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童話


 人形さんと二人で遊ぶようになって三日くらい経った。


 残念な事に、まだ目は覚めない。

 どうやら僕は随分と特殊な夢を見ているようだ。


「……うー」

『まだですか?もうすぐ時間切れですよ』


 ……ボードゲームで人形さんに一度も勝てないし。

 あの日からずっと、いつだって白軍は赤軍に蹂躙されている。


「……これで」

『では、こうです。詰みですね』

「……」


 今やっている試合も負けた。


 人形さん、強すぎである。

 人形さんとの試合はこの三日で数十回になるが、白が生き残れた事は一度もない。


「……夢なのに……夢のはずなのに……」

『?』


 ……いや、これはあれだ。


 きっと、人形さんが強いのは、僕の脳に眠っている第六感的なものを使っているからだ。

 夢の中だからこそ、僕の真の力が発揮できている可能性もある。


 本来、僕は人形さんぐらい強いのだ。

 うん、きっとそう。間違いない。


 ……ははは。何だ僕もやるじゃないか。

 あっはっはっは。


「……」


 ……うん。


 まあ、それはさておき。

 ひとまず横に置いておくとして、今日は人形さんに話があるのだ。


「人形さん、ボードゲームは飽きてきたよ……」


 流石にそろそろ別の遊びをしたい。

 今朝聞いたところ、グリム様の仕事はもう少しかかるらしいし。


「なにか、別の娯楽はない?」


 もう三日だ。

 ボードゲームでボコされるのも疲れた。


『そうですね……では本を読むのはどうでしょう?』

「……ああ、読書かあ」


 ありかもしれない。

 こっちでどんな本が流行ってるのか少し気になる。


「じゃあ、お願いしていい?」

『かしこまりました』


 ……


 ……


 ……


 人形さんに連れられて書庫にたどり着く。

 初日の探索時にも見たそれは、床から天井まで本で埋め尽くされた場所だった。


「……なんというか、すごいよね」


 本の量が多すぎて迫力すら感じる。

 異世界というと本は高価なイメージがあるけど違うんだろうか。


「なんかすごそうな本がいっぱいあるし」


 手近なところにあった本を手にとってみる。

 ……えっと、この本の題名は……。


「……魔道具作成における属性の異なる余剰魔力の相互崩壊について」

 

 理解を放棄して本を元の場所に戻す。

 いろんな意味でわけがわからない。


「……というか、なんで読めるんだろう」


 さっき題名を見たときに気付いたのだけど、本に書かれている言語が僕の知ってるものじゃない。

 アルファベットに似ているような、違うような、そんな不思議なものだ。


 それなのに読める。理解が出来る。

 わけがわからなかった。


 ……まあ、読めないよりはいいけれど。

 しかし、どこかご都合主義に感じる。


「……ん?ご都合主義?」


 あれ、これって夢っぽくないだろうか。

 夢だから、知らない言語でも読める。なんともそれっぽい。


「……これは……まさか……?」


 実は本当に夢だったり……?

 あの数々のやらかしはなかったことに……?


「ふふ……」


 そう思ってニヤついていると、人形さんが本を抱えて近づいてきた。

 今気付いたが、知らないうちに近くから離れていたようだ。


『お嬢様、これらの本がおススメです。翻訳魔法も掛かっていますし、お嬢様でも読めると思われます』


 ……翻訳魔法?


「そんな魔法あるの……?」

『はい。この書庫にある本の約五割に掛かっています』


 ……


「……」


 近くにある本棚に目を向ける。

 背表紙を見ていくと、半分くらい読めなかった。


「……」


 ……そういうことかあ……。

 すっかり勘違いしてしまった。ははは。


「……」


 ……うん。


 気を取り直して人形さんの持つ本を見る。


「どんな本なの?」

『これらは全て、この国で読まれている童話になります』


 童話?


 言われて見てみると、題名も『カエル姫』だとか『親指がない男』だとかだ。

 なんとなく童話っぽい感じがする。


「……」


 ……うーん。


 童話、かあ……なんか子供っぽいなあ。

 もうそんな年じゃないんだよねえ。


『こちらの本、『嫌われ者の王子様』は特に有名で、この国では知らないものが居ないほどです。大人の愛好家も多く、今でもこの作品についての討論会が頻繁に開かれているほどだとか』


 へー。

 それはすごい。


「……」


 でも童話じゃなあ。

 正直あんまり惹かれない。


 ……まあでも、そこまで言うんなら読んでみようかな。

 物語が溢れる日本で育った僕を満足させられるとは思わないけどね。


 ……


 ……


 ……


 ……


 ……


「ふあああぁあああぁ、あああぁああああ」


 涙が溢れる。

 もう目の前が何も見えない。

 

 ぼろぼろと涙がこぼれて、拭っても拭っても次の涙が頬を流れる。

 だめ、もうむり。


「しゅごい……これすごい……」


 主人公がかっこよくて、すごくて。

 それ以外に何もいえない。


 昔の王子様の話だ。


 一つのミスから全ての権利を剥奪され、守ろうとした民にまで蔑まれた王子様の物語。

 石を投げられ、財産を奪われ、それでも民のために戦おうとした人。


 どうしてそこまで民のために尽くせるのか。

 ノブリスオブリージュなんて言葉だけじゃ言い表せない。


 戦って、守って、それなのに罵られて。

 それでも、最後の最後まで彼は信念を貫き通した。


「ふあぁぁああぁぁぁぁぁ……」


 ありきたりな物語かもしれない。

 日本でもよく見たストーリーのようにも思う。


 でも、それでも主人公の王子様がかっこいい。

 

「……ぐすっ……ぐすっ」


 もう二三回読み直したけど、読むたびに泣ける。

 何度でも読み返したい作品だ。


「……」


 しかしこれ、日本でもすごい売れそうだなあ。

 少なくとも僕なら買う。三冊くらい買う。


「……あれ」


 それありなんじゃないだろうか。


 グリム様帰れるかもって言ってたし。

 魔女さんならもしかしたらって。


「……」


 日本に持って帰って出版したら大金持ちになれるんじゃあ?

 あ、でもこの本を持って帰っても向こうで読めるかはわからないか……


 翻訳魔法があっちで働くかはわからないし。


「……日本語に翻訳して写せば……」


 それならいけそうだ。

 著作権は……まあ大丈夫だろう。童話だし。


「……うん」


 とりあえず、人形さんに紙がないか聞いてみることにした。



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