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愉快な社畜たちとゆくVRMMO  作者: なつのぎ


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16.弓をアップデート

いつもありがとうございます。

 夕食とその後の用事を済ませ、姉ちゃんと一緒にログイン。


 今日の姉ちゃんは不思議の国のアリスみたいな水色のワンピースに白いエプロンをしている。腰のベルトにつけたオレンジ色の薔薇のコサージュがアクセントだ。


 髪が紺色なので色合いがグラデーションぽくて可愛い。デイジーさんは姉ちゃんに似合うものをよくわかってる。


 ちなみにデイジーさんが今回俺に用意したのは、神父さんが着るカソックっていうのに似た長い詰襟の服だった。すごい豪華な刺繍を施したストラ付きで「これってマンガやアニメじゃ親切ぶった敬語キャラの悪役が着てる服じゃないですかね無理っす!」とひと息で叫んだら低い舌打ちとともに普通のアメカジ系の服が出てきたから、ありがたくそれを着ている。


 今日は陽南さんと会う約束をしていた。陽南さんも俺も第一の街ウェスファストの共同工房を見ておきたかったので、そちらで待ち合わせることにしている。


 オビクロ世界の時刻は昼過ぎで、人通りはそこそこあるけどプレイヤーらしき人影はない。


 俺たちみたいに逆回りする人間もいるんだろうけど、今は第三の街の方が優先なんだろう。


 共同工房の受付ロビーもがらんとしていて、陽南さんは入ってすぐの場所にある部屋を使っていた。


「うわあ、お嬢ちゃんまた随分と可愛らしいなあ」


「ありがとう」


 陽南さんに手放しで賞賛されて、姉ちゃんも嬉しそう。今日も平和だ。


「それで今日は?」


「弓の強化をお願いしたいの。素材は全部揃ってるから」


 作業台の上に姉ちゃんは愛用の弓を置いた。最初に貰ったものではなく、俺と武器屋巡りをしていた時に気に入って買ったもので、初期弓よりちょっと小ぶりだ。小さい姉ちゃんの身体にちょうど使いやすい大きさ。その横に必要素材を順番に並べる。


「うん、強化可能だね。いまの状態なら2段階あげられるよ」


 目の前の何もない空間ですいすいと指を動かしながら陽南さんが言う。自分のウィンドウを操作している動作だ。


「あと、カイがいるなら属性武器に変更もできるけど」


「俺?」


 陽南さんは頷いた。


「属性武器って、作業工程で魔法石を入れるか付与をするかで作ることができるんだ。ちなみに付与の方が成功率が高い」


「それって姉ちゃんが魔法スキルなくても使えますか?」


「ああ。この前カイが付与してくれた時の恒常版みたいな感じだよ」


 属性武器はその武器の魔法能力に使用者の能力値を掛け合わせて魔法を出すから、本人の魔法スキルの有無やレベルとは関係がない。武器の威力はその魔法攻撃に物理攻撃を足したものになる。


 陽南さんがわかりやすく説明してくれた。


「ただ属性武器にしちゃうと戦闘時に他の属性を付加ってのはできなくなるから、その点だけ注意ね。あと、今後の強化時にも違う属性へ変更できない」


「なるほど」


 どうする、と姉ちゃんに訊ねた。


「そうね、カイくんなしでも戦えるように属性もお願いしようかしら」


「えっ」


 思わず声が漏れた。


「姉ちゃん弟離れ? 俺もういらない子なの?」


「はわわわ違うから!」


 姉ちゃんが慌てて両手を振り回す。


「ほらカイくんだって大学始まるから忙しくなるでしょ! お姉ちゃんカイくんに頼りすぎないようにしないとって!」


「そんなこと」


「お姉ちゃんだってほんとはカイくんと遊びたいんだからねっ!」


「姉ちゃん……っ!」


 両手を握り合って茶番モードの俺たちの後ろで陽南さんがゴホンゴホンと咳払いをした。


「姉弟仲が良いのは結構だけどな。打ち合わせ終わってからにしろや」


 あ、ハイ。話の途中でしたねすみません。


「それでどうするんだ」


「使いやすさで火属性にしようかなって」


「うん、俺もそれがいいと思う」


 俺が持ってる火水風氷毒の中から選ぶならそれが一番無難な気がする。まだ一本目の魔法弓だし。


「オッケーオッケー。火属性な。強化ならそう時間はかからないから、付与するタイミングになったら呼ぶよ。座って待ってて」


 陽南さんに言われて俺たちは壁際に置いてある椅子に腰掛けた。


「ん?」


 このタイミングでちょうどウィンドウに新着情報が入った。開いてみる。姉ちゃんも自分のウィンドウで確認している。


「初イベントのお知らせ?」


「魔物の大群からウェスサードの街を守れ、だって。都市防衛戦ってやつ?」


 オビクロのサービス開始から三週間。少し慣れてきたところでプレイヤーも運営もお試しのイベントって感じかな。


 旧皇国遺跡と西3との間にそびえる山脈の麓、広大な樹海から出てきた暴走状態の魔物たちが街を襲うらしい。それをプレイヤーと地元の冒険者が協力して撃退する。NPCは生き返らないので、街を守りきれず死亡者が一定数を越えた場合は敗北となる。


「姉ちゃん参加する?」


「やめとく」


 即答だ。参加したくない人は期間中、西2にいるようにと書いてある。


「人が集まるイベントは遠慮したいわ。まだサービス開始から日が浅いもの、誰かに会っちゃいそうだし」

「それなら境界戦の方も少し延期した方がいいかもね」


 俺たちは近いうちに西3との境界の魔物に挑戦するつもりだったけど、この発表のあとではイベント参加希望者たちがこぞって境界戦に挑むことになるだろう。そちらにも姉ちゃんの知り合いが混じっていそうだ。


「うん、人が落ち着いてからにしましょ。新年度で仕事も忙しいし」


「ヒカリさんと耕助さんはこういうの参加しそうだから後で話聞いてみるのもいいかもね」


 姉ちゃんがふと思い出した素振りで顔をあげた。


「ねえ、ヒカリさんのリアル情報って聞いたことある?」


「なんで?」


 姉ちゃんは眉間に皺を寄せて唸った。


「なんかね、この間会社で話した人がどことなくデジャヴがあるなーって気がしてたんだけど。ヒカリさんに似てたんだわ、雰囲気とか話し方が。顔は違うんだけどね」


 ヒカリさんまさかの社員疑惑か。


「違うんじゃないかな。この前の西1に越境する時、春休み中だって話してたから俺は学生だと思ってたけど」


 フェイクが入ってなければ、ですけどね。


 ふうん、と姉ちゃんは口の中で呟いた。


「考えすぎだったかしら。まあ見かけてもお互い無視する約束したからいいけど」


 姉ちゃんの会社からの参加者って三桁人数いるよな。まったく会わないのって逆に難しい気もする。


「いっそのこと、そういう人たちでグループ作って情報共有した方が良くない? あそこに要注意人物がいるよー、みたいなの」


「それって見つかったらこっちが芋づる式になるやつ」


「でもさ、俺の勘では絶対誰かが名簿作ってると思うよ」


「嫌すぎる」


 姉ちゃんは身体を震わせて両腕をさすった。俺は口を開きかけて止める。


「………………」


 この人一生懸命隠れてるみたいだけど、自社のサービスだからいざとなったら運営がいくらでも調べられるってこと、まさか忘れてないよな?


「おーいカイ、出番だぞー!」


 作業台から陽南さんが呼ぶ声に、俺は立ち上がった。


 まあいっか。敢えて目を背けてる感じもするし、俺もわざわざ指摘することもないかな。

評価・ブックマークどうもありがとうございます。とても励みになっています。

(2023.1.9修正)改行を一部変更しました。

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