17.モブ殺人事件
14話までの登場人物紹介を14話の後ろに挿入しました。簡単なものですが、よろしければご利用ください。
いよいよ四月。
入学式も終えて、俺は無事大学生になった。
姉ちゃんは新年度の新人事や新人研修やらで毎日バタバタしている。飲み会も増えて帰宅が遅い日も多い。
俺はイベントの喧騒を避け、ひとりで西1エリアをうろついていた。
聞いたところによると、このウェスファストの街は西国ウィンドナの中でも一番古い歴史を持つそうだ。かつては暫定的な王都だった時代もあると薬屋の老店主が話してくれたけど、いまは華やかに栄える王都や商業都市と対照的に静かに寂れつつある。
こういう街にあるお店って掘り出し物がありそう。
俺はマップ作成がてら、あちこち冷やかして回っていた。
映える食器とか使い道のわからない不思議な道具とか、結構面白くて夢中になっていたらいつのまにかすっかり日が落ちていた。
どこのお店もそろそろ閉店時間だろうし、森にでも行って夜行性のモンスターでも狩るかなあ、と路地を歩き出したところで、前方に人が倒れているのを発見した。
えっと。こういう時はどうしたらいいんだろう。救急車なんてないもんな。
「あのー、大丈夫ですかー?」
声をかけながら近づくがピクリとも動かない。
倒れているのは成人男性だ。背中にバッサリと大きな切り傷があり、衣服が血に染まっている。揺り動かそうと肩のあたりに手をかけると違和感があった。
「あれ?」
指に触れた首の皮膚が冷たい。これはおかしい。
「……死んでる?」
「おいこっちだ!」
背後から男が大声で呼ぶ声が聞こえた。
「こっちにいるぞ!」
顔を上げると路地の前後から数人の男たちがこちらに向かって走ってきた。揃いの制服のようなものを着ている。あれは街壁警備をしている騎士団と同じものだ。
先頭にいた男は倒れた男を一瞥すると俺の腕を掴んだ。
「この男を殺害した容疑でお前を逮捕する!」
「はい?」
あっという間に、俺は男たちによって縄でぐるぐる巻きにされてしまった。
「それで、なぜあの男を殺したんだ」
俺はいま、騎士団のウェスファスト支部の一室で尋問を受けております。
「殺してないです」
「このところ出没している通り魔はお前だな」
「違います」
「誰かに頼まれたのか」
「頼まれてません」
窓に鉄格子のはまった狭い取り調べ室、木机の上には光る魔石で作られたランプ。向かい側に座る中年の騎士団員が威圧感たっぷりに質問を繰り返す。
いや、俺はまったく動揺してませんけどね。
だって、この世界で死亡した人間はキラキラエフェクトとともに消えるはずだ。それが冷たくなるまでその場に転がっている時点でもう、プレイヤーを引っ掛ける罠だよな。つまりこれは何かのイベントってことだ。
ただ、俺はもう少ししたら規定のログアウト時間なんだよな。FULもだいぶ下がってきてるし。どうしようかな。
まったく悪びれない様子の俺に、騎士団員はため息をついた。
「お前、腹減ってないか……カツ丼、食うか?」
「!!」
ちょっと待てウソでしょ、ここでカツ丼投入するの!?
「食べます!!」
テンションが急上昇して思わず叫んだ。
ここはヨーロッパ風ファンタジー世界だから、現時点では米も醤油も存在すら確認されてない。
今後それらが出てくるとすれば、メインクエストをずっと進めていった先の異国、例えば東の国とか海を隔てた別大陸との交易とかそういう場所で手に入るんじゃないかと思ってた。
それがだよ、こんなすぐ隣のエリアでお目にかかれるって?
しかも定番の取り調べ室ですよ!
最高じゃないか!!
そして、俺の目の前に供されたのは正真正銘のカツ丼だった。しかも割り箸つきってどういう世界観だよ。
パキリと箸を割ってカツをひとつ摘み、口に運ぶ。
サクッとした衣の食感、噛むと溢れ出る出汁の味と濃厚なオーク肉の味わい。半熟の卵がとろりと絡む。
これは揚げたてのカツをさっとだし汁にくぐらせて作ったもので間違いない。
香りたつ三つ葉と瑞々しいグリーンピース。味の染みた玉ねぎも硬めのご飯によく合う。
ひとことで言えば至高!
リアルでもここまで素晴らしいカツ丼にはほとんど出会えたことがない。
俺は夢中で掻き込んだ。
「ごちそうさまでした」
箸を置いて両手を合わせる。
「それで、腹も膨れたところで喋る気になったか?」
「やってないものはやってないです」
男は肩を落として、後ろの机で記録を取っていた騎士団員に顎をしゃくった。
留置場に一名様ご案内、だそうです。
いい加減ログアウト時間ぎりぎりになっていたから、システム的な何かで考慮されたのかもしれない。ウィンドウの時計を見て思った。
さて、この状態で明日まで持ち越しても大丈夫なんだろうか。
留置場の毛布にくるまってログアウトすると、現実世界では日付が変わる時刻だった。ベッドの上で時計と睨めっこして考える。
明日の夜またログインすると二日半も留置場で寝こけていた計算になるよな。おそらくそのあたりの齟齬はシステムが勝手に言い訳を作ってるだろうけど、どうにも間抜けな感じが否めない。
やっぱり少しだけ様子を見てくるか。
俺は定められた休憩時間を挟むと、再度ログインした。
ぱちりと目を開けると留置場の天井が目に入った。
オビクロではちょうど丑三つ時である。
通路の薄明かりが室内にも入ってきていて、文字は読めないが物は判別できる暗さだった。
身体を起こすと同じ房に俺のほかにもうひとり、男がいた。
こんな真夜中なのに彼も眠ってはおらず、壁の前にしゃがみ込んでごそごそとなにもないところを撫でたり牢の格子の継ぎ目を調べたりしていた。
「起きたのか」
男は俺の気配に気づくとぺたぺたと四つん這いのままこちらに寄ってきた。痩せぎすで年齢は30代後半くらいだろうか。少し長めの天然パーマの髪を後ろでひとつに結んでいる。にこにこと愛想は良いがどことなく軽薄な印象がある。罪状は詐欺かな。
「ちょうどいいや。なあ、俺と一緒にここから脱出しない?」
「はあ?」
彼は馴れ馴れしく俺の肩に腕を回して身体を引き寄せた。
「ほら、あそこの天井の継ぎ目。あそこ外れるっぽいから出られると思うんだよね。俺もルームメイトひとりぼっちで置きざりにするのって気がひけるしさ、せっかくだから一緒に行こうぜ」
ファストフードに行くようなノリでめっちゃ陽気に誘われた。
もしかしてこれが今回のイベントなのかな。うーん。いや、イベントなら一緒に行くべきなんだろうけどさ。気が進まない。
…………正直に言おう。
「すみません。誘ってくれるのは嬉しいけど俺は一緒には行けません」
「なんで」
「俺、ここの朝飯を食べたいので」
「ええ~?」
だってあのカツ丼、本当に美味かったんだよ? それなら朝飯には何が出てくるのか絶対気になるでしょ。
「でもあなたが出て行くならお手伝いくらいはしてもいいですよ」
そうか、と彼は呟いた。
「わかった。それじゃ上に登る手助けを頼んでもいいか」
天井の継ぎ目の真下で俺は男を肩車してやった。彼は天井の板を押し上げると、穴に両手をかけ、懸垂の要領で身体を持ち上げた。そのまま上半身を穴に押し込むとぶら下がっていた足を引き上げる。
ほとんど音も立てず器用なものだ。
見ていると、男は穴からひょいと顔を出した。
「ありがとな。お前も頑張れよ」
「お元気で」
俺は手を振って見送った。
これでイベントは終わりだろうな。
今度こそログアウトして、俺は現実世界のベッドに入った。
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(2023.1.9修正)改行を一部変更しました。




