96.対抗手段
いつもありがとうございます。
ピーーーーーーーーーー!
甲高い電子音が鳴っている。
自分がどこにいるのかよくわからなかった。目を開けて、天井をぼんやりと眺める。
「……え……」
自分の部屋だった。現実世界の。
俺はゲーム用の機器を身につけたままベッドの上に横たわっていた。
何が起こったのかわからない。身体を起こしたら冷や汗をびっしょりとかいていることに気づき、ベッドサイドに置いていたタオルで顔と上半身を拭う。
「まさか故障とかじゃないよな」
前にも似たようなことがあったっけ。初日に間違って毒入りクッキーを食べたときのことだ。
でもあの時はマイルーム戻りで、今回はリアル世界への送還だ。事態の重さが違う。
電子音を発し続けるVRゲーム機の電源を一度切って再起動させた。机の上に置いておいたスマホの画面が点灯していたので、起動を待つ間にそちらを確認する。
「……は?」
オビクロのアプリにシステムメッセージが入っていた。
『オービタルワールド・クロニクルへの接続を解除いたしました。』
『ユーザー様の著しく急激な血圧の上昇と心拍の乱れが継続して認められましたので、セーフティ機能により緊急切断処理が行われました。ご了承ください。』
『再度ログインするためには六十分間の休憩が必要です。』
『次回ログイン時はマイルームからのゲーム再開となります。』
「…………ええぇ……」
あまりにも取り乱したせいで強制切断されちゃったのか。
俺はがっくりしてなんだか重たくなった身体を引きずって姉ちゃんの部屋に行った。ドアをノックして首だけ覗き込むと、姉ちゃんはまだ向こうの世界にいる様子だ。
スマホのオビクロアプリで緊急切断された事をメッセージで送ると『すぐに戻る』と返事が来た。そのままの姿勢で待っていると、ベッドに横たわった姉ちゃんの身体がもぞもぞと動いて、むくりと起き上がった。
「姉ちゃん」
「海くん、クランハウスで待ってたんだけど来ないし心配したわ」
姉ちゃんは手足に装着した機器を手早く取り外しながら言った。
「なんか血圧と心拍が上がりすぎてセーフティ機能働いたみたい」
「あー……」
しょんぼりした俺の答えに姉ちゃんは眉を下げると、俺の手を取って脈を確かめた。
「大丈夫? 気分悪くない?」
「もう平気」
「うん、今はだいぶ落ち着いてるわね」
姉ちゃんはベッドサイドの時計の秒針を見て頷いた。
「ゾンビがリアル過ぎて海くんもびっくりしちゃったのね」
「俺、仮宿に登録する前に切られたから、姉ちゃんあの町に置き去りになっちゃったよ」
「え、ほんとなのそれ」
ぴし、と姉ちゃんの表情が強張った。
「明日はひとりでゾンビと戦わないといけない」
「いやいやちょっと待って!!」
姉ちゃんは悲鳴をあげた。
「海くんお姉ちゃんのこと放置ですか!? 明日、昼の間に追いついてきてくれないの?」
「だって、行ってもまた切断されるかもじゃん……」
「ああ……」
姉ちゃんは涙目になってる。
「それならお姉ちゃんもいっこ前の町からやり直すわ」
「いいの?」
「いいわよ、もう二度とあんな町行かないんだから! 北国行きの死霊が幽霊みたいなのだって聞いたからゾンビは来ないって安心してたのに、なんで二種類も用意するのよ」
それには全面的に同意だ。
魔法で遠距離攻撃はできるけど、頭文字Gの虫と一緒で視界にも入れたくないのだ。生理的に無理なものってある。
「いっそ手榴弾みたいなアイテムがあったらよかったのにね……映画みたいにドアの隙間からポイっとさあ」
なにげなく呟いた時、姉ちゃんがぴくりと眉を動かした。
「それだわ」
「ん?」
「手榴弾があればいいのよ」
「……ひとつ前の町に戻るって言わなかった?」
「今回はね」
と姉ちゃんは言った。
「でもまた遭遇したら? 避けられない戦いで出てきたら? わたしたちには対抗手段が必要よ」
「まあ……」
たしかにそうだ。俺も毎回ゾンビに遭遇するたびに強制切断されるわけにはいかないよな。
「夜鳩商会に売ってるかな」
「バズーカ砲が存在するんだからきっとあるわよ。明日、行ってみましょう!」
拳を握りしめて断言する姉ちゃん。
「ああ……うん」
なにげなく言ったつもりが姉ちゃん、本気だな。
いや、ゾンビってさあ……映画なんかで爆弾やミサイルも使ったりするけどだいたいハッピーエンドに見せかけた不穏エンドだから、正直爆弾でも安心できないんだけど。
とりあえずの方針が決まったので、俺は就寝の挨拶をして自分の部屋に戻った。今日はもう遅いからゲームはおしまい。機器類を片付けてベッドに入る。
爆弾、売ってるといいな。
本当に疲れていたのか、悪夢を見ずに眠れたのは幸いだった。
翌日、午後からログインすると最初にいつもとは違うシステムメッセージが表示された。
【前回緊急切断が行われた状況において特定モンスターに対しての強い拒絶反応が検知されましたので、当該モンスターについてミュート設定が可能になりました。】
「んん?」
なんか良さげなお知らせが来たぞ。詳細な説明を表示させる。
ええと、それを設定するとまず普段の探索中は当該モンスターとの遭遇率が著しく低くなる。わあ、なんて素敵な機能でしょう!
それから、どうしてもクエスト内容的に避けられない場合はそのモンスターに任意のスキンを被せることができるらしい。
「スキンとは……」
平たく言えばゾンビに遭遇した場合、俺の目にはゴブリンや半魚人なんかの容姿が映るように変更できるらしい。他には黒塗り白塗り青塗り、レインボー処理の選択肢もある。
「他のモンスターに設定した場合、勘違いして使う技や魔法を間違えるのは困るよな。やっぱりカラーリングか」
ミュート設定にYesを押し、単色では背景に溶けて見えなくなる可能性があるので『レインボー処理』の項目にチェックを入れた。
これで今後は万が一ゾンビが出ても俺の目にはレインボーカラーの何かに映るはずだ。それなら強制切断にはならないだろう。たぶん。
ようやくゲームを再開した俺は普段着で西1の店舗に向かった。西4は無の魔石で混んでるみたいだし。
爆弾は特殊なアイテムの可能性もあるから金の会員証を見せて、奥の部屋で武器売り場の担当者さんに販売しているかどうかを訊ねる。
「用途をお聞きしてもよろしいですか?」
「ゾンビを吹っ飛ばしたいんですけど」
「ゾンビ……アンデッドですか」
担当者さんは眉を寄せた。
「こちら鉱山の採掘などで使用する火薬入りの物理爆弾は取り扱っておりますが、それでアンデッドの相手をするのは難しいかと」
「駄目なんですか」
「ほとんどダメージを負いません」
彼は首を横に振った。この世界でもアンデッドって物理攻撃耐性が強いのかな。
「他にアンデッドに効果がある置き型の兵器ってないんでしょうか?」
担当者さんは口元に手を当てて少し考えた。
「そうですね、魔法爆弾ならばあるいは」
「魔法爆弾、ですか?」
「はい。その名の通り魔法の力を帯びた爆弾です。断言はできないのですが、アンデッドに有効な属性のものならばもしかしたら効果があるかもしれません」
おお、それなら良さげだ。
「ただ非常に申し上げにくいのですが、魔法爆弾は現在、販売および譲渡が禁止されておりまして」
「えっ」
ご禁制品扱いですか。あれ、でも?
「えっと、製造や使用は禁止されてないんですか?」
担当者さんは「はい」と頷いた。
「どうしても必要な場面というのもありますから、有資格者が製作して自ら使う範囲は許容されています」
「なるほど……」
メタ的に表現すれば、おそらく魔法爆弾の技術は武器や魔法スキルと同様に習得した人間だけの固有戦闘スキルとして設定されているんだな。つまり使いたければ自分で覚えろ、ということか。
「では、この国でその爆弾技術を教えてくれる師匠をご存知ないでしょうか?」
「あいにく西国にいる爆弾職人は住所が定かではない方ばかりで、ご紹介は難しいのです。申し訳ございません」
「そうなんですね」
うーん、自分で探し出せっていうことか。残念。
「お役に立てず申し訳ございませんでした」
「いえ、充分すぎるほど教えていただきました、ありがとうございます」
店員さんにお礼を言って、俺は夜鳩商会を出た。
ここしばらく生活リズムが変わってしまってうまく適応できていないので、次回から更新ペースを少しゆっくり目に変更します。すみません。
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