10.地下水路
いつもありがとうございます。
俺たちはそれからしばらくは用水路の横を歩いた。そして、交差する橋に上る階段に足をかけようとした時だった。ふと、階段の横側に小さな金属製の扉があることに姉ちゃんが気づいた。普通に歩いていたら死角になって見えにくい場所だ。
「この扉ってなんだろ」
「……開くみたいね」
取手を少し引いて姉ちゃんが言った。中は真っ暗だ。
「入ってみる?」
「そうだね」
頷き合って、インベントリからランタンを探した。まだ駆け出しなので、高価な光る魔法石入りのものじゃなく固形燃料に火をつけるタイプだ。
補助魔法で二人分の固形燃料に火をつけ、腰にぶら下げると大鎚をホルダーから外し持つ。
錆びた音のする扉を開けるとぼんやりとしたオレンジ色の光の中に下に降りる階段が浮かびあがった。
これ明かりなしで入ってたら下まで転がり落ちるヤツだったわ。あぶねえ。
空気が湿っている。
「俺が先に入るから姉ちゃんはあとから来て」
「うん」
俺はハンマーを肩にかけ、もう片方の手で壁に手をついて慎重に階段を降りた。姉ちゃんが続く。
学校の階段に換算して一階分くらい降りたところで平坦な場所に出た。ランタンを持ち上げて周囲を照らす。2メートルくらいの幅の石畳の通路があり、その横に川が流れている。
「下水道……いや地下水路?」
「あんまり臭くないわね」
このゲームでは初期設定で悪臭を感じないようにできるので、本当に臭くないのか設定上のものなのかはよくわからない。
「カイくん、それ」
姉ちゃんが何かに気づいて足元を照らした。そこに落ちていたのは小さな金属製の御守りだった。
俺は自分の首に下げたものと見比べた。
間違いない。それは、さきほど老人から貰ったリンネ神の護符と同じものだった。
「ユリアさんはここに来たのかもしれないね」
落ちていた護符をインベントリにしまい、俺たちはそれが落ちていた方向へ歩き出した。
とことこと水路の横を歩く。
時折どこからか延びて来た地下道と合流するが、どの道に入って行ったら良いのかわからないし迷ったら困る。ひとまずは水路に沿ってまっすぐ行ってみることにした。
「ん?」
ランタンの明かりの中で影が動いた。何かいる。俺は姉ちゃんを制止して前方にランタンを向けた。
今の姉ちゃんと同じかちょっと大きいくらいの身長の生き物が7~8匹いた。醜悪な顔、頭髪がなく暗い色調の肌。ポップアップの表示は討伐対象の赤文字で『ゴブリン』だ。
「うわ、初めて見た」
「のんきに見てる場合じゃないわよう!」
姉ちゃんが弓をスタンバイする。
彼らは武器を構えてギギイと耳障りな叫び声をあげた。ニュアンス的に『やっちまえー!』っぽい感じ。
「いくよ!」
俺は補助魔法で起こした強風に毒付与して奴らの方向へ流した。
最近レベルがあがって威力の増した毒にゴブリンたちはすぐにふらふらし始める。
背後で姉ちゃんが弓を射る音を聞きながら、買ったばかりのハンマーを掲げてゴブリンたちに突っ込んだ。
初めて使う武器だが、敵が動かないので楽勝だった。3回も振り回せば、矢を逃れたゴブリンも全部吹っ飛んでキラキラと消える。
「やっぱりこの世界にもいたんだなゴブリンって」
敵が消えた跡をしげしげと眺めて呟いた。
「今まで普通の動物にツノとか爪が生えた程度だったものね。立体で見ると気味悪いわ」
ウィンドウを開けてドロップ品を確認するが、『ゴブリンの棍棒』『ゴブリンの弓』『ゴブリンの牙』など、正直何に使うのかわからない。
「食材が落ちないモンスターってテンション下がるなあ」
「ふぇっゴブリン食べるの!?」
「食べんわ!」
「ぴゃっ!」
ボケすぎてる姉ちゃんの頭にチョップをひとつ落として再び探索に戻る。
少し歩くと、またゴブリンが出現した。さっきと同じように毒風を流して殴る。
「ここってゴブリンの巣かなんかあるのかな」
「ユリアさんを誘拐したのはゴブリンなのかしら?」
「さあ」
またもや現れるゴブリンをサクっと片付ける。しばらく歩いてはまたゴブリン、ハンマーをふた振りしてさようなら。
ふと時計をみると、もう一時間近く地下水道を歩いていた。
「ここ地上だとどのあたりなのかな」
「北方向に向かってるんだね」
マップを見ると、北の街壁を越えて森のかなり奥深くに進んでいるようだ。森の下に地下水路って不思議だな。水路を築いた頃よりも文明が退化したんだろうか。
「ねえねえ、あれ見て」
前方に、ランタンではない光が地下道に漏れていた。どこからかこの地下水路に降りてくる階段を四角い光が照らしている。この時刻、外は陽が落ちているはずだ。つまりあの光は人工的なもの。
俺たちは階段の下まで行くと自分たちのランタンを消した。
二人とも持ってるスキルの気配遮断をかけて、そっと階段から上の様子を伺った。
そこはどこかの建物の中だった。上方に向かって開いた扉から出ると、室内にいたゴブリンたちが奇声を発して襲ってきた。
瞬殺してから周囲をゆっくり観察する。
床にも壁にも白い大理石が使われていて、天井を支える柱は円柱形だ。普通の住居ではないことがうかがわれる。ただし室内の装飾は少なく地味だ。宮殿の類いではない。例えるなら、
「神殿っぽい感じ?」
姉ちゃんの囁きに俺も頷いた。
「ゴブリンはここから来たんだね」
俺たちは部屋から出て、等間隔で小さな明かりが点された廊下を注意深く進んだ。途中、いくつかある部屋の扉を開けてそっと覗いてみたが、いずれも空だった。
突き当たりの階段を上ると窓のある廊下に出た。地上だ。なにもはめこまれていない窓枠の向こうは月夜で、ランタンの灯よりもずっと明るい。
廊下は砂が積もっていて地下よりも薄汚れていた。壁も所々傷やひび割れが目立つし、雑草が生えてきている部分もある。今は使われていない建物の可能性が高い。
足音を忍ばせて歩いているとふと、人の話し声らしきものが聞こえた。ボソボソと低く抑えた複数の女性のそれだ。
それが聞こえたとおぼしき部屋の様子を伺うと、部屋の隅に5人ほどの女性が縄で縛られて座っていた。
その中の一人の特徴が、俺たちの探し人によく似ている。俺たちは部屋の中に身体を滑り込ませた。
気づいた女性たちはぴたりと話を止めて警戒と怯えと期待の入り混じったような表情で一斉にこちらを見た。
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(2023.1.9修正)改行を一部変更しました。




