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愉快な社畜たちとゆくVRMMO  作者: なつのぎ


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15.ゲートキーパー社

いつもありがとうございます。

 ゲートキーパー東京本社、広報部取材ブースの一角。


「急に頼んでごめんね、忙しいのに」


「大丈夫ですよ」


 支倉菜穂(はせくらなほ)は首を横に振って、テーブル上に置かれた打ち合わせ用の書類を捲った。


 向かい側に座っているのは広報宣伝部の榊実和(さかきみわ)。菜穂の新人研修時代にチューターを務めてくれた先輩である。


 今日は彼女の頼みで雑誌の取材を受けることになっていた。


「今回はNK社の女性向け経済誌でスケジューリング特集を組むんですって。だからこう、忙しい秘書の時間管理術みたいな話に織り交ぜつつ『いま弊社のゲームのモニターに参加してて、初めてなんですけどこれが意外と面白くて』ってさりげなく持って行く感じにして」


 要はインタビューの振りをして新作ゲームを宣伝しろという指令だ。


「それってステマじゃないですか? 大丈夫なんですか?」


「自社製品アピールだから問題ありません」


 きっぱりと言い切り、次に榊は菜穂の隣に座る男性に顔を向けた。


「で、今日は一緒に男性向け情報誌の取材もして行かれるので。樋口君はビジネスマンのリフレッシュ特集ね。普段やってる趣味の話に付け加えて『最近ゲームにもハマってるんですよー』みたいな感じでお願い」


「わかりました」


 さわやかに頷くのは営業部の樋口慧(ひぐちさとる)。たしか菜穂より二年先輩で、顔と人当たりが良いため最近この種の取材によく引っ張り出されている人物だ。


「嘘をつく時は真実を織り交ぜつつ話すのが鉄則ですよね」


「嘘ちゃうわ!」


 丸めた書類でぽこんと頭を叩かれて笑うこのイケメン、これがデイジーちゃんが噂してた女子社員たちの標的かあ、と菜穂はさりげなく観察する。


 すっきり切れ長の目、琥珀色の瞳はキラキラと輝き、落ち着いた栗色の髪は短めに整えられていてブルーのシャツの清潔感を引き立てている。ひとことで言えばアイドルっぽい印象の男だ。


 ただ、どこかで会ったように感じるのは気のせいだろうか。


「でもこの手の取材、いつも女子は総務の松本さんでしたよね。今回なにか問題でもありました?」


 樋口の問いに榊は顔を顰めた。


「なんでもこの間参加した異業種交流会という名の合コンで、アレース社の女子たちに言いがかりで吊し上げみたいなことされちゃったらしくて。メイク誌に出てたのが生意気だって。それでもう取材には出たくないとか言い出しちゃったのよ」


「あっ私急用を思い出しました!」


「待って待って待って」


 立ち上がりかけた菜穂の腰に縋り付く榊である。


「支倉ちゃんはそういう集まり行かないでしょ! 心配ないよー」


「もめごとはごめんですってば」


「待ってこの間言ってた限定ショコラ買ってあげるから! ねっねっ!」


 ソファにぐいぐいと押し戻されて菜穂はため息をついた。


「それって本当は彼女じゃなくて当社への嫌がらせなんじゃないですか? アレース社ってウチをものすごく敵視してるでしょ」


 腕を組んで樋口が言った。


「そうなんですか?」


「アレース社、今回もオビクロに競合するゲームを作ってたんだけど、ウチより早くサービス開始するつもりだったのに、開発遅れで来月末に延期になったんだよね。しかも当初予定してたエンジンが開発元企業のゴタゴタで使えなくなって、嫌々仮想敵のウチが特許持ってるアレコレを使わざるをえなくなったもんだから、余計こう、捻れた感情を持て余してるというか。あと、経営陣の身内が何年か前に犯罪行為でウチの内定取り消しにあったのも逆恨みしてるみたい」


 わかるわ、と榊が頷いた。


「アレース社の人ってなんかこう、粘着質なのよねえ。会社全体の体質なのかしら。不思議なくらい感じ悪いのよね」


「ええ……そんなにですか」


 菜穂はそちらの社員には会ったことがないのでよくわからない。


「オフレコだけど、最近ネットのあちこちでウチとかオビクロの怪情報を流して下げてる工作員がいるんで分析依頼したら、組織的にやってる可能性が高いって報告が来たんですよね、まさか誰とは言わないけど」


「それってつまり、オビクロを失敗させてユーザーさんをアレース社の新作に流したいとかそういう話ですか?」


 菜穂の問いに二人は頷いた。


「大きな声では言えないけどね」


「行動が小学生レベル……」


「まあ真偽はともかく、アレース関係者には気をつけて。ゲーム内でもきっとこちらの粗探ししてるだろうから、なるべく社員だと他人には知られないようにした方がいい。特に支倉さん今回顔出しするから、変な奴には近寄らないよう気をつけてね。何かあったらすぐGMコールすること」


 樋口の注意に菜穂は遠い目になる。敵は社内だけじゃなかったのか。


「すみません、ちょっとよろしいですか?」


 椅子に腰かけた三人の頭上から女の声が降ってきた。


 そこに立ってのはひとりの女子社員だった。たしか営業部の昨年入った新人だ。メイクも服もゆるふわだけど性格が全然ゆるふわじゃない、と同期の間で話題になっていた子。


「樋口先輩、この書類いまから必要なんですけど少し説明不足な部分があって見ていただきたいんですが……」


 彼女はずかずかと取材ブースに入ってきて樋口に話しかけた。榊が不快げに眉を寄せる。


「これなら山田さんに聞いて貰った方が確実だから、悪いけどそちらにお願い」


 樋口が苦笑して書類を返した。


「佐々川さん、これからお客様がおいでになるからこちらに出入りは控えてくださいね」


 榊の言葉を無視して、佐々川と呼ばれた女子社員はちらりと菜穂を見た。


「取材なら私に言ってくだされば良かったのに」


「支倉さんの方が適任よ」


 菜穂がイラッとするより先に、榊がにべもなく返した。


「そうですか、私もお役に立てることがあればいつでも言ってくださいね」


 空気の悪さを気にする様子もなく、佐々川はスタスタとコーナーを出て行った。


「ちょっと榊さん、私を巻き込まないでくださいよ!」


 菜穂は思わず叫んだ。


「ていうか、あんなにやりたがってるなら別に彼女でも良かったんじゃないですか!」


「嫌ですけど!」


 今度は樋口が叫んだ。


「彼女しつこくて困ってるんですよ。一緒に取材なんか受けたら対応のコツ教えろとか言ってますます付き纏われる」


 榊も横でうんうんと頷いているので、配慮した結果がこれだったのだろう。


「支倉さん、チョコレートだっけ? 俺もとっておきのおススメ買ってあげるから今日は一緒に頑張ろう?」


「いや子供じゃないので!」


 こんな男から何か貰うところを万が一誰かに見られたら、平穏な社会生活が終わってしまう。


「そういえば、樋口君。オビクロ内でまだ発見されてないんですって?」


 榊が思い出したように言った。これは菜穂にとっても気になる話題だ。


「すごいですね。うまく隠れるコツってあるんですか?」


 樋口は苦笑して手を振った。


「いやいや。ここで手の内晒すわけにはいきませんって」


「そういえば支倉ちゃんも目撃談まったく聞かないわね」


「えっ」


 自分まで噂の俎上に乗せられているとは思わなかった菜穂である。


「なに、支倉さんもステルス派なの?」


 菜穂は慌てて頷いた。


「そうですよ。もし見かけても他人のふりでお願いしますね。社員と一緒にいたら発見される確率あがっちゃいますから」


「ですよね」


 樋口も深く同意する。


「俺も、万が一気づいても話しかけないでくださいね、以下同ですから」


 榊は呆れてため息をついた。


「あなたたち気が合うわねえ。二人とも案外近くにいたりするんじゃない?」


「「まさか!」」


 あはは、と声をあげて菜穂と樋口は笑った。


 それが俗にフラグと呼ばれることに、もちろん二人は気づいていなかった。

評価・ブックマークどうもありがとうございます。とても励みになっています。

(2023.1.9修正)人名にルビを追加し、改行を一部変更しました。

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