表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/8

嫌われ者の王子様

忘れている方も多いかと思いますが、主人公の名前は有須(アリス)です。


 物語を日本語にして紙に写していく。

 手書きなので手は大変だが、翻訳は魔法任せのため難しくはなかった。


「……ふう」


 一ページ写し終わったので、前かがみになっていた顔を上げ、背伸びをする。

 背中の筋肉が伸びる感覚がして気持ちいい。


 写本を始めて今日で二日目。

 まだまだ序盤だけど、成果が目に見えて増えていくのは少し嬉しい。


「……ふっふっふ」


 手に持った紙をめくる。

 二日分の努力の結晶だ。


「挿絵は……構図だけでいいか」


 みっちりと文字が書かれた紙の間に何枚か何も書かれていないページがある。

 挿絵が書かれていたページだ。絵心のない僕ではそこはどうしようもない。


 構図だけ描いておいて、帰ってから誰かに書いてもらうしかないだろう。


「……ん?」


 ――と、外から足音が聞こえてきた。

 程なくして扉がノックされる。

 

『お嬢様、おやつです』

「……ありがとう」

 

 人形さんがお菓子でも持ってきてくれたんだろう

 一休みしようと、手元の本を閉じた。


「……」


 閉じた本の表紙が目に入る。

 それはどれだけ読まれてきたのか、絵と文字がかすれていた。


「……年季が入った本だよね」


 他の童話はほとんど新品と変わらないくらい新しいのに。

 もしかしてグリム様も小さいころはこれを読み込んだりしたんだろうか?


『お嬢様、準備が出来ました』

「あ、うん」


 て、そうだ。人形さんがお菓子を持ってきたところだったんだ。

 考え事をやめて振り向く。


「今日のおやつはなに……かな……」


 意気揚々と振り向いた先。

 そこには印象深いアレがあった。


「……」


 ケーキだ。でもただのケーキじゃない。

 初日のあの日、戸棚にあったケーキとそっくりなやつ。


「……」

『グリム様にお嬢様が気に入っていたと伝えましたところ、気分転換にと作ってくださいました』


 やめてよお……。


 人形さん、実は僕のこと嫌いなの?

 胃の辺りがちょっと痛い。


「……」

『紅茶です』


 フォークを持ち、一欠け口に運ぶ。

 ケーキは相変わらずとても美味しかった。



 ◆




「アリス、いるかい?」


 胃の辺りを押さえながらケーキを食べていると、部屋の外から声が聞こえた。


 グリム様だ。ちなみにアリスという呼び方は僕がそうしてくれと言った。

 この年でちゃん付けはちょっと勘弁してもらいたい。


 ……しかし珍しいな。

 グリム様はいつも急がしそうにしていて、食事の時くらいしか見ないのに。 


「どうしたんですか?」

「いや、ちょうど仕事がひと段落したところでね。お茶に混ぜてもらおうと思ったんだけど……え?」


 ……?

 

 どうしたんだろう。

 部屋に入ってきたグリム様が目を見開いて僕を見ている。


 ……いや、違う?

 見ているのは僕というより……本?


「それは……」


 『嫌われ者の王子様』


 僕がこの二日書き写している本だ。

 

「……それが、なぜここにある?」

「ふぇっ……」


 いきなりグリム様の声が低くなった。

 顔もしかめられて、眉間にしわが寄っている。


 グリム様はいつもにこやかな顔をしているから、こんな顔初めて見た。

 イケメンが怖い顔をすると迫力がすごい。怖くて少しもらしそうだ。この体になってからトイレが近くなったので、なおさらそう思う。


 え?なに?

 ……もしかして、僕また何かやらかしちゃった?


 この本、持ち出し禁止だったの?

 

「……はあ」


 深いため息。

 グリム様だ。少し俯いて、目頭を指で押さえている。


 思わず体がびくりとしてしまった。

 ……ふぇぇ、こわいよお。


「……あっ」


 小刻みに震える僕の手からフォークが滑り落ちた。

 フォークが床に落ちて甲高い音を立てる。


「……」


 グリム様が驚いたようにこちらを見た。

 そして僕の様子を見たのか、顔を緩める。


「……すまない。少し気が立っていた」

「……い、いえ……」


 いつものにこやかな顔。

 安心して、体から力が抜ける。


「……でも、そんな本を読むなんて感心しないな」

「へ?」


 グリム様の目は本に向けられている。


「そんなもの、過去の遺物だ。現実の王族や貴族はその王子様とは違う。

 ……もっと醜くて、意地汚いやつらだよ」

 

 一体過去に何があったというのか。

 その声は低く、負の感情に満ちていた。


「……やっぱり、捨てた方がいいかな」

「……え?」


 そう言って、グリム様は本に手を伸ばす。

 捨てる?この本を?


 それは困る。僕はこの本を日本に持って帰るつもりなのだ。

 写本の途中だし、思い出しながら書くことなんて出来ない。


「……っ」


 ……それに、なによりも。


 ――僕は、この本が好きで、本当に感動したのだ。

 それこそ、日本に持って帰りたいと思うほどに。書き写してもう一度読みたいと思うほどに。


「……アリス?」

「……えっと、その」


 気がつけば、僕は本の上に覆いかぶさるようにしていた。

 グリム様の手が目の前で揺れている。


「す、捨てなくてもいいと思うんです。その、今の貴族とこの絵本の王子様は関係ないじゃないですか」


 もしかしたら子孫とかなのかもしれないけど、それにしたって、捨てるほどじゃないと思う。

 今は今、過去は過去だ。


 親の罪が子供には関係ないように、子孫の罪は先祖には関係ないと思う。


「ほ、ほら。このシーンとかかっこいいですし、捨てるのはもったいないですよ」


 何とか説得しようと、口を動かす。


 グリム様に見せようと適当にページをめくると、一番強く開き癖のついた所が開かれた。

 二ページに渡って描かれた、見開きの挿絵が目に映る。


 それは物語のクライマックス。一番かっこよくて、一番感動的な場面。

 最後の戦いに挑む王子様と、それに付き従う民衆の絵が書かれたページだった。


「か、かっこいいですよ?」


 我ながら、何を言っているのかわからなくなってきた。

 というか、かっこいいからってなんだというのか。グリム様がこれを捨てようとしている理由とは関係ない気がする。


「ね?ね?」

「……」


 でも、他にどう説得すればいいのか分からなくて、その挿絵をグリム様に見せ付ける。


「……」

「……」


 グリム様も困惑した顔でこちらを見ていて、お互いに顔を見合わせたまま、しばらく時間が過ぎた。


「……ふふ」


 そして、それが終わったのはグリム様が、苦笑するように笑ったからだった。

 

「……そうかも、しれないね」

「! そ、そうですよ!」


 なぜだろう。不思議な事にグリム様は納得してくれた。

 これ幸いと、その言葉に乗っかる。


「うん、わかった。捨てるのは止めよう」

「はい!」


 グリム様が、笑いながら僕の向かいの席に座る。


「私にも紅茶をもらえるかい」

『かしこまりました』


 そして、グリム様と他愛のない話をしながらお茶を飲んだ。

 

 この世界の話、グリム様の仕事の話、そして本の話。

 それは、これまでの数日でもしてきた様な話だ。


 ……でもなぜだろう。

 少しだけ、グリム様の笑顔がこれまでと違う気がした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] Twitter見てから一気読みしました( ˘ω˘ ) 続き……(チラッチラッ)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ