいらっしゃい」


 ちょうど近くにいた店員さんが声をかけてくれた。


「近野さん、こんにちは」


 彼は情報クランの古株で、初めての武闘大会で俺やヒカリと同じくベスト八に残っていたメガネの男性だ。背がヒョロリと高くて、フィクションによく出てくるような学者っぽい雰囲気がある。


 GK社の社員ではないけど俺たちと同じく外部協力者として登録されている諜報部員で、実はキサカさんの従兄弟なのだそうだ。ほんと、身内を総動員してるんだよな。


「奥どうぞ」


 頷いて、テーブルの間を通り抜ける。


 視界の端で何人かのお客さんがわざわざ顔をあげて俺を見たことに気づいたが、不特定多数の人がいる場所ではマスクをしてるから問題ない。


 植物園をイメージした店内は天井が高くて光と緑が多く配置されている。テーブルの間隔も広めに取ってあるし、ふわりと漂うオゾンぽい匂いがなんか落ち着くんだよな。


 店内からは覗けないよう配置されたキッチンに入るとヒカリがコーヒーを淹れていた。


「あっ、カイ。いいところに来た、フロア手伝って!」


 現在生きた人間だけで回しているこのカフェは時間帯によっては人手が足りない。情報クランチームではないヒカリも元メンバーのよしみで手が空いた時に手伝っているのだが、身バレ騒動を引きずっていてフロアには出たくないようだ。


「……いいけどさ。あまり当てにされるのも困るよ」


 俺はインベントリから商品を取り出して大型保管庫に入れながら答えた。


「カイさん、すまない。あと一時間もすれば他のメンバーも来るから」


 銀のトレイを持った近野さんが戻ってくる。今はこのふたりだけで回してるのか。席の埋まり具合から見ればたしかに忙しそうだ。


「お客さんが新しいケーキが来たなら欲しいって言ってるんだけど」


「今日はフォンダンショコラとデミグラスシチューのポットパイです。ショコラはあったかいやつにバニラアイス添えるか常温に生クリームで選んでもらってください、ポットパイは温かい状態だからすぐ出せます」


「了解」


 近野さんはヒカリからコーヒーを受け取って出て行った。


 俺は店のロゴ入りエプロンをかけて適当な数の皿を手早く作業台に並べる。


「なんかさ、俺ここのお客さんに顔覚えられてるよね? 店に入るとチェックされるんだけど」


「あー、ペンギン戦の配信で顔出てたからじゃね?」


「カイさん、少し身バレしてるせいもあるかも」


 と、伝票を手にした近野さんが足早に戻ってきた。


「ポットパイ5つとショコラ温4つ冷2つお願いします、あとコーヒーおかわり3」


 頷いて、俺は出せるものからセッティングしていく。


「身バレって?」


 とヒカリが俺の代わりに訊ねた。


「カイさん、前にキサカと料理店でクエしてたでしょ、その時に顔を覚えてたプレイヤーがいたらしくて、」


 西5の角燈亭で料理クエをやった時のことだな。お客さんはだいたいキサカさんかヒカリ目当てだと思ってたけど、意外と見てる人もいたんだな。


「それでリリィの騒動の時に、この人は死神タンじゃなくて青雪印の料理人のほうだって証言がネットで出てたみたい」


 近野さんはテーブル別にトレーを用意して話しながらテキパキと流れ作業で俺が作った皿をのせていく。


「ただ、ネットでは身バレ発言は控えるのがマナーだから、今はその辺知ってても敢えて話題にする人はいないよ、そんなに広まってはいないんじゃないかな」


 彼はそう言って、仕上がったセットを持ってフロアに出ていった。


 うーん、そんなことがあったのか……。


 俺自身も死神疑惑を誤魔化すために料理人アピールしてたから、逆にこっちの噂が信憑性を増してしまったんだろう。


「どうすんの?」


 眉根をきゅっと寄せたヒカリが新しく淹れたコーヒーをトレーの上に置いた。


 今の俺は、不特定多数の人間に身バレしているのは怖いって理由で裏方に回ったヒカリと同じ状況になってるわけだが。


「あー……」


 しばらく消えて秘書Kだけやるって選択肢もあるが、料理人、気に入ってるんだよな。ランダムで適当に始めたジョブだけど料理をいろいろ考えるのも、食べた人たちに喜んでもらえるのもとても楽しい。


「……問題ないよ。死神タンを消したのは姉ちゃんや耕助さんに繋がってたからだし」


 死神タンの目立ち具合が現在の比ではなかったというのもあるけど、巻き添えで一緒にパーティを組んでいた二人まで身バレさせてはいけないっていうのが一番の理由だったから。今の状態なら多少のことは我慢できるんじゃないかな。


「ならいいけど」


「ありがと。大丈夫だよ」


 まだちょっと浮かない表情をしているヒカリの腕を軽く叩くと、俺は近野さんが運べなかった分を持ってフロアへ出た。


筆者の小説は100%人力で書いております。よろしければ星をクリックしていただけるとやる気が出ます。

すでにしてくださった方も、スタンプも、いつもありがとうございます。

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